We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
少しの騒動(?)の後。
カリムとアンティリーネは、本格的に旅を始めることになった。
本来ならとっくに遠くまで進んでいたはずなのに、ある美女のせいで随分と道のりが遠のいた。
カリムはにやにやしながらそうぼやき、アンティリーネは極力、その言葉が聞こえないふりに徹した。
「これ、口では現地人とか言ってるけどさ。なんでこの世界の地理をこんなに知らないんだ?」
「……あんたには関係ないわ」
カリムは、アンティリーネがこの世界で生まれ育ったにもかかわらず、地理に関しては自分と大差ないことを知ると、少し意地悪そうににやにやしながら彼女をからかった。
アンティリーネは、彼がからかうたびに少し棘のある態度で答える。
そして彼女がそんな反応を見せるたび、カリムは内心でドーパミンが爆発しそうになっていた。
こんな美人が地理も知らず、密かにツンツンしていて、その反応まで可愛いとは。
偶然とはいえ、あの時ナザリックの近くにいたことは、彼にとってとてつもない幸運だった。
──もちろん、それは彼だけの考えに過ぎない。
彼女の立場からすれば、彼が絶えず質問してくることは、もはや困り果てるほど面倒なことだった。
彼の言う通り、自分はこの世界で生まれ育った。
出自や血統がどうであれ、それは変わらない事実である。
しかし、彼女はスレイン法国の漆黒聖典。
コードネーム、絶死絶命。
そして白金の竜王との関係もあり、法国の外へ出ることは事実上ほとんどなかった。
そういった理由から、彼女は法国の外について知っていることがほとんどない。
国の名前や紋章、象徴のようなもの。
あるいは、誰が王なのかといった情報であれば、報告書を通じて大体は把握していた。
だが、細かな文化や全体的な規模、そして地理についてはまるで詳しくなかった。
特に地理は完全に弱点だった。
今回の旅が法国の近辺、あるいは国内での移動であったなら、言えることもあっただろう。
態度に腹が立ったとしても、ガイドくらいはできたはずだ。
──もし、私が法国の外をまったく知らないことがバレたら、この男はさらにしつこくからかってくるに違いない。
そう思ったアンティリーネは、徹底して彼の言葉を聞き流すことに決めたのだった。
「はあ。こいつは驚いたな」
彼女が説明を避け続ける様子を見て、カリムはぷっと吹き出すように笑った。
ああ、本当に可愛いな。
まさか、天然なのか。
彼女の事情など知る由もないカリムは、現時点では彼女のことを、天然気味の美女くらいに考えていた。
それも無理はない。
すでに彼は、すっかり彼女に夢中になっていた。
彼女が無表情でいようと、苛立っていようと、あるいは鋭く振る舞っていようと、彼の目には愛らしくしか映らなかったからだ。
「よし。それなら!」
カリムはちょうど足元に落ちていた石を拾い上げ、適当に投げた。
その姿に、アンティリーネは冷めた目を向ける。
どうせ今回も、また変な奇行を始めるのだろう。
彼が投げた石はやがて地面に落ちた。
落ちた位置を確認したカリムは、迷いのない声で言う。
「こっちだ!」
「……はぁ」
──本当に、ものすごく原始的な方法だった。
枝が倒れた方向に進むより、さらにひどい。
カリムは石が落ちた場所を眺め、そのままそちらへ向かって歩き出した。
その姿を見て、アンティリーネはまたしても額に手を当て、長く溜息をついた。
本当に、呆れ果てる。
まさか、今でもこんな方法で進む方向を決める人間がいるとは思わなかった。
漆黒聖典の誰もこんな方法で進路を決めたりはしない。
末端の兵士でさえ、こんなことはしないだろう。
彼女の溜息が聞こえていないのか、カリムはそのまま前へ歩き続ける。
その姿を見て、彼女も仕方なく後を追った。
これから何度、こんな奇妙な方法で道を決めることになるのだろうか。
そう思うと、アンティリーネは自分でも気づかないうちに悪寒を覚えた。
同時に、ぐっすり眠ったはずなのに、急速に疲労が押し寄せてくるのを感じた。
──もし、私がハーフエルフではなく、純粋な人間だったなら。
きっと、一瞬で老け込んで、平凡な老人のように皺だらけになっていた気がする。
それでも、アンティリーネには他に方法がなかった。
もし、カリムがあの時、牢獄から助け出してくれなかったなら。
救ってくれなかったなら。
今もなお、神々へ届くはずのない恨み混じりの祈りを捧げていたかもしれない。
絶望の中で、虚しい妄想にすがっていたかもしれない。
そして彼のおかげで、体力も気力も回復できた。
体も綺麗にすることができた。
──こうして考えると、悪くはないのよね。
そう。
普通の人のように。
普通に行動して。
口さえ、もう少し黙っていれば。
別に美男というわけではないけれど、それでも。
「おい、アンティリーネ。来ないなら置いていくぞ?」
「……行くわよ、行くから」
いっそのこと、美男の顔でちょこまかと動いていたらどうだっただろうか。
