We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「今度は、本当に無事で帰ってくるんだよね?」
「もちろん」
一週間後。
魔導国から依頼が届いた。
――『怠惰』の討伐。
確か、日取りについてはこちらから改めて知らせる――そう聞いていたはずなのだが、依頼は何の前触れもなく突然やって来た。
指名されたのは『スターフォール』。
『憤怒』の時とは随分と違う扱いに、カリムは少しばかり苛立ちを覚えた。
とはいえ、目の前にいるのはただ命令を伝えに来ただけの使者だ。
そいつに文句を言ったところで仕方がないため、何も口にはしなかった。
「今回は一人じゃないからな」
「うん。分かった」
「じゃあ、行ってくる」
カリムはアンティリーネを軽く抱きしめると、家を出た。
そして、そのまま待ち合わせ場所へと向かう。
――目的地へ到着すると、すでにツァーが待っていた。
カリムは彼と簡単に挨拶を交わし、前回と同じく魔導国が用意した〈ゲート〉へと足を踏み入れる。
ツァーと共に辿り着いたその先。
そこには――。
「いつ感じても、本当に不快な気配だね」
『憤怒』と同じように、虐殺と破壊を愉しむ巨大な魔王の姿があった。
その姿と禍々しい気配を前に、ツァーは鋭い声で言う。
「まあ、それでも前の『憤怒』よりは難度が低いはずだ。あの時の『憤怒』は、『傲慢』って奴を取り込んだ後だったからな」
「奴らは、そんな真似までできるのか。……それにしても、よくそんな相手から生きて帰ってこられたものだね」
ツァーの不快そうな言葉に、カリムは軽く笑って答えた。
それを聞いたツァーの声には、先ほど以上の嫌悪が滲む。
もちろん、それはカリムへ向けられたものではない。
この世界を好き勝手に荒らしている、ワールドエネミーたちへ向けられたものだった。
「運が良かっただけさ。本当に紙一重だった。あいつがもう少し力を取り込んでたか、俺がスキルを使うのが少しでも遅れてたら――死んでたのは俺だっただろうな」
「……それは、本当に幸運だったね」
カリムの言葉を聞き、ツァーは小さく息を吐いた。
そんな事態にならず、本当によかった。
その声には、偽りのない安堵が含まれていた。
「――まあ、その話はいい。ツァー、お前は横から援護してくれ。先陣は俺が切る」
「分かった」
竜帝の血を引く真なる竜王としては、多少自尊心を傷つけられる役回りではあった。
だが、仕方がない。
カリムも。
ワールドエネミーも。
どちらも自分の常識を遥かに逸脱した怪物だ。
そして何より、ツァー自身はワールドエネミーについて、ほとんど何も知らない。
一方のカリムはユグドラシル出身であり、奴らについて多くの知識と実戦経験を持っている。
多少思うところはあったものの、ツァーは大人しく彼の判断に従った。
「んん? 何だ、この羽虫どもは」
破壊と殺戮を愉しんでいた『怠惰』は、目の前に現れた二人の招かれざる客へ視線を向けた。
声音そのものは柔らかい。
だが、そこには露骨な苛立ちが混じっていた。
「その羽虫にもうすぐ殺されるんだ。知ったところで意味あるか?」
そんな『怠惰』へ、カリムは静かに挑発を投げかける。
一瞬、『怠惰』の怒気が膨れ上がった。
だが、『憤怒』とは違う。
即座に激情のまま襲いかかってくることはなく、気怠そうに目の前の二人を観察し始めた。
「お前……そうか。ユグドラシルで『憤怒』を殺した奴か」
「おっ、俺のこと知ってるのか?」
「当然だ。あの時は実に愉快だった」
「――そうか。じゃあ、大人しく死んでくれない?」
自分を知っていた『怠惰』へ、カリムは一つ提案してみた。
大人しく死ね、と。
『怠惰』はしばし考え込む。
そして――。
不快な笑みを浮かべた。
「当然、それは無理だな。こんなに殺せるものがいるのに……どうして俺が?」
次の瞬間。
何の予兆もなく、禍々しい攻撃がカリムへと降り注いだ。
「――そうこなくっちゃな」
不気味に笑う『怠惰』の攻撃を躱しながら。
戦いが始まった。
「――っ!」
『憤怒』と似ている。
だが、どこか一つ二つ歯車が外れたような、妙に雑な攻撃だった。
カリムは少し呆気に取られながら、それを回避する。
