We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「そうか。今度は『怠惰』か」
「はい。前回と同じようにしていただければ結構です」
翌日。
今回もまた、魔導国は何の前触れもなく使者を送り込んできた。
そして前回と同じく、訪ねてきたのはデミウルゴスだった。
こうも度々いきなり押しかけてこられるのは気に入らなかったが、いざ言い争いになれば彼に勝てる気がまるでしない。
そのためカリムは、不本意ながらも素直に彼の訪問を受け入れるしかなかった。
「ですが、不幸中の幸いと言うべきでしょうか。七大罪の『強欲』の魔王が、何者かによって討たれました。同じ七大罪の魔王たちによるものなのか、それとも別のワールドエネミーによるものなのか――現時点では、まだ判明しておりませんが」
「そうか」
『強欲』まで倒された。
ということは、七大罪の魔王で残っているのは四体。
『傲慢』を取り込んだ『憤怒』は自分が倒し、『強欲』は別のワールドエネミーによって討たれた。
そして今度、自分が『怠惰』を倒せば――残るのは三体だけになる。
「それから、我々魔導国も独自に、別のワールドエネミーの討伐準備を進めております。おそらく、七大罪とは異なるワールドエネミーを相手にすることになるでしょう。ですので、七大罪の方は――どうか、すべて討伐していただければと」
「そうするさ」
予想していた通り、かなり無茶な依頼を押しつけられることになった。
今回の『怠惰』に続き、その後に残る三体の七大罪まで討伐しろ、ということだ。
次の討伐にはツァーも同行する。
その分、前回より難度は下がるだろう。
――ただし、それはあくまで一体ずつ各個撃破でき、なおかつ標的が他のワールドエネミーの力を取り込んでいない、という前提での話だ。
こちらにとって、あまりにも都合のいい前提だった。
「それでは、私はこれで失礼いたします。良い報せをお待ちしております」
用件を伝え終えたデミウルゴスは、そのまま席を立ち、外へと出ていった。
カリムは彼が出ていく姿を最後まで見送る。
そして扉が閉まった途端、小さく溜息を吐いた。
「まったく、好き勝手言いやがって」
残る七大罪の討伐。
『怠惰』を除けば、あと三体。
数字だけを見れば、それほど難しい依頼には思えないかもしれない。
しかし、相手はワールドエネミーだ。
正攻法では討伐することすら事実上不可能に近い、地獄のような難度を誇る存在。
まだユグドラシルがサービスを続けていた頃、カリムは『憤怒』を含め、およそ三体のワールドエネミーと戦った経験があった。
結果は――一勝二敗。
当時から常にソロで活動していたため、いずれも単独で挑んだ結果だった。
二度の敗北については、『賢者の石』で作り出したアイテムの性能を確かめることが主な目的だったとはいえ、もしまともに最後まで戦っていれば、間違いなく敗北していただろう。
『憤怒』に勝利できた時でさえ、抗議の意味も込めてバグや抜け道を徹底的に利用し、どうにか仕留めたに過ぎない。
「ワールドエネミーを、ただのボスモンスターみたいに言いやがって」
『賢者の石』を完成させたことで、カリム自身も飛躍的な力の上昇を遂げた。
さらに、ワールドエネミーを相手に極めて高い効果を発揮するアイテムも所有している。
だが、それでも。
どれほど弱い部類のワールドエネミーが相手であろうと、死闘を覚悟しなければならない。
何しろ、ワールドエネミーに対して強烈な効果を発揮するのはカリム自身ではなく、あくまで彼の所有するアイテムなのだから。
「一対一なら、ある程度は勝ち目もあるんだがな」
残った七大罪が手を組まず、一体ずつ各個撃破できるのなら十分に戦える。
ツァーの援護まで考慮すれば、前回の『憤怒』よりは楽になるはずだ。
だが、それはあくまでこちら側の都合だけで考えた、愚かな仮定に過ぎない。
相手が何を考え、どう動くのか。
その部分が、まるで考慮されていない。
『傲慢』は『憤怒』に同士討ちで倒された。
そして『憤怒』と『強欲』も、それぞれ別の存在によって倒されている。
ここまで来れば、残された七大罪が手を組んだとしても何ら不思議ではなかった。
そして何より――。
あの『憤怒』が最後に見せた行動。
〈ゲート〉を開き、逃亡しようとしたあの姿が、どうにも頭から離れない。
ワールドエネミーは確かに強大だ。
