We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
刹那。
『嫉妬』はカリムの攻撃を許してしまった。
『神体破壊者』の影響によって、あらゆる耐性と防御力が消え去る。それと同時に、凄まじい苦痛が全身へ押し寄せた。
「こ、このクズが!」
他の魔王たちと比べてもかなり素早かった『暴食』はすでに回避していたが、魔王の中で最も動きの遅い『嫉妬』はそうはいかなかった。
「ぐっ……!」
苦しい。痛い。怒りが込み上げる。
よくも、この身にこんな傷を。
『嫉妬』は激しく怒り狂い、魔法を無秩序に乱射し始めた。その無差別攻撃は戦場全体へ広がり、敵も味方も関係なく、あらゆる存在へ襲いかかった。
「おっと」
「――どうやら、あちらの戦況は……互角、といったところのようでございますね。アインズ様」
「――そうか」
「いかがなさいますか、アインズ様」
「どうするか――か。奴が不利になれば助けに行く。滅多にない機会だからな。この際、大きな恩を売っておくのも悪くあるまい」
「かしこまりました」
少し離れた場所で魔神たちの軍勢を相手にしていた魔導国も例外ではなかった。
もっとも、アインズとアルベドの二人がいたおかげで、魔導国・帝国・法国の連合軍が『嫉妬』の攻撃を受けることはなかった。こちらはすでに勝機をほぼ掴んでいる。
予定にはなかった展開だっただけに、アインズは内心、どこか妙に浮き立つものを感じていた。
――この件を口実に、『五色如来』と『ケテル』の方も任せるとしよう。
「死ね! 虫けらがァ!」
ほぼ勝勢に入っている魔導国側とは違い、カリムたちの状況は予想ほど良くなかった。
最初に『嫉妬』の攻撃を受けたことに加え、同格の『暴食』までいるのだ。そう簡単に状況が好転するはずもない。
「見え見えだって言っただろ!」
怒りの咆哮を上げる『嫉妬』へ、カリムは挑発しながら突撃した。
もちろん、その隣には『暴食』もいる。そちらへの対応も考えなければならない。
「俺を忘れたわけではあるまい!」
自らの軍勢を吸収し、先ほどよりさらに力を増した『暴食』が、邪悪な力を撒き散らしながら割り込んできた。
「――――!!」
カリムは本能と感覚だけで、紙一重のところで『暴食』の攻撃を回避した。
そのまま空中で曲芸じみた動きを見せながら『暴食』へ攻撃を放ち、続けざまにインベントリから神級アイテムを取り出して『嫉妬』へ投擲する。
そして再び、『暴食』と『嫉妬』による連携攻撃を紙一重でかわした。
「虫けら風情が!」
あと僅かというところで攻撃をかわされ、その上、逆に反撃まで受けてダメージを負う。
苛立った『暴食』と『嫉妬』は、先ほど以上に強力で、さらに広範囲な攻撃を浴びせ始めた。
「カリム! 上だ!」
「くそっ!」
しばらく空中で曲芸じみた動きを続けていたカリムが、一瞬だけ地面へ足をつけた。
その瞬間。
『暴食』の冠と『嫉妬』の冠が、同時に空からカリムへ襲いかかっていた。
ツァーが即座に叫ぶ。
カリムは低く悪態をつき、体勢を崩したままだというのに――逆に、その二つへ向かって上空へ突撃するという無茶を見せた。
「な……っ!?」
一歩間違えば、そのまま死ぬ。
そんな状況でカリムが無謀な賭けに出たことで、『スターフォール』はもちろん、『暴食』と『嫉妬』まで驚愕した。
「う、ああ――――っ!!」
今の行動は、本来ならば決してやってはいけない。
だが――今は、必ずやらなければならない状況だった。
ワールドエネミーを相手にするのなら、こんな無茶以外に残された選択肢などない。
もはや一か八か。
奴らが、自分が死ぬ瞬間に気づくのが少しでも遅れることを祈りながら、カリムは右手を力の限り前へ突き出した。
「くっ……ぐ……」
奴らの力が。
奴らの権能が。
圧倒的で、悪寒すら覚えるほど禍々しい気配が、全身へ染み込んでくるのが分かる。
もし、これに耐えきれなければ。
