We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「確かに驚いたよ、アンティリーネ」
ツァーの加入が決まった、その翌日。
カリムたちは日課をこなすため、今日もベースキャンプへと足を運んでいた。
できればツァーの実力もこの目で確かめておきたかった。だが、彼はすぐに立ち去ってしまったし、あまり長く魔導国の領内に留まっていれば、向こうがどのような反応を示すか分からない。
そのため、手合わせをすることはできなかった。
「どうだい。だいぶ慣れてきただろ?」
〈小型空間〉の魔法を介し、双剣『幽霊舞姫(ゴースト・ダンサー)』と『死の舞踏(デス・ダンス)』を、状況とタイミングに応じて自在に切り替えながら対処していくアンティリーネ。
その姿を見て、カリムは満足げな声を上げた。
褒められたアンティリーネもまた、どこか誇らしげな気分になったのだろう。少しばかり大袈裟な仕草をしてみせる。
「ワハハハハ! ああ、素晴らしいよ」
そんな彼女を見て、カリムは豪快に笑った。
そしていつものように助言をするため、改めてアンティリーネの状態を確認する。
――レベルは、もう97辺りまで来ているか。
おそらく98前後が限界だろう。
難度にすれば、295辺りまでは開いているはずだ。
『六大神』と呼ばれたプレイヤーと、『八欲王』と呼ばれたプレイヤー。
その双方の血を受け継いでいるからこそ、彼女はこの世界の住人でありながら、プレイヤーに限りなく近い領域へと到達することができた。
とはいえ、世代を重ねるごとに血が薄れていくことだけは避けられない。
残念ながら、レベル100――難度300の領域にまで届くことはないだろう。
だが、カリムたちにとっては大した問題ではなかった。
足りない二%など、装備と実戦経験で埋めればいいのだから。
そして改めて見てみれば、彼女の状態は以前とは明らかに変わっていた。
詳細までは把握できない。
だが、どういうわけか戦士職の中に、自分とよく似たクラスが現れ始めている。
『フェンサー』。
『ソードマスター』。
そして、『剣聖』か。
何がきっかけとなって変化したのかまでは分からない。
しかし以前に比べれば、明らかに無駄が減り、遥かに効率のいい構成へと変化していた。
「――これなら、本当に背中を任せてもよさそうだな」
その実力は、もはや単純なレベルや難度という数字だけでは測れない領域にまで達していた。
相性さえ良ければ、ユグドラシルのレベル100プレイヤーに勝利することさえあり得るだろう。
「本当に?」
「本当だよ」
一片の世辞も含まれていない、本心からの評価だった。
これまで遥か遠くにあるように思えていた、真の最強者たちが立つ領域。
カリムと出会って三年。
アンティリーネは、ついにその領域へと足を踏み入れたのだ。
もちろん、これまで積んできたものは模擬戦と依頼による経験がほとんどであり、本当の意味での実戦でどこまで通用するのかは分からない。
それでも、アンティリーネには自信があった。
「――じゃあ、ボクはこれを維持しながら、もっと上を目指す。それと、リオンのための『課題』も始まるってことだね」
だからといって、驕るつもりなどなかった。
自分は今、ようやくその領域へ最初の一歩を踏み出したに過ぎない。
ここまではカリムが先頭に立ち、自分を引っ張ってきてくれた。
ならば次は、この力を維持しながら、そのさらに先へと進む番だ。
完全なる未知の領域。
戦士である以上、これまで決して手の届かなかった高み、その世界に興味を抱かずにはいられなかった。
「あ、そういえば。リオンは、それなら『どこ』まで行けるの?」
「まあ、血統が血統だからな。アンティリーネ。広く見積もれば、お前と同じくらいにはなるだろうな」
「ボクと?」
「ああ。もちろん、どんな風に血を受け継いだかで変わってはくるだろう。均等に受け継いでいれば、お前と同じくらい。俺の血をより濃く受け継いでいれば、お前より上。逆にアンティリーネ、お前の血をより濃く受け継いでいれば、お前より少し下になるだろうな」
「へえ。そうなんだ。ふぅん――」
「ん? どうした?」
「ううん、別に。ただ、何ていうか……ちょっと嫉妬かな。もしリオンがボクより少しでも高いところまで行ったら、ちょっと悔しい気がしてさ」
「なんだそれ! ワハハハハハ!」
妻の何とも可愛らしい悩みと嫉妬に、カリムは豪快に笑った。
もちろん、その笑いに悪意など微塵もない。
アンティリーネが抱いているものも、純粋に戦士としての羨望と競争心に過ぎなかった。
