We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「どうだ、アンティリーネ」
「――うん。綺麗だね。ありがとう」
作業を始めてから、一時間ほど後。
カリムは工房での作業を終えると外へ出て、その成果をアンティリーネに見せた。
完成したアイテムを目にしたアンティリーネは、嬉しそうな表情を浮かべながら、それを受け取る。
外見そのものは、かなり無骨だった。
女性はもちろん、見た目にこだわる男性であっても、少し敬遠しそうなほどの武骨さがある。
それでもアンティリーネには、カリムから贈られたそのアイテムが、とても綺麗なものに見えた。
もちろん、造形そのものが美しいという意味ではない。
少なくとも、自分が人類種であることも、女性であることも自覚している。
だが。
自分の髪や瞳と同じように、目の前のアイテムには銀と黒が見事に調和していた。
指先から掌、そして下面にかけては、淡い銀色の光沢が浮かんでいる。
一方、手の甲から上面にかけては、漆黒に近い黒が同じように鈍く輝いていた。
「一度、着けてみろよ」
いつになく嬉しそうに。
まるで子供のように純粋な表情でアイテムを眺めているアンティリーネを見て、カリムは満足感を覚えた。
二時間以上も悩み抜いた甲斐があったというものだ。
「――うん。ちょうど……いい感じ、かな」
アイテムを装着したアンティリーネは、小さく笑いながら自分の『左手』を眺めた。
ほんの少し大きい気もする。
だが、使用する上では問題なさそうだった。
「――なるほど。少しだけ、分かる気がする」
装着した左手を物珍しそうに様々な角度から眺めていた、その時。
ふと。
アンティリーネは、このアイテムに眠っているスキルと、かつての使用者が残した『ヒドゥンカード』の存在を感じ取った。
「……すごい」
内包されたスキル。
そしてヒドゥンカード。
その凄まじさに、アンティリーネは思わず感嘆した。
――だが。
そこで一つ、妙なことに気づく。
今作ったばかりのアイテムなのであれば、以前の使用者など存在しないはずだ。
しかし、これは違う。
このアイテムに残されているヒドゥンカードは――。
今朝の模擬戦でカリムが見せた、あのスキルとまったく同じだった。
だとしたら。
「ねえ、これ……誰かが使ってたアイテムなの?」
不思議そうに尋ねるアンティリーネ。
その問いを受け、カリムはアイテムの経緯を説明し始めた。
「実は、俺が使ってたやつなんだ」
「使ってた? ちょっと待って。じゃあ、最初に作った時から二つあったってこと?」
「ははっ! 鋭いな! その通り」
カリムは豪快に笑う。
「最初は二つ作ったんだよ。右手だけって、なんか寂しいだろ? だから左手用も作ったんだけど、使ってるうちに――別に二つ必要なくないか? って思ってさ。結局、一つしか使わなくなった」
「そうなんだ。じゃあ、色だけ変えたの?」
「色も変えたし、サイズも少し小さくした。アンティリーネ、お前の手にできるだけ合わせてな」
「そっか」
完全な新品ではなかった。
だが、そんなことはアンティリーネにとってどうでもよかった。
むしろ、まったく別物だったなら。
カリムとまったく同じスキルを身につけることもできなかったかもしれない。
「うん。確かに、使い込まれてた感じはするね」
アンティリーネは微笑みを浮かべたまま、左手に装着されたアイテムを大切そうに撫でた。
色こそ違う。
だが、その形はカリムのものとまったく同じ。
それが妙に――。
彼と一つになったような感覚を与えてくれた。
「ワハハハハ! そんなに気に入ったか、アンティリーネ?」
アイテムを受け取ったアンティリーネが、少し恥ずかしそうに。
それでいて、隠しきれないほど嬉しそうな顔をしている。
そんな彼女を見て、カリムは豪快に笑いながら抱き寄せた。
アンティリーネは、その胸の中で何も言わず、静かに頷く。
恥ずかしさがなかったわけではない。
だが。
言葉が出なかった理由は、それではなかった。
胸の奥から。
本当に、込み上げてくるものがあったからだ。
「――よし! じゃあ次に模擬戦する時は、このアイテムの使い方も教えないとな!」
アンティリーネを抱いたまま、カリムは続けた。
戦士としての才能は極めて高い。