最悪の場合、『賢者の石』――『アポテオン』が暴走し、自分自身がワールドエネミーとなる。
それを本能的に感じ取ったカリムは、身体の内側から湧き上がってくる不吉な誘惑を振り払うため、必死に意識を集中させた。
「無駄だ! そんなことに、何の意味もない! そのまま死ね!」
カリムが何をしようとしているのかは、『暴食』と『嫉妬』にも伝わっていた。
二つの冠を同時に相手取るなど。
なんと愚かな奴。
そのまま死ね。
そして、我らの血肉となれ。
「うあ、ああああ――――!!」
二つの圧倒的な力が拮抗する。
死ぬか。
生きるか。
それとも――『変質』するか。
決して譲ることのできない力比べ。
一瞬襲ってきた激しい眩暈に、カリムはほんの僅かではあるが、意識を失いかけた。
――このままでは耐えられない。
やはり、もっと安全な戦術を選ぶべきだったか。
そんな考えが頭を過った、その時。
最も大切な人の顔が浮かんだ。
(……ふん、好きにすれば)
(いいよ。今度はあなたの隣に座る)
(うん、そうしよう! 今すぐ決めよう!)
(本当に、ありがとう)
(……その代わり、あとで散歩でもしよう)
(だから、今みたいに……今みたいに、これからもずっと、ボクのそばにいて)
(どう? 結構慣れたでしょ)
(――うん、綺麗だね。ありがとう)
以前暮らしていた世界では、目的などなかった。
初めから何もなかったわけではない。
だが、荒涼とした現実の中で、希望は絶望の別名となり、夢も希望もない世界だけが続いていた。
やがてユグドラシルを始め。
そしてついには、この世界へとやって来た。
何かにここまで夢中になったのは、生まれて初めてだった。
怒りをきっかけに修士号を取った時よりも、ずっと衝動的だった。
――アンティリーネ。
彼女と出会ってから、カリムの世界は変わった。
そして、彼女はカリムのすべてになった。
これほどまでに。
誰かを守りたいと思ったことが、今まで一度でもあっただろうか。
絶対に、彼女を残して死なない。
絶対に、彼女を残して去らない。
何度も。
彼女の前で誓った。
何度も。
互いを救うと誓った。
生まれて初めて。
誰かに対して、心の底から誓いを立てた。
ならば。
決して、その誓いに背くわけにはいかない。
「――――!!」
走馬灯のように記憶が駆け抜ける中。
カリムは無我夢中で、血を吐きながら咆哮した。
「き、貴様! ど、どうやってそれを!」
確かに。
奴は死に至ったはずだった。
なのに――何故。
『暴食』と『嫉妬』は、理解できないものを見るような表情を浮かべた。
無理もない。
常識では考えられないことが、立て続けに起きているのだから。
実際。
カリムは死の寸前まで追い詰められていた。
それどころか、『大罪の冠』に侵食される一歩手前にまで達していた。
絶体絶命の瞬間。
最も大切な人を思い浮かべながら、最後の最後まで耐え抜き。
そして――。
紙一重で、『神の試練』を発動することに成功した。
「あの女と同じものか……!」
奇妙でありながら、どこか美しく輝く障壁がカリムを包み込む。
それを見た『暴食』と『嫉妬』の表情は、先ほど以上に歪んだ。
だが。
驚いている暇などなかった。
先ほどとは比べものにならないほど強力な『シールド・ブラスター』が炸裂した。
『大罪の冠』は完全に粉砕され。
そのまま――。
『暴食』の身体を貫いた。
「こ、この野郎……ッ!」
あらゆる耐性が消えた。
あらゆる防御が消えた。
まるで。
初めから、そんなものなど存在していなかったかのように。
一瞬にして『定命の者』と何ら変わらない状態へ落とされた『暴食』は、激痛に襲われながら激しく怒り狂った。
そんな『暴食』の姿にも、カリムは一切構わない。
『神の試練』の効果が終わる前に、決着をつける。
そのつもりで、再び『神体破壊者』を握り直した。
「――何だ」