だが、ユグドラシルにいた頃の彼らは、所詮AIに従って動くだけのモンスターに過ぎなかった。
見方によっては、プレイヤーが作り上げたNPCよりも遥かに単純な存在だったほどだ。
少なくとも、ユグドラシルではそうだった。
しかし、この世界に顕現したことで、多くのものが変わった。
自我を持ち。
思考し。
自らの能力と力を『扱う』。
一つの人格と生命を与えられた存在として、生きて動くようになったのだ。
『憤怒』の行動を基準に考えるなら、残る七大罪も〈ゲート〉を使用できると見ておくべきだろう。
それだけではない。
ユグドラシル時代には見せなかった別の能力まで、自らの意思で使いこなしてくる可能性も考慮しておかなければならない。
「――万が一、七大罪以外のワールドエネミーから、一体でもこっち側に引き込めればな」
一体でも味方になってくれれば、状況は遥かに楽になる。
いずれ相手をすることになる『九曜世界喰(クヨウセカイショク)』を考えるなら、何とも皮肉な話ではあるが、同じワールドエネミーの力が必要になるかもしれない。
それほどまでに、『九曜世界喰』の持つ力は強大だった。
そして『憤怒』の一件を考えれば、〈ゲート〉程度では済まない何かを見せてくる可能性すら十分にある。
「まあ、それは最初から当てにするような話じゃないか」
ならば、今ある戦力だけを前提に策を立てるべきだ。
自分。
ツァー。
そしてアンティリーネ。
三人による共同戦線。
今のところ、これがこちら側で用意できる最大戦力だった。
さらに加えるとすれば自分の弟子もいるにはいるが、残念ながら現状では戦力外だ。
「レベル100プレイヤー級の奴が、あと二、三人もいればなぁ」
そこまで多くを望んでいるわけではない。
今の戦力に、その程度が加われば十分なのだ。
そうすれば、随分と楽になる。
例えば――。
魔導王。
あるいは、魔導王の配下である吸血鬼(ヴァンパイア)。
「まあ、共闘なんて絶対に無理だろうけどな」
それだけは、まず成立しない。
そもそも互いの関係が良好とは言い難い。
下手をすれば、こちらの戦力や戦術をすべて知られる危険すらある。
「頭が痛くなるな」
とはいえ、いくらここで考え続けたところで、今の状況が変わるわけでもない。
カリムは軽く頭を振り、椅子から立ち上がった。
「少し風にでも当たってくるか」
いずれにせよ、同じチームの二人の意見も聞いておく必要がある。
独断で物事を決めれば、余計な危険を招くだけだ。
考えを切り替えたカリムは扉を開けて外へ出ると、まずは街で遊んでいるアンティリーネとリオンのところへ向かった。
────*────*────
「あら、奥さん。今日は息子さんも一緒なんですね」
「うん。ちょっと遊びに来たんだ」
「おっ、今日も美男美女がお揃いだな!」
「おお、リオンが来たぞ、リオンが!」
カリムが魔導国の使者と話をしていた頃。
一足先に家を出ていたアンティリーネは、息子のリオンを連れてエ・ランテルの街へとやって来ていた。
普段から住民たちには暖かく迎えられている。
だがリオンを連れている時は、いつもの三倍くらい歓迎されているような気がした。
「いつ見ても、本当に可愛らしい息子さんですね」
リオンと一緒に街へ出るたび、決まって言われる言葉だった。
リオンの容姿についての褒め言葉だ。
ほとんど真っ黒と言っていい髪を除けば、その顔立ちはアンティリーネをそのまま小さくしたかのように瓜二つだった。
それだけ、アンティリーネの血を濃く受け継いでいるということなのだろう。
以前、リオンを見ながらカリムが、
――俺の血をほとんど引かなかったのは幸いだな。
などと言っていたことがあった。
その時は今ひとつ意味が分からなかったが、外見だけを考えるなら、今では何となく言いたいことも分かる気がした。
「それにしても奥さん、いつもそうやって抱いて歩くの、大変じゃないんですか?」
「ん? ああ、大丈夫。全然問題ないよ」
「旦那さんもそうですけど、その力はちょっと羨ましいですねぇ。だったら息子さんも、相当力持ちになるんでしょうね」
「あ、やっぱり息子さんも冒険者に?」
「たぶんそうなると思う。あいつとも、その辺の考えは同じだよ」
「わあ、それなら……お父さんもアダマンタイト級、お母さんもアダマンタイト級、息子さんまでアダマンタイト級か」
「アダマンタイト一家とか、完全に反則だろ」
