We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
『賢者の石』と寿命について語り合ったあの日から、三ヶ月が過ぎた。
世界は概ね平穏に推移しているように見えた。
しかし、『憤怒』を討伐したあの大陸で、ワールドエネミーである『五色如来』と『七大罪』との間に戦争が勃発した。
当然ながら、その報せは魔導国だけでなく、カリムのもとにも届いていた。
「なるほど。そういうことだったのか」
「その話、信じていいんだろうな?」
「はい。虚偽を申し上げるつもりはございません」
カリムとツァー、そしてデミウルゴス。
三人はカリムの自宅に集まり、『五色如来』と『七大罪』の間で始まった戦争について話し合っていた。
つい先ほどまで、いつものようにアンティリーネとの模擬戦を終え、その身体をほぐしてやりながら、息子のリオンと遊んでいたところだった。
そこへ突然、ツァーが、
――とんでもない情報を手に入れた。
そう言って家へ押しかけてきた。
さらに間を置かず、今度はデミウルゴスまで、ワールドエネミーについて新たな情報を得たと言って訪ねてきたのだ。
本音を言えば、突然現れた招かれざる客たちを家へ上げたくはなかった。
だが、気づけば二人ともすでに中へ入り、当然のようにテーブルについていた。
もはや追い返すわけにもいかず、仕方なく自宅で話をすることになったのである。
――当然、家族だけの時間を邪魔されたアンティリーネは、ほんの僅かに殺気を滲ませながら二人を睨んでいたが。
「ということは、僕が感じ取ったあの巨大な気配は、やはり奴らだったというわけか」
デミウルゴスの話を聞きながら、ツァーは自分が持っていた情報と照らし合わせていく。
「そしてこちらの情報と合わせるなら、『強欲』と呼ばれるワールドエネミーを倒したのは『五色如来』。『強欲』が討たれたことで危機感を覚えた残りの七大罪の魔王たちが手を組み、『五色如来』へ宣戦布告した」
「その通りです」
デミウルゴスは静かに頷いた。
「加えて、『五色如来』は今回、休眠状態から目覚めた『ケテル』と同盟関係にあります」
「――ワールドエネミー同士の同盟、か」
カリムは僅かに眉を顰めた。
「完全な最悪の事態だけは避けられたが、だからといって状況が良いわけでもないな」
『五色如来』と『ケテル』による同盟。
そして『七大罪』の魔王たちによる同盟。
恐れていた、顕現したすべてのワールドエネミーが一つにまとまるという事態だけは、幸いにも避けることができた。
だが、戦況が明るいわけでは決してない。
互いに潰し合うか、あるいはそれに近いほどの甚大な損害を受けてくれるのなら話は別だ。
そうでなければ、今の戦力で『徒党を組んだワールドエネミー』を相手にするなど、あまりにも無謀だった。
「確かに、その通りでございます」
カリムの言葉に、デミウルゴスも同意を示す。
「ワールドエネミー。あれらは一体一体が、複数のレベル100級プレイヤーが力を合わせて、ようやく対抗し得る存在です」
そして、僅かに口元を緩めた。
「――だからこそ、今が各個撃破の好機なのです」
「……やっぱり、そう来るか」
「以前申し上げた通り、『七大罪』の方はお任せいたします。我々魔導国は『五色如来』――そして『ケテル』を担当いたしましょう」
「ケテル、か」
「知っているのかい?」
「――知ってるとも」
直接戦った経験こそない。
だが、その存在については知っていた。
その原典は『セフィロトの樹』。
神の最初の意志。
中央の柱、その最上部に位置するもの。
そして数あるセフィラの中でも、最も偉大なる栄光とされる存在。
「ただ……妙だな」
カリムはふと疑問を覚えた。
「ケテルは確か、『セフィラ十天使』の一体だったはずだ。だとすれば、最初に聞いた『十体を少し超える程度』という数と合わない」
二人の視線がカリムへ集まる。
「十天使だけでも十体だ。それに、こっちへ顕現できなかった『傲慢』を除いたとしても、七大罪は六体来ている。その上、『五色如来』まで顕現してる」
指を折るように数えながら、カリムは続けた。
「だったら全部で二十一体になるはずだろ? 十体ちょっとどころじゃない。二十体以上のワールドエネミーが顕現してることになるんじゃないのか?」
「確かに、以前はそのようにお伝えいたしましたね」
デミウルゴスは落ち着いた様子で答えた。
「そして、その情報に間違いはございません。顕現したワールドエネミーは十体を少し上回る程度です」
「……なら?」
「我々魔導国も、『ケテル』と『五色如来』を確認した後、さらに広範囲に調査を行いました」
そこでデミウルゴスは眼鏡の奥の目を細める。
