We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「ちょ、ちょっと! それ、反則すぎない!?」
「何が。言っただろ、アンティリーネ。その先を見せてやるって」
「にゃあああ――っ!」
時間は少し遡り、デートをした翌日。
早朝、夫婦として肌を重ねた後、昨日できなかった模擬戦の話になった。
その言葉を聞き、カリムは昨日自分が口にしたことを思い出す。
――『その先』の強度を見せてやる。
――百パーセントを超えた、さらに先の領域を見せてやる、と。
「よし。それじゃ、朝飯を食ったらすぐ行くか」
鉄は熱いうちに打て、だ。
カリムはアンティリーネの提案を受け入れた。
一方のアンティリーネも、胸を高鳴らせながら準備を始める。
『その先』の強度とは、一体どれほどのものなのか。
百パーセントを超えた領域とは、一体何なのか。
想像を膨らませれば膨らませるほど、戦士としての胸の高鳴りが止まらなかった。
そして――。
実際に目の当たりにしたその領域は、アンティリーネの予想を遥か彼方へと置き去りにするものだった。
これまでは、本当によく食らいついてきたと思っていた。
カリム自身が言っていた通り、もしかすれば速度だけなら追いついたのではないか。
そう思っていた。
だが、それはあくまで――。
『六大神』や『八欲王』のような、この世界がかつて経験し、観測することのできた領域での話に過ぎなかった。
つい先ほどの模擬戦でカリムが見せたものは、そのすべてを遥かに超えた領域だった。
「――ちぇっ! 本当に反則だって、そんなの!」
強敵を相手にした本格的な実戦経験こそなかった。
それでも、模擬戦と鍛錬は絶えず積み重ねてきた。
今の自分なら、かつての自分など一瞬で倒せる。
確かに、それほどまでに成長したはずだった。
「ワハハハハ! いやぁ、それでもよく食らいついてるぞ、アンティリーネ!」
だが。
目の前に立つ存在。
人生の伴侶であり。
恋人であり。
そして師でもある男は――。
その程度ではまだ足りないとでも言うかのように、アンティリーネの狙いをことごとく潰していった。
辛うじて、速度だけならほとんど引き離されてはいない。
だが、それだけだった。
力では、圧倒的な差がある。
これまでカリムが見せてきた姿など、本当に適当に加減していただけなのではないか。
そう思えるほどだった。
アンティリーネは『六大神』を直接見たことがない。
『八欲王』も知らない。
当然、実際に戦ったこともない。
それでも確信できた。
――カリムが本気を出せば。
『六大神』も。
『八欲王』も。
そのすべてをたった一人で相手にできる。
そう思ってしまうほど、つい先ほどカリムが見せた強さは常軌を逸していた。
「まあ、今見せた『スキル』だって、百パーセントじゃないけどな。うーん……そうだな。十パーセントくらいか?」
「な、なな……何!? じゅ、十パーセント!? はぁ――もう、本当に常識外れすぎるよ、あなた」
「ははっ! そうかもな」
先ほどの模擬戦でカリムが見せた異常な一撃。
それは、『憤怒』との死闘でも使用したアイテムとスキルだった。
敵からダメージを受ける。
すると、受けたダメージと自らの体力をシールドへと変換する。
さらに、そのシールドすべてを攻撃力へと変換し――。
『シールド・ブラスター』として、相手へ叩き返す。
たとえ相手がどれほど強力な耐性を持っていようとも。
自分より遥かに強い存在であろうとも。
相手のあらゆる耐性と防御力を、最初から存在しなかったかのように無視する。
さらに命中した瞬間には、空間そのものを引き裂き、歪ませる。
もっとも、ここは戦場ではなく模擬戦だ。
そして相手は、何よりも大切な伴侶であるアンティリーネ。
当然ながらカリムは、その一撃を彼女へ向けたりはしなかった。
アンティリーネから遥かに離れた虚空へと放っただけである。
それでも。
ほんの一部の力しか込められていない攻撃で、空間そのものが歪む光景を目にした。
アンティリーネが呆然とするのも無理はなかった。
――これが百パーセントだったら、一体何が起きるんだよ。
