We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「――そうか。今度は、もっと厳しくなりそうだな」
「では、どうかよろしくお願いいたします。それでは、私はこれで」
翌日。
今回もまた、魔導国とデミウルゴスは何の前触れもなく訪ねてきた。
そして、ほとんど同じタイミングでツァーまで姿を現した。
穏やかな昼下がり。
カリムは自宅でアンティリーネと共に、幸せそうにリオンの仕草を眺めていたところだった。
そんな家族の時間へ突然割り込まれたものだから、当然ながら少しばかり機嫌を悪くしながら二人を迎えることになった。
もっとも。
当の二人はそんなカリムの様子など特に気にすることもなく、そのまま当然のように台所へ向かい、席についてしまったのだが。
魔導国――そしてデミウルゴスは、用件を伝え終えるとすぐに帰っていった。
だがツァーはその場に残り、これからどう動くべきかについて、カリムともう少し話をすることになった。
――当然。
まず最初に小言を食らうことになったが。
「まったく。こうやって勝手に押しかけてくるのはやめろよ」
「仕方がないだろう。あまりにも巨大な悪が、この世界そのものを脅かしているのだから」
カリムの不満にも、ツァーはまるで気にした様子もなく答えた。
その態度に、カリムは少し呆れたように小さく溜息を吐く。
「それにしても、彼女の成長には驚かされるね」
「ワハハハハ! 当然だろ。俺の嫁なんだから。前にも見ただろうけど、今のアンティリーネなら、その鎧姿のお前よりずっと強いぞ」
「確かに、そう見えるね」
以前から強者ではあった。
だが、あの頃はここまでではなかった。
カリムと出会ってからというもの、アンティリーネは目を見張るほどの速度で成長を続けている。
そして今では、かつてツァーが旅の中で目にした『プレイヤー』たちの領域にまで到達していた。
相性と状況さえ噛み合えば。
もしかすると、プレイヤーを相手にしてさえ優位に立てるかもしれない。
「神人ではなく――もはや、神か」
改めて考えても、あまりにも速すぎる成長だった。
その証拠に、鎧の状態では勝てなかった将軍級の魔物すら、彼女は倒してみせた。
僅か数年で、自らの『限界』を突破するとは。
実に大した人間だった。
「それはそうと、次の依頼は相当厳しくなりそうだな」
「――同感だ。ワールドエネミー三体を同時に相手にしろとは……まったく、不愉快な話だね」
現在、『七大罪』で残っているのは――。
『嫉妬』。
『暴食』。
そして『色欲』。
合計三体。
油断し、一体で行動していた『怠惰』が討伐されたことで、残った魔王たちは危機感を覚え、急いで同盟を結んだ。
デミウルゴスの話によれば、破壊や殺戮を楽しむ時でさえ、今では三体揃って行動しているらしい。
ツァーの言う通り。
本当に、厄介極まりない状況だった。
「一体だけなら、俺一人でどうにかできるんだけどな」
『九曜世界喰』。
『ケテル』。
そして『五色如来』の中でも最強とされる『存在』。
その辺りを除けば。
一対一であれば、カリムにも十分な自信がある。
だが。
二体以上となれば、話はまるで変わってくる。
『怠惰』のように最初から最後まで油断し続けてくれるのでもない限り、一対二ではほとんど勝ち目がない。
一方の攻撃を防いでも、もう一方の攻撃までは防ぎきれない。
運よくそれすら凌げたとしても、その次まで耐えられる保証はどこにもない。
『黎明の栄光』であらゆる弱体効果を解除できたとしても、それは一瞬に過ぎない。
『神の試練』や『賢者の石』によって死そのものを回避できたとしても。
その次の一撃まで耐えられるとは限らない。
「やはり、同時に相手をするのは無理なのかい?」
「当たり前だろ。まあ、十分な支援があるなら勝ち目は出てくるだろうけど、それでも二体が限界だ」
カリムは淡々と続ける。
「しかも、その場合はこっちも相当な被害を覚悟しなきゃならない。三体になったら――絶対に無理だ。どんな手を使ってもな」
「それは、困ったね」
二体ですら事実上極めて厳しい。
三体ともなれば、完全に不可能。
カリムの言葉を聞き、ツァーは小さく溜息を吐いた。