きっと、このアイテムも他の装備と同じように、すぐ自在に扱えるようになるだろう。
そう考えると、カリムも嬉しくなった。
「そう? じゃあ、楽しみにしてる」
アンティリーネ自身も、このアイテムの性質についてはある程度直感的に理解していた。
ヒドゥンカードの存在も把握している。
だが、それでも。
これを作り上げた本人から見た使い方と、助言には興味があった。
だからこそ、期待に満ちた目でそう答えた。
このアイテム。
そこに内包されたヒドゥンカード。
そして、いずれ取り戻す『六大神』の装備。
さらに『カロンの導き』まで取り戻すことができれば――。
自分一人であっても、魔導国に対抗できる。
そしてカリムを完璧に支え。
彼の背中を守ることができる。
そんな確信が、アンティリーネの中に芽生えていた。
カリムの腕の中。
アンティリーネは静かに顔を上げる。
互いの視線が重なり。
少しずつ。
その距離が近づいていった。
――エ・ランテルの、とある一軒家。
その日もまた。
そこでは、完璧とも言える幸福の中で、一日が終わろうとしていた。
────*────*────
『怠惰』を討伐してから、三ヶ月という時間があっという間に過ぎ去った。
その間、アンティリーネとカリムが何よりも優先したのは、リオンだった。
まだ二歳にも満たない幼い子供。
それでも二人の目には、信じられないほどの速さで成長しているように映っていた。
「このままなら、歩けるようになる頃には難度8か9くらいまで行きそうだな」
二人の予想は間違っていなかった。
ただ血統を受け継いだというだけで、すでに才能が開花し始めている。
そんな息子の姿を見て、アンティリーネは純粋に羨ましささえ感じていた。
「へえ。それは凄いね」
――やっぱり、戦士として育てたい。
もともと戦士に。
そして冒険者に育てたいという考えは、ほとんど固まっていた。
だが、今のカリムの言葉を聞いて。
その思いは、さらに強くなる。
アンティリーネとしては、そう考えずにはいられなかった。
何しろ、周囲を見渡してみても。
今の自分にとって相応しい相手が、ほとんどいないのだから。
カリム。
ある意味では、最高の相手だ。
だが――最適ではない。
圧倒的な力。
装備による多彩な戦術。
あらゆる面で完璧に近い。
しかし、単純に強すぎる。
魔導国。
率直に言えば、気まずい。
仮に将来関係が改善したとしても、好んで近づきたい場所ではなかった。
『漆黒聖典』。
カリムの指導を受けているとはいえ、第一席を除けば、もはや自分の足元にも及ばない。
その上、自分はカリムとの模擬戦を通じて、さらに神の力に近づきつつある。
気晴らし程度にはなるかもしれないが。
そこから何かを得るのは難しそうだった。
白金の竜王。
同じチームの一員であり、カリムの次に理想的な相手ではある。
だが、そこまで大きな意味はないだろう。
何より、そこまで親しい間柄でもない。
わざわざ頼むには、少々気まずかった。
もちろん。
リオンが成長し、その才能を完全に開花させるまでには、まだ時間が必要だ。
そのことは十分に理解している。
だが、その程度なら待てる。
自分に残された時間は、まだ長いのだから。
もし、それでも足りないというのなら。
その時は――。
カリムを頼ればいい。
「あ、そういえば。カリム?」
「ん?」
「この前から、魔導国から依頼は来てないよね?」
「え? ああ。そういえば、それっきり来てないな」
模擬戦についてあれこれ考えていたアンティリーネは、ふと最近、魔導国から討伐依頼が届いていないことに気づいた。
不思議そうに尋ねられ、カリムも少し考える。
確かに。
ここ最近は、何の連絡もない。
『怠惰』を討伐して以降、何度か依頼そのものは届いていた。
だが、それらは『七大罪』本体の討伐ではない。
彼らの配下にいる者たちの討伐だった。
大いに期待していたアンティリーネは少し拍子抜けしたものの。
それでも、久しぶりに強敵と実戦で戦えるということで、多少胸を躍らせてもいた。
「配下っていっても、かなり強かったよ」
そして、その期待は。
十分な満足へと変わった。
もちろん、楽な戦いではなかった。
基本的に難度180前後の魔物が大量に存在し。
難度200ほどの魔物も、珍しくない。