「だけどな、アンティリーネ。これだけは覚えておけ」
先ほどまでの軽い調子から一転。
カリムは少し真剣な口調で続けた。
「どれだけ強い奴でも。どれだけ強力な攻撃でも。完璧なものなんてない」
「うん」
「今の攻撃は、自分が受けたダメージを自分の力に加えて、攻撃へ変換するっていう仕組みなんだ」
「ってことは?」
「そう。相手の攻撃が強ければ強いほど、こっちの威力も上がる」
カリムは軽く頷いた。
「場合によっては、自分より遥かに強い相手にも勝てる。ただ、その分だけリスクも大きいってことだ」
「へえ。そうなんだ」
アンティリーネは目を輝かせながら、カリムの説明に耳を傾けていた。
理由は分からない。
だが、その仕組みを聞いた瞬間――。
――もしかしたら、ボクにも今のスキルが使えるんじゃないかな。
そんな考えが頭を過った。
そして、その直感は正しかった。
「ある程度は分かってると思うけどさ、アンティリーネ」
カリムは彼女へ真っ直ぐ視線を向ける。
「これから始まるワールドエネミーとの戦いは、今までのどんな戦いよりも厳しくて、苦しいものになる」
「……うん」
「場合によっては、本当に死ぬ覚悟まで必要になるかもしれない」
そして――。
「だから、このアイテムをお前にも渡すつもりだ」
「これを? ボクに?」
「ああ。もちろん、今俺が使ってる奴をそのまま渡すわけじゃないぞ」
カリムは笑う。
「新しく作るんだ。アンティリーネ、お前のためにな」
「――うん。ありがとう。楽しみにしてる」
その真剣な約束を受け、アンティリーネは小さく笑った。
これまでカリムからもらったアイテムは、どれも想像を遥かに超えるものばかりだった。
今回受け取れば、これで四つ目になる。
いずれ取り戻すことになる『六大神』の装備まで考えれば、胸が躍らないはずがない。
以前の自分とは、もう比べものにならない。
戦士としての自分が。
かつて望んでも届かなかった果ての領域へ向かい、少しずつ完成していく。
そんな実感があった。
「よし! じゃあ一度下りて昼飯を食って、少し休んだら製作を始めるか!」
────*────*────
「じゃあ、ボクはリオンと遊んでるね?」
「ああ。任せとけ」
模擬戦を終えたアンティリーネとカリムは、ベースキャンプから自宅へと戻ってきた。
帰る途中。
それまで何も知らずにぐっすり眠っていたリオンが目を覚まし、アンティリーネの腕の中で少しぐずり始める。
二人はそんな息子を見て顔を見合わせ、小さく笑った。
そして、まるで申し合わせていたかのように。
アンティリーネは今では随分と自然な仕草で、リオンをあやし始めた。
そんな母子の姿を眺めていたカリムは、自宅の一室に設けてある小さな工房へと入った。
アンティリーネとの約束を果たすためだ。
「――さて。やるか」
――今俺が使っているものじゃなく、新しく作って渡す。
そう言った。
だが、実のところ。
『憤怒』の討伐や、先ほどの模擬戦で使っていた『神の試練』は――。
一つだけではなかった。
「念のために作っておいたんだが……いやぁ、残しておいて正解だったな」
自由度が高い。
ならば、二つ同時に発動させるような無茶もできるのではないか。
そんな思いつき一つで、カリムはかつて『神の試練』をもう一つ作っていた。
何より。
右手と左手の両方に、手甲のように装備していれば見栄えもいい。
そんな理由もあった。
しかし――。
結果は予想とは違った。
スキルは一度しか発動しない。
さらに『クールタイム』まで、二つ同時に進行してしまった。
「分かった時は、結構悩んだんだよなぁ」
ほとんど意味はない。
それでも単純な『ステータス』目当てで両手に装備してみたこともあった。
右手と左手で交互に使ってみたこともある。
だが結局。
ほとんど意味がないと判断し、片方はインベントリの奥へしまったままになっていた。
「久しぶりに出したな」
カリム自身は右利きだ。
そのため、今取り出した『神の試練』二号機は左手用に作られている。
その点については、少し悩んだ。
だが、アンティリーネと模擬戦を始めてからは、彼女がどちらの手を主体に使うかなど、そこまで気にする必要もないと分かっている。