そんなことを考えながら、アンティリーネは少しぶつぶつ文句を言いつつ、小走りで彼の後を追った。
────────────
──そうして、どれほど歩いただろうか。
このおかしな旅の終わりは、果たしてどこにあるのだろう。
終着点は、一体どこなのだろうか。
少なくとも、目的地だけでも決めておけば、ここまで苛立つこともなかったはずだ。
アンティリーネは地理に詳しくないだけで、どこにどんな国家があり、その国家の紋章がどのようなものか程度は知っていた。
もちろん、彼女はそれを口にするつもりはなかった。
もしうっかり触れてしまえば、カリムがしつこく聞いてくることは目に見えていたからだ。
その結果が、今のこの状態である。
「……一体いつまで、こんな適当な方法で方向を決めるつもりなの」
「こういうのが旅の醍醐味じゃないか?」
「……やれやれ」
木の枝や石を使って方向を決める。
それも、たまにならまだいい。
だがカリムは少し移動して、気に入ったものがあれば片っ端から拾い、投げていた。
その姿を見て、アンティリーネはもはや苛立つ気力すら失いかけていた。
毎回反応するのも面倒だった。
何より、普通の人間ならあれほど苛立たれれば、少しは顔色を窺うか、逆に怒るものだ。
だがカリムは、そんなアンティリーネの姿さえ愛らしげに見つめてくる。
──どんな反応を見せても、結局同じような目で見てくる。
彼女としては、とてつもない負担だった。
「いやぁ、それにしてもこの草原、思ったより広いな? 四日も歩いたのに景色が変わらないぞ。自分じゃ歩く速度は速い方だと思ってたんだけどな」
もちろん、カリムは相変わらず彼女の本心など知る由もなく、ただ彼女と一緒にいるという事実に夢中だった。
アンティリーネは、出会ってからもう一週間になろうとしているのに、同行者の本心を知ろうともしないその姿にうんざりし、無表情で彼を睨みつけた。
──そして、ふと気づいた。
周囲に、死体のようなものが少しずつ見え始めている。
大地そのものも、緑ではない。
茶褐色の地面が、果てしなく広がっている。
ということは、まさか。
「カッツェ平野、か」
法国からそれほど遠くない場所。
アンデッドが他の土地よりも頻繁に出没し、戦争も比較的よく起こるため、緑よりも茶褐色に染まった場所だと聞いたことがある。
そして──あれほど歩いたにもかかわらず、未だに魔導国の領土にいる。
その事実に気づいた瞬間、アンティリーネは凄まじい恐怖に包まれた。
「ん? なんだ、よく知ってるじゃ────」
初めて彼女がこの世界について教えてくれた。
そう思ったカリムは、冗談めかして褒めようと振り返る。
だが、そこにいたのは。
地面へへたり込み、全身を激しく震わせながら、泣きじゃくる少女だった。
巨大な恐怖に囚われ、何もできなくなった無力な一人の少女。
「お、おい! アンティリーネ!」
カリムはひどく慌て、アンティリーネの両肩を掴んで揺さぶった。
まだ彼女に特別な告白をしたわけではない。
それでも、彼女を牢獄から救い出した時、心の中で誓っていた。
二度と、あの恐怖の中に置き去りにはしない。
二度と、あの深淵の中に戻しはしない。
数十年間見つけられなかった生きる目標を取り戻してくれた恩人であり、愛しい人を、必ず守り抜くのだと。
「しっかりしろ、アンティリーネ!」
「……! ひっ、ひぐっ……」
ほんの刹那のことだった。
一瞬ではあった。
だが、その一瞬でアンティリーネは、ひどく嫌な考えに囚われた。
この一週間足らずの時間が、すべて彼らに見せられた幻覚だったらどうしよう。
これまでの旅が、すべて嘘だったらどうしよう。
──そうして彼女は極度の恐怖に陥り、深刻な混乱状態に陥った。
それでも、さらに大きなパニックへ飲み込まれる直前、幸いにもカリムが素早く意識を引き戻してくれたおかげで、それ以上崩れることはなかった。
「……私、休みたい」
しかし、さらなる混乱に陥らなかっただけで、体調はひどく悪化していた。
今日は、もうこれ以上動ける状態ではない。
今にも泣き崩れそうな彼女の姿を見て、カリムは小さく安堵の息を吐いた。
「分かった。少しだけ待ってろ」
──それでも、良かった。
これ以上動けないのは少し残念ではある。
だが、他に選択肢はなかった。
このまま動くにはリスクが大きすぎる。
ただでさえ周囲には死体のようなものが少しずつ見え始めているのだ。
この状態で万が一、数百、数千以上の高位アンデッドに遭遇すれば、想像以上に厄介な事態になるだろう。
そして何より。
愛する人があんな状態であるなら、誰であっても強行軍などできるはずがない。
カリムは手慣れた手つきでテントを広げた。
アンティリーネはその様子を静かに見つめた後、中へ入っていく。
「気分が良くなったら教えてくれ」
中へ入っていく彼女の背中へ、カリムは心配を滲ませた声でそう言った。
もちろん、返事はなかった。
それでも構わなかった。
力なくベッドへ身を預ける彼女を見つめながら、カリムは彼女が少しでも安らげるよう、見張りを始めた。