We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「念のために来てみたが、まさかあれを単独で仕留めるとはね」
遥か遠く、アーグランド評議国にいた白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は、世界が裂けるかのような凄まじい威圧感を感知していた。
その発生源を突き止めるべく探りを入れ、ほどなくして場所を特定すると、即座にそこへ転移する。
そして転移した先にいたのは、全身を血に染めたまま地面に腰を下ろし、呑気に休んでいるカリムだった。
「なんだ、どうしてここに来たんだ? 助けに来てくれたってんなら、もう手遅れだぜ、竜(ドラゴン)さん。それとも、死にかけの男でも見物しに来たのか?」
空中からゆっくりと舞い降りてくる白金の鎧を見上げながら、カリムは心にもない軽口を叩いた。
「ずいぶんとたちの悪い冗談だね。――感知するのが遅れてしまってね。それに、さっきの戦いは『この鎧』では到底割って入れるようなものじゃなかったよ」
これまで数多の経験を重ね、様々な状況に対処してきた。
だが、今しがたの戦闘ばかりは、白金の竜王にもどうすることもできなかった。
存在するだけで世界の流れを変え、ひとたび咆哮すれば大気そのものを変質させ、引き裂く。
神話や伝説にすら語られていないような戦いだった。
「それにしても、あいつらは一体何者なんだい?」
「何者って? ただ力に任せて暴れ回る怪物に過ぎないさ。まあ、奴らも俺やあの骸骨野郎と同じようにユグドラシルから転移してきた存在で、向こうじゃ『ワールドエネミー』なんて呼ばれてた連中だ」
「そんな存在までユグドラシルの出身だなんて。まったく、あそこは僕たちの世界に厄介事ばかり持ち込んでくれるね」
カリムの言葉を聞いた白金の竜王は、何とも形容し難い複雑な声音でそう言った。
あんな怪物どもまでユグドラシルの出身だとは。
あの世界は、一体いつまでこちらの世界をこうして汚し続けるのだろうか。
カリムには、そんな白金の竜王の姿を静かに見つめることしかできなかった。
「ところで、いつまでそうしているつもりなんだい?」
ワールドエネミーと呼ばれたあの怪物は倒れ、その気配もすでに消えている。
ならば、討伐は完了したと見ていいはずだ。
それにもかかわらず、カリムがその場から微動だにしないため、白金の竜王は疑問を抱いた。
全身に凄まじい傷を負ってはいるものの、体力は徐々に回復しつつある。
ほかに何か、やるべきことでも残っているのだろうか。
「何って。戻る方法がないから、こうしてるだけさ」
「何だって?」
「俺、魔法の類いは使えないんだよ」
「え? じゃあ、どうやってここまで――」
「魔導国から直接依頼されたからな」
「ああ……」
カリムの言葉を聞いた白金の竜王は、すべてのピースがようやく嵌まったかのように短く息を吐いた。
なぜ彼がここにいるのか。
そして、なぜ彼が伝言のやり取りを拒んでいたのか。
「仕方ないね」
未だ強大な気配はいくつも残っている。
これから先の戦いを考えても、カリムは絶対に欠かすことのできない存在だ。
おそらくは、唯一ワールドエネミーに対抗できる存在なのかもしれない。
そんな貴重な戦力を、ここでただ無為に時間を過ごさせるわけにはいかなかった。
白金の竜王は少し間を置くと、おもむろに始原の魔法(ワイルド・マジック)《世界移動》を発動した。
カリムは、目の前で展開される見たこともない魔法に、しばし呆然と目を奪われた。
「お礼だよ。送り届けてあげる」
「そいつは光栄だな」
白金の竜王の提案を受け、カリムはゆっくりと立ち上がると、転移の範囲内へと足を踏み入れた。
予定外の幸運だった。
断る理由などない。
もう少しのんびり休んでいたかったのも事実だが、それ以上に、早く帰って家族の顔を見たいという気持ちがあったのだから。
「――ただいま」
「あ、おかえり」
たった一日しか経っていなかった。
それでも、彼のいない時間は酷く退屈に感じられた。
だからだろうか。
アンティリーネはリオンを抱いたまま、足早に駆け寄って彼を出迎えた。
「な、何だよそれ! そ、その血は!?」
「ん? ああ。ははっ! ちょっと激しく一戦やらかしちまってな!」
胸を弾ませながら彼の前まで駆け寄った、その瞬間。
アンティリーネは激しい衝撃を受けた。