「その結果、『セフィラ十天使』の中で、この世界に顕現しているのは『ケテル』ただ一体であることを確認しております」
「一体だけ?」
「はい。そして『五色如来』についても、こちらへ顕現したのは二体程度に過ぎません。どうぞご安心を」
「――そうか」
どうにも心から信用する気にはなれなかった。
とはいえ、他に確かめる方法もない。
「ところで、もしよろしければ――『セフィラ十天使』について、何か詳しくご存じでしょうか?」
「奴らの原典について少し知ってる程度だ。ユグドラシルで直接戦ったことはない」
「では、実際に戦ったワールドエネミーは?」
「『憤怒』の魔王と、『五色如来』のうち二体だな」
「ほう」
興味深い情報を耳にし、デミウルゴスは眼鏡を軽く押し上げた。
目の前にいるのは、ワールドエネミーを単独で相手にし、それもユグドラシルとこの世界の両方で討伐経験を持つ人物だ。
その話に興味を抱かない方がおかしい。
「まあ、戦績はそんなに良くないけどな。俺はずっとソロでやってきたから」
カリムはあっさりと言った。
「だいたい一勝二敗ってところか」
「その一勝というのは、やはり『憤怒』の魔王でしょうか?」
「ああ。ただし、正攻法で勝ったわけじゃない」
「と、申しますと?」
「抗議半分で無理やりバグを起こして、AIをまともに動けなくしてから戦ったんだよ」
「なるほど」
「正々堂々倒しました、なんて話じゃないさ」
「では、残る二敗は?」
「好奇心」
「……好奇心、ですか?」
「ああ。まあ、最初から本気で最後まで戦う気もなかったし、時間も惜しかったからな。途中で適当に逃げた」
そして、何でもないことのように肩を竦める。
「当然、本気で最後までやってたら俺の完敗だっただろうけどな」
考えようによっては、極めて貴重な情報だった。
そんな情報を、カリムは潜在的な敵対者である自分たちに惜しげもなく話している。
思わぬ収穫に、デミウルゴスは内心で邪悪な笑みを浮かべた。
目の前にいるプレイヤーは、こちらが想定していた以上に有能だ。
場合によっては、思っていたより遥かに早く、すべてのワールドエネミーを排除できるかもしれない。
――無論。
カリムもまた、すべてを話しているわけではなかった。
あくまで、『嘘はついていない』だけだ。
ユグドラシル時代のワールドエネミーとの戦績。
『憤怒』を倒せた理由。
そして『五色如来』を相手に敗れたこと。
それらはすべて事実だった。
ただし、肝心な部分をいくつか伏せている。
確かに好奇心に駆られて挑んだ。
だが、その好奇心とは、『賢者の石』から作り出したワールドアイテムや神級アイテムが、ワールドエネミーを相手にどこまで通用するのかを確認するためのものだった。
もっとも、デミウルゴスもまた、カリムがすべてを包み隠さず話したなどとは考えていなかった。
「――まったく。ある程度は分かっていたつもりだけど、君は本当に無茶なことが好きなんだね」
カリムとデミウルゴスの会話を聞いていたツァーが、呆れたように口を挟んだ。
先日の無茶といい、話を聞けば聞くほど、とんでもない男だった。
「さて。話はこの辺りでよろしいでしょう」
必要な情報は伝え終えた。
そう判断したのか、デミウルゴスは席を立った。
「それでは、良い報せをお待ちしております」
そう告げると、彼はナザリックへと帰っていった。
カリムとツァーはその姿をしばらく見送る。
やがて、ツァーが静かに口を開いた。
「カリム。君は、魔導国を信じているのかい?」
「信じるも何もない。仕方がないから今こうしてるだけだ」
「そうか」
「ワールドエネミーがいるから協力してる。それだけだ。あいつらと手を組むつもりなんて、これっぽっちもないよ」
「では――」
ツァーは僅かに間を置いた。
「すべてのワールドエネミーを退けた後は、どうするつもりだ?」
「――質問の意図が分からないな」
カリムは少し考えてから答える。
「まあ、その時になったら、魔導国の連中が何をしようが、俺は別に気にしない」
「……何?」
「ただし、俺や俺の周りにいる奴らへ刃を向けるってんなら――その時は俺も、あいつらに刃を向けるけどな」
「――そうか」
魔導国へ協力するつもりはない。
そして彼らが何をしようと、基本的には干渉しない。
だが、自分や身近な者たちへ危害を加えるのであれば、容赦なく敵に回る。
そんなカリムの言葉を聞き、ツァーは複雑な感情を抱いた。
確かに今は、ワールドエネミーという最大級の脅威が迫っている。
だからといって、魔導国が善なる存在へ変わったわけではない。
ワールドエネミーがすべて消え去ったその後。
魔導国は必ず、再びこの世界を支配しようと動き始めるだろう。
「魔導国のことが心配なら、適当に妥協すればいいじゃないか」
「何だって?」
『妥協』。