「まあ、そういう意味じゃさ、アンティリーネ。お前だって、今まで散々周りから羨ましがられてきた側だろ?」
「ん、それも……そうだけどね」
そもそも『神人』という存在そのものがそうだった。
ユグドラシルより降臨した神々の末裔。
世代を重ねるにつれて血が薄れていくことは避けられないとしても、神の血を受け継いでいるという事実だけで、この世界では畏敬の対象となるに十分だった。
ましてやアンティリーネは、『六大神』と『八欲王』。
その両方の血を受け継いでいる。
そこに至った経緯がどうであれ、世界の奇跡と呼ばれても不思議ではない存在だった。
だからこそアンティリーネは、実の息子であるリオンに対してすら、競争心や嫉妬、そして羨望を抱いていた。
望まれて生まれ、幸せな家庭の中で育っていることもそうだ。
それ以上に、『三大神』すべての血を受け継いだ存在というのは、あまりにも恵まれた血統だった。
そしてふと、アンティリーネは妄想の中で、自分自身がカリムの娘として生まれていたら、などと想像してみる。
――だが、考えているうちに自分でも手足がむず痒くなるような気恥ずかしさを覚え、すぐに想像するのをやめた。
「まあ、そんなに落ち込むなって。息子よりもっと凄いアイテムを作ってやるからさ! ああ、それと……何だっけ。魔導国に奪われたアイテムも取り戻せばいいだろ」
「へえ。そう? 約束したからね?」
相変わらず豪快に言い切るカリムを、アンティリーネはどこか含みのある目で見つめながら、確認するように言った。
息子よりも凄いアイテムを作ってやる。
ある意味では一種の告白――なのだろうか。
そんな宣言を受けたアンティリーネは、密かにその時を楽しみにし始めていた。
「もちろん! 期待してろよ」
彼女から向けられた期待に、カリムは自信満々に答えた。
『賢者の石』によって作り出せるワールドアイテムは、全部で七つまで。
そして『賢者の石』そのものも、その七つの中に数えられる。
つまり、実際に新たに作り出せる数は六つが限界ということだ。
さらに、すでに『神体破壊者』を作り出しているため、残された枠はあと五つ。
その五つをすべて使い切ってしまえば、それ以降ワールドアイテムを作り出すことはできなくなり、神級アイテムの製作にも制限が掛かる。
――残った回数は全部、家族のために使うべきだろうな。
たとえ既存のワールドアイテムと比べれば、総合的な性能で多少劣るとしても。
それでも、一般的な神級アイテムを遥かに上回る性能を発揮するはずだ。
新たな誓いを胸の内で立てながら、カリムは早くも次に作るアイテムの構想を頭の中で描き始めていた。
────*────*────
ツァーが『スターフォール』に加わってから、一ヶ月が過ぎた。
その間、世界規模で見ても特に大きな動きはなかった。
まずは魔導国。
彼らもツァーの加入には気づいたようだったが、何しろ今は非常事態だ。
ひとまず黙認するつもりらしい。
もちろん、決して好意的に見ているわけではなさそうだった。
おそらく今後は、この件を口実に、より多くのワールドエネミー討伐をこちらへ押しつけてくることになるだろう。
次に、ワールドエネミーたちの動向。
『憤怒』を討伐してから、すでに一年近くが経とうとしていた。
だが、それ以外のワールドエネミーたちは、これといって目立った動きを見せてはいない。
互いに覇権を争う中で、ごく僅かなワールドエネミーが消滅したという。
その一方で、それぞれが着実に自らの勢力を広げてもいた。
そして、そのうちの一体は、とある国家において『絶対神』として完全に君臨するまでになったらしい。
さらには、その報せを耳にした『七大罪』の複数の個体が手を組み、その国家への攻撃を準備しているという話まで伝わってきていた。
『魔神たち』が降臨したという報せは、この大陸でも途轍もない騒ぎとなっていた。
降臨と同時にいくつもの国家が跡形もなく滅び、その一方で、それに対抗するかのように新たな神まで君臨し始めたのだ。
注目を集めないはずがない。
中でも最も大きく反応したのは、評議国と帝国だった。
評議国はツァーを介してカリムとの交流を開始し、帝国は魔導国から支援の確約を取りつけている。
迫り来る危機に備え、誰もが準備を進めていた。
そして、それはカリムも同じだった。
「――こっちも、ある程度の準備は整ったな」
アンティリーネはカリムが予想していたレベルと難度に到達し、それでもなお実力を伸ばし続けている。
アイテムの準備についても着実に進め、構想はほとんど完成していた。
『憤怒』討伐の報酬については、未だ受け取っていない。