『怠惰』とはユグドラシル時代に一度も戦ったことがない。
そのため正確な比較はできない。
しかし、同じ七大罪の魔王でありながら、その戦い方は『憤怒』とは似ているようで、まるで正反対だった。
まるで、それぞれが冠する『大罪』そのものが、性格や戦闘方法にまで表れているかのように。
「ちっ……面倒だな、お前。そんなに避けられるとさぁ」
一切の隙を見せず、すべての攻撃を躱していくカリムへ。
『怠惰』は心底面倒そうに咆哮した。
「悪いけど、わざわざ食らってやる気は欠片もないんでね!」
カリムは鬱陶しそうに喚く『怠惰』の懐へと一気に潜り込んだ。
そして――。
凄まじい速度で、その巨体を斬り裂き、貫いていく。
「――ぐっ、がぁっ!?」
適当に何発か受けてから反撃すればいい。
その程度に考えていた『怠惰』だったが、カリムの一撃を受けた瞬間、凄まじい激痛が全身を走った。
「なっ……!?」
『怠惰』は明らかに狼狽し、先ほどまでの気怠さが嘘のように、無秩序に攻撃を撒き散らし始める。
「くそっ! こ、これは――!」
どれほど強力な攻撃であろうと、それに耐える自信はあった。
特に物理攻撃への耐性について言えば、他の魔王たちと比較しても圧倒的な性能を誇っている。
そのはずだった。
なのに。
何故。
――何故、この男の攻撃がこの身に届く!
あり得ない事態を前に、『怠惰』は完全に動揺した。
先ほどまで纏っていた怠惰さなど消え失せ、必死になって防御を固めていく。
「ぐおおっ、がぁっ!」
だが。
何の意味もなかった。
カリムのアイテムは、その誕生した瞬間から――。
『神を殺すためのアイテム』として作られたものだった。
すなわち、その効果のほとんどがワールドエネミーを殺すためだけに特化している。
純粋な性能やステータスだけを見れば、他のワールドアイテムと比較して多少見劣りする。
分類するのであれば、むしろ最上位の神級アイテムに近いかもしれない。
だが。
このアイテムの真価は、そんなところにはない。
相手がワールドエネミーであるならば。
与えるダメージは爆発的に増加する。
そして、対象がどれほど強大な耐性を持っていようとも――。
それを無視し、直接ダメージを与えることができる。
「くそがっ! そ、そのアイテム! そのアイテムは一体何なんだぁぁぁ!!」
ユグドラシルにいた頃でさえ、これほどの痛みを味わったことはない。
たった一撃で自らの耐性を無意味なものにするようなアイテムなど、聞いたことすらなかった。
当然だ。
今、カリムの手に握られているそれは――。
カリムが独自に作り上げた、『バグアイテム』なのだから。
『怠惰』は怒り狂い、大きく咆哮した。
だが、怒れば怒るほどカリムの攻撃は苛烈さを増していく。
それに比例するように、『怠惰』の体力も凄まじい勢いで削られていった。
このままでは。
『傲慢』。
『憤怒』。
そして『強欲』。
その後を追うことになる。
ようやく本当の愉しみを見つけたというのに。
こんな場所で、こんな羽虫どもに殺されるなど――。
絶対に嫌だ。
『怠惰』は必死に抵抗する。
そして同時に――。
〈ゲート〉を開き始めた。
一刻も早く、他の魔王たちへ知らせなければならない。
そして。
今度こそ、力を合わせなければならない。
「――!」
――また、あれか。
『憤怒』との死闘ですでに一度見ていたカリムは、先ほど以上に激しく攻撃を叩き込みながら、ツァーへ無言の合図を送った。
それを見たツァーは小さく頷き――。
始原の魔法を発動するため、意識を集中させた。
その時、ツァーの脳裏に、ここへ来る前にカリムと交わした作戦会議の内容が蘇る。
(奴らの力はあまりにも強大だ。今の僕の力が通用すると思うかい?)
(絶対とは言えない。でも、その可能性は高い。俺が保証する)
(どうして、そこまで言い切れる?)
(『憤怒』と戦ってて気づいたんだ。奴らはこの世界へ渡ってくる時、完全な状態では来られなかった。そして、休眠――いや、療養することで力を取り戻した)
(それの何がおかしいんだい?)
(そこなんだよ)
カリムは言った。
(あいつらは、途轍もない力を持った存在だ。そんな連中が、この世界へ来た直後から活動することもなく、わざわざ『療養』を選んだ)
(それが、何を意味する?)