その言葉を耳にした途端、ツァーの声が僅かに強くなった。
「もちろん、あいつらが今以上に無慈悲な虐殺を繰り返したり、お前のいる評議国にまで邪な手を伸ばしたりするなら、その時は止める必要があるだろうさ」
カリムは淡々と続ける。
「でも、そうじゃないなら、俺たちがわざわざ首を突っ込む理由があるのか?」
「それは、どういう――」
「世界の平和。いい言葉だよ。そういうのは」
カリムは軽く肩を竦めた。
「だけど、『平和』なんて結局は主観的なもんだ。『正義』と同じようにな」
「正義と……」
「お前にとって魔導国は悪そのものかもしれない。でも、魔導国の連中は自分たちこそ正義だと思ってるだろうさ」
「だからといって、このまま見ているだけだというのか?」
「言っただろ」
カリムはツァーへ視線を向ける。
「今よりさらに無慈悲な真似をするか、俺たちに刃を向けるなら、その時は止める」
「――君の本当の意図が分からないな」
カリムの言っている『平和』や『正義』については理解できる。
だが、それでもなお、魔導国を放置するという結論には納得できない。
そんなツァーへ、カリムはあっさり答えた。
「別に大層な理由なんてないさ」
そして少しだけ笑う。
「俺にとっては、アンティリーネとリオンが、この世で一番大事なんだよ」
「……」
「世界がどうなろうが、正直どうでもいい」
あまりにも迷いのない言葉だった。
「まあ、必要以上に一線を越えるようなら当然介入する。でも、魔導国の連中は、その線を越えられないだろうさ」
「どうして、そう言い切れる?」
「――それだけワールドエネミーが危険だからだよ」
「関係があるのか?」
「大ありだ」
カリムは即答した。
「俺たちだってそうだけど、あいつらも今回の戦いを無傷じゃ終えられない。そのくらい、ワールドエネミーは桁外れに強いんだ」
随分と突飛な話だった。
だが、その眼差しにも、声にも、確かな自信があった。
ツァーは何も言わず、しばらく虚空を見つめながら考え込む。
隣に座るこの男が、相当に自分勝手な人物であることは、すでに知っている。
だから予想外の答えが返ってくることも、ある程度は覚悟していた。
それでも。
惜しい。
そう思わずにはいられなかった。
この男の力ならば。
カリムほどの力があれば。
この世界を乱すあらゆる悪を討ち滅ぼし、その圧倒的な力と気概で世界を覆い、永遠の平和すらもたらせるのではないか。
だからこそ、ツァーには惜しくてならなかった。
「惜しいね」
その短い一言には、様々な感情が入り混じっていた。
「まあ、さっきも言ったけど、あいつらが一線を越えれば俺も動くさ」
「――そうか。そういうことか」
ツァーは小さく頷いた。
そして、どこか呆れたように言う。
「カリム。君は本当に、ずるい人間だね」
「ワハハハハ! 人間なんて、そんなもんじゃないか!」
カリムは豪快に笑う。
「人間はみんな、生まれながらに悪なんだぞ?」
「とても信じられないね。誰がそんなことを言ったんだい?」
「誰って、俺がいた世界の賢人の一人だよ」
「ユグドラシルの?」
「いや。その人は、俺が生まれた時にはとっくに死んでた」
「そうか」
そんな他愛もないやり取りへと話が逸れ、カリムは楽しそうに笑った。
ツァーもまた、どこか満足したような声で応じる。
「少しだけど、カリム。君という人間が分かってきた気がするよ」
「男にそんなこと言われると、ちょっと気持ち悪いんだけど」
「構わないさ」
「いや、俺が構うんだが?」
唐突な返答だった。
だが、ツァーにとってはそれでよかった。
少なくとも、この男は悪ではない。
少なくとも、魔導国のようにこの世界へ混乱をもたらすために現れた存在ではない。
傍観者ではある。
だが、それでも自分なりの哲学があり、自分なりの正義を持っている。
「何? まだ話してたの?」
そんなやり取りを続けているうちに、思いのほか話が長引いていたらしい。
市場を見て回っていたアンティリーネが、いつの間にか家へ戻ってきていた。
彼女は先ほどと同じような目をしながらカリムの後ろへ立つと、そのままツァーをじっと睨みつけた。
「――さすがに長居しすぎたようだね」
話はすべて終わった。
得るものもあった。
アンティリーネの視線などまるで気にした様子もなく、ツァーは席から立ち上がる。
そして軽く別れを告げ、家を出ていった。
「では、『怠惰』討伐の日取りが決まったら、また来るよ」
空へ舞い上がり、少しずつ遠ざかっていくツァー。
その姿を眺めながら、カリムは小さく溜息を吐いた。
――そしてその直後。
今度はアンティリーネから、たっぷり小言を聞かされる羽目になるのだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。