彼の言う通り。
今のところ、最も確実なのは各個撃破だ。
だが、当の敵が常にまとまって動き始めた以上。
頭を悩ませずにはいられなかった。
「アンティリーネくらいの強さを持った奴が、あと何人かでもいれば違うんだけどな」
「そうか……」
カリムの言葉を聞き、ツァーはしばらく考え込んだ。
他の竜王たちを集めるべきだろうか。
だが、自分は他の竜王たちと決して仲が良いわけではない。
何より、彼ら自身に協力する意思があるようにも見えなかった。
これほどのワールドエネミー災害が起きているにもかかわらず、未だに好き勝手に行動している。
実際に『真なる魔神』たちを目にしてなお。
気に留めようとすらしていない者までいた。
「まあ、何とか捻じ曲げてでも隙を作るしかないだろうな。現実的に考えて、今ワールドエネミーと正面から戦えるのは、俺たち『スターフォール』と魔導国くらいなんだから」
力を持つ者は。
その力の使い方にも注意を払い。
同時に、その力に対する責任を負うべきだ。
ツァーは常に、そう考えてきた。
そして、それに反する者は。
世界の平和を守るため、排除しなければならない。
そうしてこそ。
世界は平穏を保つことができる。
――そんな考えを持っているからだろうか。
初めからそう思っていたわけではない。
だが今のツァーは。
カリムがユグドラシルからこの世界へ転移してきたことを、本当に幸運だったと思い始めていた。
戦いの最中。
一瞬で相手の動きを読み取り。
その場で最善の判断を下す。
雷光のような速度で駆け抜け。
神すら上回るような圧倒的な力で、戦いに終止符を打つ。
そして彼は。
その力を自らの欲望だけのために振るうこともなければ。
むやみに誇示することもない。
ただ。
誰かを助け。
自分自身が生きていくために使う。
必要とあらば。
世界のためにさえ、その力を振るう。
今回も、そうだった。
魔導国を除けば。
単身で『真なる魔神』と正面から戦える存在は、カリムしかいない。
だからこそ。
今のツァーには、カリムがその重荷を一人で背負おうとしているように見えていた。
もし。
カリムの性質が魔導王と同じようなものであったなら。
あるいは。
『真なる魔神』たちのように、己の欲望のためだけにその力を使っていたなら。
きっと。
この世界はとうに滅びていただろう。
残されたものは。
真なる魔神とカリムが覇権を奪い合うだけの――。
そんな、地獄のような世界だったに違いない。
「――少し無茶をしすぎなんじゃないかい、カリム」
ツァーは静かに言った。
「もし君が倒れれば、この世界は終わる。真なる魔神たちはもちろん、魔導国を止められる存在も――今のところ、君しかいないのだから」
「ははっ! 別の種族から心配されるなんて初めてだな!」
カリムは豪快に笑った。
「まあ、死ぬつもりはないさ。何しろ、やらなきゃならないことだからな」
そして、少しだけ表情を変える。
「できるなら、やる。できないなら、やらない。だけど――やらなきゃならない時は、必ずやる」
「それは、誰の言葉なんだい?」
「誰かが言った言葉ってわけじゃないよ」
カリムは少し遠くを見るような目をした。
「ただ昔、とてつもなく偉大な選手がいたんだ。その人の生き様に、俺が勝手に感銘を受けただけさ」
「ユグドラシルの選手なのかい? その偉大な選手と、会ったことはあるのか?」
――とてつもなく偉大な選手。
ほんの一瞬ではあった。
だが、その言葉を口にしたカリムの声には。
まるで神を讃えるかのような響きがあった。
そんなカリムを見るのは、ツァーにとって初めてだった。
「いや。その人はユグドラシルを『プレイ』したことすらない」
「そうなのかい?」
「ああ。俺が生まれた頃には、もう百歳を超えた老人だったからな」
「なら、どうやってその姿を見たんだ?」
「まあ、そこにも色々方法があるんだよ」
カリムは軽く笑った。
「本当に偶然、機会があって、その人の姿を見ることができた。それだけだ」
そして少しだけ懐かしむような表情を浮かべる。
「当然、俺が十代になる頃には寿命を迎えて亡くなったけどな。その時は、国中がものすごい悲しみに包まれてたよ」