一日前には傷一つなかった人間が、全身を血まみれにして帰ってきたのだ。
一体、何があったのだろうか。
ワールドエネミーと呼ばれるあいつらは、それほどまでに危険な連中だというのか。
「はぁ、もう。お前がそんな格好で帰ってくるから、リオンが泣いちゃったじゃないか」
「げっ! は、早く片付けなきゃな!」
呆れたように自分を見るアンティリーネを前に、カリムは豪快に笑っていた。
だが、そんな彼の姿を見たリオンが泣き出すと、アンティリーネはすかさず彼を咎めた。
愛する息子が自分のせいで泣いている。
その事実に慌てふためいたカリムは浴室へと駆け込み、全身にこびりついた血を洗い流すと、血に汚れた衣服の始末まで始めた。
「そんなこと言われても、ボクにどうしろっていうんだよ」
リオンをあやしているうちに、いつの間にか全身の血を綺麗に洗い流したカリムが戻ってきた。
「中の片付けは?」
「もちろん。ばっちり終わらせたぜ!」
「ならいいけど」
もしここで「うっかり忘れてた」などという返事が返ってこようものなら、尻を蹴飛ばした上で、今日一日はリオンを独り占めにしてやるつもりだった。
だが、後始末まできちんと終えたという彼の言葉を聞き、ひとまず許してやることにした。
「それにしても、一体どんな戦いをしてきたら、そんな全身血まみれになるわけ?」
腕の中のリオンの頭を撫でながら、アンティリーネは隣に腰掛けたカリムを見つめ、何よりも気になっていたことを尋ねた。
もちろん、依頼の中には困難なものも多く、激しい戦闘を避けられないこともある。
その過程で全身に傷を負ったり、深刻な重傷を負うことだってあるだろう。
しかし、先ほどのカリムの姿は、まるで今にも死にそうな人間そのものだった。
「まあ、見ての通り。実を言うと、本当に死にかけたからな」
「えっ――」
「あんな感覚、本当に久しぶりだったぜ。ははっ! ――お、おい?」
カリムはいつものように、大袈裟な身振り手振りを交えながらおどけてみせた。
本当に死にかけた。
だが、それでも乗り越えて帰ってきた。
あれほどの死闘は本当に久しぶりだった――そう話を続けようとした、その時だった。
隣に座っていたアンティリーネが、どこか怒ったように顔を歪めながら涙を流していることに気づき、カリムは酷く驚いて狼狽した。
「あ、アンティリーネ?」
怒った顔を見るのは初めてではない。
涙だって初めて見るわけではなかった。
怒りながら泣く姿も、これまでに見たことがある。
だが、今のように雰囲気が一変し、その涙に深い悲しみと切なさが滲んでいる姿を見るのは初めてだった。
カリムは必死に彼女を宥めようとしたが、あまり効果はなかった。
「本当に、ズルいよ。どうして、そんなに無責任でいられるんだ」
「――ごめん、アンティリーネ」
涙が零れ落ちる。
それでも、泣き声は聞こえなかった。
アンティリーネは嗚咽すら漏らさず、ただ静かに涙を流していた。
カリムはそんな彼女を見つめ、真剣な声音で詫びると、リオンを抱いた彼女ごと優しく抱きしめた。
「二度と、そんなこと口にしないで。絶対に」
「――ははっ。分かった。これからは、そうするよ」
カリムはアンティリーネとリオンをまとめて抱きしめながら、彼女の言葉に誓った。
二度と死を口にしない。
決して、お前を置いて逝ったりはしない。
そんな彼の誓いを聞きながら、アンティリーネは大人しく彼の胸元へと頭を埋めた。
今の誓いが今回限りのものではなく、永遠へと繋がっていくように。
救いが一度きりで終わるのではなく、永遠に続いていくように。
ようやく取り戻した日常と平穏を、二度と失わずに済むように。
――そんな祈りを込めて、彼の誓いを受け止めた。
カリムとアンティリーネは互いに心の中で誓いを交わした。
そして、アンティリーネの腕の中でこっくりこっくりと船を漕いでいたリオンを寝かしつけると、夫婦として静かな時間を過ごした。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。
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近いうちに、第0話から順次、文章を少しずつ修正していく予定です。
ストーリーや設定に変更はなく、主に表現や文体を見直します。
また、今回から翻訳方針も少し見直し、より自然な日本語と、『オーバーロード』原作に近い文体・用語・キャラクターの口調を意識して翻訳・推敲を進めていきます。