もっとも、それはあくまでカリムが考えている以上に、とんでもない話として受け止められていた。
アンティリーネを含め、エ・ランテルの者たちで、リオンを単に『容姿の整った子供』程度にしか見ている者などいない。
少なくとも住民たち――とりわけ冒険者たちの間では、すでに、
――新しいアダマンタイト級冒険者が生まれた。
くらいに思われていたのだから。
「他所の連中が聞いたら、随分と羨ましがりそうだな」
「あ、そうだ。奥さん、お子さんは何人くらい欲しいんです?」
「そこまでは、まだ考えてないよ」
「ええ、それはちょっと残念ですねぇ」
住民たちの反応を見て、アンティリーネは小さく笑った。
ほんの四、五年前であれば、こんな光景など想像すらできなかった。
当然、
――自分は子供を何人産むのだろう。
などと考えたことも、一度としてなかった。
「リオン一人だけでも、ボクは十分幸せだよ」
住民たちの目から見ても、今のアンティリーネは本当に幸せそうだった。
時折、どう振る舞えばいいのか分からず戸惑っている姿を見かけることもある。
だが、そんな姿からさえ、今の生活への幸福が滲み出ていた。
とはいえ、具体的に考えたことがないだけだった。
住民たちに言われたことで、アンティリーネは心の中でふと考える。
もしリオンに弟や妹ができたなら。
その時は、一体どんな感じになるのだろうか。
「よお、アンティリーネ。ここにいたのか?」
そうして住民たちとしばらく雑談を楽しんでいたところへ、カリムが姿を現した。
カリムを見つけるや否や、アンティリーネの腕に抱かれていたリオンが、激しく両腕を振りながら嬉しそうに笑い出す。
「うん。ちょっと話してた」
「おお、旦那も来たか」
「父ちゃんが来たら、坊やも大喜びだな」
「ははっ。ところで、何の話をしてたんだ?」
「別に。いろいろだよ」
盛大にカリムを迎えたのは、リオンだけではなかった。
彼が姿を見せると、住民たちからも次々と声が飛んでくる。
ある意味では、アンティリーネ以上に話題になる人物だったからだ。
ありふれた黒髪。
特別目立つわけでもない顔立ち。
身体はある程度鍛え上げられているものの、全体として見れば比較的平凡な男に見える。
それなのに、全身から放たれる気迫だけは、あの魔導王すら上回るほどだった。
一体どこの出身なのかも分からない。
何をするのかもまるで予想がつかない。
見た目だけなら、どこを取っても平凡に見える男。
そんな人間が、魔導王を上回るほどの気迫を纏っているのだ。
冒険者の話題になれば、カリムの名がほとんど必ず挙がるのも無理はなかった。
いつもと変わらない住民たちの歓迎に、カリムは豪快に応じる。
そしてすぐに、まずアンティリーネへと声をかけた。
本人たちにとっては何でもない日常の会話に過ぎない。
それでも、そんな二人の姿を住民たちはどこか微笑ましそうに眺めていた。
「あ。そういえば、何か用事があるって言ってなかった? もう終わったの?」
「ん? ああ。終わったよ」
「そう? うまくいった?」
「さあな。うまくいったって言っていいのかどうか」
いつもの豪快な声。
だが、その奥に微かな悩みが混じっていることに気づき、アンティリーネは少し心配そうな顔をする。
そんな彼女に、カリムはいつものように少しおどけた調子で答えた。
「どうしたの? うまくいかなかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな。うーん……その話は家に帰ってからにしよう。ちょっと頭を冷やしたくて出てきたんだ」
「そっか。分かった」
軽い話ではない。
それだけは分かった。
おそらく、また魔導国から誰かが訪ねてきたのだろう。
そこまで察したアンティリーネは、それ以上追及することなく、再び柔らかな笑みを浮かべた。
「よし! 仕事も終わったことだし、俺もリオンと遊ぶとするか!」
カリムは周囲の視線など一切気にすることなく、もう一度豪快に笑いながらリオンを抱き上げた。
「じゃあ、ボクたちはそろそろ行くね?」
「気をつけてな、お嬢さん」
住民たちとの穏やかな雑談を終えたアンティリーネは、カリムと共にその場を離れた。
そしてリオンを連れ、親子三人でのデートを始めるのだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。