さらに驚くべきことに。
小隊長格と思われる魔物は、難度230から250ほど。
そして将軍格と思われる魔物に至っては――。
『難度超過』。
実際。
小隊長格までなら、比較的容易に倒すことができた。
だが。
将軍格を相手にした時は、予想以上に苦戦を強いられた。
速度では明確に優位に立っている。
しかし。
多種多様な位階魔法。
見たこともない能力。
そして、自分を僅かに上回るほどの力。
相性的にはこちらが有利だった。
にもかかわらず、速度以外ではほとんどすべての面で押されていた。
予想以上に厳しい戦いだった。
それでも――。
少し前にカリムから受け取ったアイテム。
そこに秘められた『ヒドゥンカード』を発動したことで、戦況を逆転させることに成功した。
そして。
辛うじてではあるが。
将軍格の魔物を相手に、勝利を収めることができた。
「どうだった、アンティリーネ。『新しいアイテム』の性能は」
「――うん。やっぱり、凄いね。この『神の試練』は。本当に名前通りだよ」
アンティリーネは少し考えるように首を傾げる。
「それと、感覚は……うーん。身体が少し大きくなるのが、何て言うか……妙な感じ? 嫌なわけじゃないんだけど、上手く言えないな」
これまで、一度も経験したことのない感覚だった。
全身をシールドが覆うことについては、特に何とも思わない。
だが。
『肉体』そのものが大きくなる。
そんな感覚は初めてだった。
文字通り。
全身が、ほんの僅かではあるが大きくなっていた。
「じゃあ、そこも大きくなったわけか」
「……何?」
「いや。何でもない」
アンティリーネの言葉を聞いた瞬間。
妙な想像が頭を過り。
カリムは思わず小声で呟いてしまった。
当然。
聞き逃さなかったアンティリーネは、じろりと睨みつけ――。
そのまま彼の背中を何度も叩き始めた。
「ワハハハハ! 冗談! 冗談だって!」
「ふん! 言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!」
そんな彼女の攻撃――という名の抗議――を受けながらも、カリムは豪快に笑い続ける。
「――でも、かなり上手く使えてたぞ」
そして改めて、アンティリーネを褒めた。
一度。
たった一度、見せただけだった。
それなのに、かなり巧みに使いこなしていた。
初めて使うスキルだったため、発動した瞬間だけ動きが僅かに鈍った。
だが、それを除けば。
驚くほど自然だった。
「そう? ふふっ」
カリムからの言葉に、アンティリーネは満足そうな顔を浮かべた。
もともと。
自分の力には自信があった。
だが。
魔導国に敗北したことで、その誇りは完全に打ち砕かれた。
カリムと出会い。
彼との模擬戦を重ねる中で。
少しずつ、失った自信を取り戻してきた。
それでも。
完全には確信できなかった。
――今のボクは。
一体、どれほど強いのだろう。
それを証明する舞台は、なかなか訪れなかった。
カリムからは認められている。
それでも。
自分自身で、自分に確信を与えたかった。
家庭を築いても。
リオンを産んでも。
その機会だけは訪れなかった。
いつまで待てばいいのだろう。
満たされない飢えを抱えたまま。
アンティリーネは耐え続けた。
そして――。
ついに、その時が来た。
ワールドエネミー。
『七大罪』の魔王が率いる『軍勢』の討伐。
カリムが話していたワールドエネミー本人ではない。
そのことだけは少し残念だった。
それでも。
十分に強大な敵と戦える。
そう思うだけで胸が躍った。
そして、その高揚は。
満足へと変わり。
やがて――誇りへと変わった。
――今のボクは、強い。
自分自身で証明した。
自分自身へ、確信を与えた。
戦士として。
これ以上の喜びが、他にあるだろうか。
「もちろんだ! 本当に驚いたぞ、アンティリーネ? やっぱり俺の嫁が一番だ!」
カリムはもう一度、豪快に笑った。
そしてアンティリーネを軽く抱き寄せる。
その言葉に。
アンティリーネは胸の奥から満足感を覚えた。
静かにカリムの胸へ身体を預け。
そっと目を閉じる。
そして――。
ただ、この瞬間を噛み締めるのだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。