「お忙しいところ、失礼いたします。『色欲』様が『ケテル』との死闘の末、お亡くなりになられました」
「何だと? あいつ、自信満々に喚いていたくせに」
「――!!」
残った力を振り絞り、最後の突撃へ移ろうとした。
その瞬間だった。
異様なほど奇怪な眼を持ち、全身を忌まわしい血の塊に覆われた存在が『嫉妬』の隣へ現れ、衝撃的な報告を口にした。
「ただし、『ケテル』も同時に消滅しております」
「ふん。忌々しい奴ら同士、ちょうどいい!」
『色欲』と『ケテル』の消滅。
カリムは一瞬、呆気に取られた。
突然。
ワールドエネミーが二体も消えた。
間違いなく朗報だ。
途轍もない朗報。
――なのに。
何故か。
胸の奥に、不安と嫌な予感が残った。
まるで。
どちらか一方の『消滅』だけは、何者かによって作られたもののような。
そんな違和感があった。
「――仕方がない。撤退だ!」
『嫉妬』は苦しんでいる『暴食』を片手で持ち上げた。
その眼差しには、どこか晴れやかさと、それと同時に僅かな名残惜しさが混じっていた。
「待て、勝手に来ておいて――」
「はっ! 辛うじて息をしているだけの奴が、これ以上何をするつもりだ!」
『嫉妬』はカリムを嘲笑する。
「決着がつかなかった? それを決めるのは我らだ。次は――必ず殺してやる」
勝手に戦争を仕掛け。
今度は勝手に撤退するだと。
頭に血が上ったカリムは前へ回り込み、ここで決着をつけようとした。
だが。
すでに身体は限界まで消耗していた。
そんなカリムの様子を見て、『嫉妬』は不快そうに嘲笑う。
そしてそのまま〈ゲート〉を開き、ゆっくりと姿を消していった。
「くそっ……」
カリムは、どこか虚脱した表情で消えていく〈ゲート〉を眺めながら、低く悪態をついた。
『暴食』。
『嫉妬』。
どちらか一体だけでも、あの世へ送っておくべきだった。
だが。
できなかった。
極めて重要な機会を逃した。
『色欲』が消滅したという報せを得られたことだけは救いだったが。
次に会う時。
『暴食』と『嫉妬』は、間違いなく今よりも強くなって戻ってくるだろう。
「奴らは……帰ったのか」
「ああ。残念ながらな」
あれほど圧倒的だった禍々しい気配が消えたことで、ツァーはゆっくりとカリムのもとへ近づいてきた。
「カリム!」
そして、そのすぐ近くにいたアンティリーネは。
自らの痛みを堪えながら、カリムのもとへ駆け寄り、そのまま抱きついた。
カリム自身も深刻な重傷を負っている。
それでも。
自分のもとへ駆け寄り、抱きついてきた彼女を見て。
痛みを堪えた。
そして。
優しく、その身体を抱き返す。
「よかった、アンティリーネ」
「――ちぇっ。それは、ボクが言うことだよ」
死の寸前まで追い詰められていたというのに。
自分より先に、他人を心配する。
そんなカリムの姿に、アンティリーネは少し拗ねたような声音で答えた。
ある程度は予想していた。
それでも。
実際にその言葉を、自分より先に言われてしまえば。
どうしても感情が込み上げてくる。
「――それじゃあ、とりあえず終わったということかな」
勝ってはいない。
だが。
負けてもいない。
ツァーは、互いを抱きしめながら感情を分かち合っている二人を眺め。
どこか少し寂しそうに、そう口にした。
「ああ。とりあえずは安心だ。――とりあえずはな」
ツァーの言葉に、カリムは頷いた。
勝利でもなければ。
敗北でもない。
それでも。
何の成果もなかったわけではない。
魔導国・帝国・法国の三ヶ国連合軍は、魔神たちの軍勢を押し返した。
そしてカリム自身も。
『暴食』には極めて深刻な傷を。
『嫉妬』にも、決して軽くない傷を残した。
ほんの僅かではあるが。
時間を稼ぐことができた。
ならば。
その増えた時間を、どう使えば最も効果的なのか。
カリムは少しずつ。
次の一手について、考え始めていた。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。