(あくまで仮説だけど――奴らはこの世界へ渡る時、一度『死んだ』んじゃないか。そして療養することで、再び目覚めた。もしそうなら、今の奴らは――)
仮説に過ぎない。
だが、それを口にしたのは、実際にワールドエネミーと何度も戦った経験を持つ男だった。
ツァーも、その言葉を軽く聞き流すつもりはなかった。
「生きてはいる。だが、その肉体は一度死んだものだ」
アンデッドにも似ている。
だが、通常のアンデッドとは何かが違う。
それがカリムの見立てだった。
ならば。
話は多少変わってくる。
途轍もなく強大な相手であることに変わりはない。
しかし――。
もし、その性質が『死者』に近いものであるのなら。
ほんの僅かとはいえ、その絶望的な隔たりを縮められる可能性がある。
「始原の魔法――《世界断絶障壁》!」
ツァーが集中し、その力を解き放った。
術者であるツァーを中心として大気が波打つ。
その波紋は周囲へ一気に拡散し――。
やがて半透明の巨大な障壁が、一帯を覆い尽くした。
「なっ――何だ!?」
〈ゲート〉を開き、その場から逃亡しようとしていた『怠惰』。
だが。
転移が発動しない。
「馬鹿な……!」
『怠惰』は明らかに動揺した。
この身の能力が。
これほど呆気なく。
これほど簡単に封じられるなど――。
これもまた、一度として経験したことのない出来事だった。
「こ、この羽虫どもがぁぁぁぁ!!」
まずは逃げる。
そして、後のことはそれから考えればいい。
そう思っていた。
あの男自身の力も危険だ。
だが――。
あの男が手にしている『アイテム』は、それ以上に危険だった。
ワールドエネミーであるからこそ、本能的に理解できる。
当然だった。
あれは生まれた時から、ワールドエネミーを殺すためだけに作られたアイテムなのだから。
『憤怒』が死んだという報せを聞いた時。
鼻で笑い、嘲っていた。
だが今になって。
ほんの少しだけ、それを後悔した。
逃げ道を完全に塞がれた『怠惰』は、もはや自棄になったように残る力を解放した。
そして『憤怒』と同じく――。
『大罪の冠』を召喚する。
『大罪の冠』から、無数の攻撃がカリム目掛けて降り注ぐ。
――だが。
カリムにとっては、すでに一度見たことのある攻撃だった。
「そんな攻撃――もう見飽きてんだよ!」
あらかじめ纏っていた『昇天の栄光』を利用し、一気に懐へ潜り込む。
直後。
カリムを中心に強烈な衝撃波が炸裂した。
その衝撃で、『怠惰』の動きが一瞬だけ鈍る。
――その隙。
カリムは即座に『神体破壊者』を突き出した。
刃が――。
『怠惰』の心臓を、深々と貫いた。
「こ、こいつらぁぁぁ! こ、この俺にぃぃ! く、くそがぁぁぁ!!」
事実上、最後の切り札まで防がれた。
『怠惰』は耳を劈くような絶叫を上げる。
それでもなお、残された最後の力を振り絞り、必死に暴れ続けた。
「まったく! 『憤怒』と違って、攻撃まで怠けきってやがるな!」
攻撃そのものからさえ、気怠さが感じられる。
カリムは姿勢を立て直すと、『怠惰』が繰り出す攻撃を次々と回避し、あるいは斬り払っていった。
傍から見れば、単純な攻撃にも見える。
だが。
わざわざ受けてやるつもりなど、当然ながら微塵もない。
確かに、カリムの武器ならばワールドエネミーが持つ強大な耐性を無視できる。
しかし――。
攻撃そのものに込められた『意志』や『権能』まで、消し去れるわけではない。
もしまともに食らえば、凄まじい無力感に襲われることになるだろう。
『怠惰』と戦うのは今回が初めてだった。
それでも、『憤怒』との戦いを思い返せば、ある程度の予想はつく。
『黎明の栄光』があるとはいえ、魔王たちの攻撃は基本的に広範囲。
その上、繰り出される攻撃の数も、通常の敵とは次元が違う。
「こ、この野郎ぉぉぉ!!」
すべての攻撃を凌がれた。
心臓まで貫かれた。
もう。
打つ手はない。
そして――。
カリムが放った最後の一撃が、『怠惰』を真正面から捉えた。
「――――っ」
その巨体が激しく震える。
そして。
『七大罪』の魔王――『怠惰』は、その場へ崩れ落ちた。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。