「そこまでの人物だったのか」
「もちろん」
カリムは即答した。
「歴史上、最も偉大な選手だったからな」
「そうか……」
ツァーは少し考え込む。
「それなら僕も、君が言うその選手に敬意を払って――少なくともワールドエネミーや魔導国を相手にする時は、そのような心構えで動くべきなのかもしれないね」
「ワハハハハ! ああ、そうしてみろよ。後悔はしないと思うぞ?」
カリムが敬い、信じる『神』のような存在。
ならば、自分もその精神を見習ってみよう。
ツァーはそう考えながら口にし。
その言葉を聞いたカリムは、心底楽しそうに豪快な笑い声を上げた。
「何、その話」
その時。
別の声が割り込んできた。
「ボク、そんなの聞いたことないんだけど」
カリムとツァーがそんな他愛もないやり取りを続けている間。
居間でリオンと遊んでいたアンティリーネが、いつの間にか台所へ入ってきていた。
そろそろ夕方。
腹も減ってきたため、夕食の準備を始めようと思ったのだ。
だが。
入ってくるなり耳にしたのは、自分がまったく知らない話。
アンティリーネは妙に興味を惹かれ、そのまま二人の会話へ混ざることにした。
カリムが敬い。
信じている人物。
歴史上最も偉大だった選手。
そして、その人物が亡くなった日には、国中が深い悲しみに包まれた。
一体。
どんな人物だったのだろう。
この男が、ここまで敬い。
ここまで信じるほどの相手とは。
そして――。
どうして、こんな話を自分には先にしてくれなかったのだろう。
「……話してなかったっけ?」
「とぼけないでよ!」
カリムがさりげなく視線を逸らす。
それを見たアンティリーネは、すぐさま彼の肩を掴み、激しく揺さぶった。
「旅してた時に、こういう話をしてくれればよかったじゃん! くだらない冗談ばっかりして!」
「ワハハハハ! 悪かったって! あの頃は、とにかくお前と仲良くならなきゃって必死だったんだよ!」
「ちぇっ」
かなり激しく揺さぶったつもりなのに、カリムはびくともしない。
アンティリーネは少し拗ねたような顔をしながら、そのままカリムの隣へ腰を下ろした。
「それで、もともとは何の話をしてたの?」
「別に、そんな大した話じゃないぞ」
「へえ?」
「残った七大罪の奴らが手を組んだから、それをどうやって崩すか――って話くらいだ」
「――いや。聞いただけでも十分大ごとなんだけど」
アンティリーネは呆れたように言った。
「それで? 何か進展はあったの?」
「残念ながら、そっちはまだだ」
そして。
カリムは笑った。
「でも、次はアンティリーネ。お前も一緒に行くことになったぞ」
「えっ、本当に?」
ワールドエネミー関係の依頼へ同行する機会そのものは、少しずつ増えていた。
だが。
これまで相手にしていたのは本体ではなく、あくまで配下の者たち。
だからこそ。
今の言葉は、かなり意外だった。
そして――。
何よりも甘く響いた。
――前とは比べものにならないくらい強くなった。
――もう背中を任せられる。
カリムは、何度もそう言ってくれた。
それがただの世辞ではないことは分かっている。
だが。
それを証明する機会だけが、なかった。
「本当に?」
「もちろん!」
カリムは迷いなく答えた。
「背中は任せるぞ、アンティリーネ」
「任せて」
いつか必ず、証明してみせる。
そう思うあまり、焦りを覚えたこともあった。
だが。
もうその必要はない。
ついに、証明する機会が訪れた。
ならば。
その機会を掴み。
期待通り――。
いや。
期待を超える姿を見せればいい。
アンティリーネは胸を張り、自信に満ちた声音で言い切った。
「――それじゃあ、僕はそろそろ戻るよ」
二人のやり取りを黙って眺めていたツァーが、ゆっくりと立ち上がった。
これ以上ここにいたところで。
二人の時間を邪魔するだけだ。
「ああ」
何となく。
先ほどまでとは少し違う空気になったような気もする。
だが。
アンティリーネと二人で過ごしたいという気持ちの方が強かったカリムは、特に深く考えることなくツァーを見送るのだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。