それに何より――。
『ペアルック』のようなものとして。
象徴的な部分くらいは、同じまま残しておきたかった。
だから、この部分には手を加えないことにした。
「とはいえ、このまま渡すだけってのも、ちょっと良心が痛むんだよな」
自分が使っているものとは別の物を渡す。
確かに、嘘ではない。
このまま渡してしまっても問題はないだろう。
だが、何となく物足りなかった。
「さて、どうするか」
別のアイテムと組み合わせ、ワールドアイテムへと昇華させる方法もある。
しかし、それを行えば限られたワールドアイテムの製作回数を一つ消費することになる。
何より、製作成功率は百パーセントではない。
失敗すれば、二つのアイテムをまとめて失うことになる。
ならば――。
外見だけを変える方がいいのではないか。
そうすれば、アイテムのスキルや性能そのものは何一つ変わらない。
その代わり。
先ほどの方法とは違い、失敗する可能性はゼロだ。
何しろ、変えるのはあくまで『外見』だけなのだから。
「――やっぱり、そうするか」
少し悩んだ末。
カリムは決断した。
単純に、外見だけを変更する。
成功すれば大きな見返りが得られる方法も魅力的ではある。
だが、だからといってわざわざ危険を冒す必要はない。
「となると……どう変える?」
方針は決まった。
だが今度は、肝心のデザインが思いつかない。
もしアンティリーネがごく普通の女性であったなら、もう少し簡単だったかもしれない。
だが。
彼女は、ごく普通の女性ではなかった。
一人の子供の母として、確かな母性を見せている。
一人の男の妻として、愛らしい一面も見せるようになった。
しかし、それでも。
一般的な女性像とは、どこか違う。
甘える時だってそうだ。
恥ずかしそうな顔をしたり、声を上ずらせたりすることはある。
だが、聞いているこちらがむず痒くなるような甘ったるい声や、鼻にかかったような媚びた声を出したことなど、これまで一度もない。
むしろ――。
一緒に依頼をこなしている時。
あるいは、模擬戦をしている時。
そんな時の彼女の方が、どこか格好よく、美しくさえ見える。
胸を弾ませている時の表情だって同じだった。
デートをしている時。
肌を重ねる時。
リオンと遊んでいる時。
どれも愛らしい。
それでも。
戦士として見せる表情の方が、ほんの僅かに――。
より美しく見える気がした。
「――うーん」
どれほど悩んだだろう。
気づけば、工房へ入ってからすでに一時間が経っていた。
「名前をつけるわけでもないのに、なんでこんなに難しいんだ……」
何度も溜息を吐いた。
それでも、良い案は何一つ浮かばない。
「何か、特徴になるものがあればいいんだけどな」
派手すぎない。
それでいて、自分のアイテムとは明確に違う何か。
外形そのものは変えない。
ならば――色を変えるか。
「よし。だったら、何色だ?」
普通の女性とは少し違う。
なら、とりあえずピンクはなしだ。
赤。
あるいは紫系。
「……いや、違うな」
どうにも似合う気がしない。
それなら何がいい。
一つずつ候補を消しながら、カリムは考え続ける。
そして――。
「……あ」
ふと、一つの考えが閃いた。
髪も。
瞳も。
アンティリーネを最も特徴づけているものは、銀と黒が綺麗に半分ずつ分かれていることだ。
「だったら、これも銀と黒で合わせればいいじゃないか」
ようやく一つ目の山を越えた。
――だが。
その先には、また別の山が待っていた。
「さて……どう分ける?」
横に分けるか。
縦に分けるか。
それとも。
前と後ろで分けるか。
新たな難題に頭を抱えることになったものの、先ほどまでと比べれば随分と気は楽だった。
――そして、さらにしばらくして。
すべてを決めたカリムは、凄まじい速度で作業へと取りかかった。
やがて――。
「……よし」
完成したものを手に取り、様々な角度から眺める。
完璧、とまでは言わない。
それでも。
自分なりには、十分満足できる仕上がりだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。