カリムは近いうちに、それを要求するつもりだった。
「じゃあ、次はボクも行くの?」
これまでにも大小様々な依頼をチームとして一緒に受けてきた。
だが、次に舞い込んでくる依頼は、その規模がまるで違うはずだ。
そう考えたアンティリーネは、期待に満ちた眼差しをカリムへ向ける。
「――いや。たぶん次に依頼が来ても、行くのは俺とツァーだけになる」
「は? ボクは? また家で留守番しろっていうの?」
背中を任せられるほどの実力になった。
そう言っていたにもかかわらず、またしても留守番なのか。
どうにも納得できず、アンティリーネは強い口調で問い返した。
「いや、そういうことじゃない。お前まで行ったら――リオンは誰が守るんだ?」
「――あっ!」
依頼よりも遥かに大切な役目を、一瞬とはいえ忘れていた。
そのことに気づいたアンティリーネは、少し恥ずかしそうに声を漏らした。
まさか、そんな大事なことを忘れていたとは。
もちろん、選択肢がないわけではない。
近所の誰かに預ける。
あるいは、法国に預ける。
だが、どちらにも危険があった。
近所の者に預けた場合。
魔導国が密かにリオンへ接触する可能性もあれば、何者かが不純な目的でリオンを連れ去ろうとする可能性もある。
あまりにも不安が大きい。
即座に却下した。
ならば法国に預けるか。
まず、そこまで連れていくこと自体が一仕事だ。
そして、たとえ法国であっても、彼らがリオンに何をするか分からない。
「うん。仕方ないね」
残念ではある。
それでも、仕方のないことだった。
依頼なら、これから先いくらでも舞い込んでくる。
だが、子供はそうではない。
『また産めばいい』――理屈だけで言えば、そう考えることもできるのかもしれない。
しかし、その考え方そのものが間違っている。
後から生まれた子供は、今いる子供とはまったく別の存在だ。
親であるならば、そのような考えを抱き、ましてや口にしてはならない。
もし本気でそう考える者がいるのなら、それは親として失格だ。
「まあ、ワールドエネミーはまだ十体ちょっと残ってるからな。入ってくる話じゃ、奴ら同士で争ってたり、どこかで絶対神になってたりするらしいし、こっちも焦る必要はないだろ」
そこでカリムは僅かに間を置く。
「たぶん五年経っても、全部のワールドエネミーを討伐するのは無理だろうな。この世界の『強さ』を基準にするなら」
ユグドラシルであれば話は別だ。
だが、ここは違う。
まだ世界のごく一部しか見ていない以上、全体がどれほどの水準なのかは分からない。
しかし、仮にこの大陸と同程度だとすれば、すべてのワールドエネミーを討伐するなど、事実上不可能に近いだろう。
魔導王と、その配下である真祖。
自分とアンティリーネ。
最後に、ツァーを始めとする竜王(ドラゴンロード)たち。
無理やりこの世界でのドリームチームを組むなら、精々こんなところだ。
それでも、ワールドエネミーが三体、四体と集まれば、こちらに勝ち目などまるでないだろう。
「そうなの? そこまで危険な存在なの?」
全身を血まみれにして帰ってきた、あの日のカリムの姿。
それは今でもアンティリーネの脳裏に鮮明に焼き付いている。
それを実際に目にしてなお、どこか現実感が湧かなかった。
カリムなら。
彼ならば、もう少し前向きな答えを返してくれる。
心のどこかで、そう思っていたからだ。
「とんでもなく危険だよ。この大陸を基準に、まともなドリームチームを組めたとしても、どれだけ上手くやって精々三体が限界だ。それだって、こっちも甚大な被害を受ける前提でな」
もしも万に一つ。
ワールドエネミーの中にこちらへ協力してくれる存在でもいれば、話は遥かに楽になるだろう。
だが、そんな都合のいい可能性など、文字通り絶望的なほど低い。
「そっか。分かった。じゃあ……今度はちゃんと、無事な身体で帰ってきてよ?」
「もちろん!」
不確定要素はいくらでもある。
それでも、次に出撃する時は単独での討伐ではない。
前回ほど血を流すようなことにはならないはずだ。
『憤怒』のように、他のワールドエネミーを吸収した個体が存在する可能性もある。
だが、それとて『九曜世界喰(クヨウセカイショク)』ほどの存在でもない限り、あそこまで爆発的に力が増すことはないだろう。
アンティリーネから――愛する妻からの激励を受け、カリムは豪快に笑った。
そして、今度こそ必ず彼女との約束を守ると、胸の内で固く誓うのだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。