こゆんとみなと 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー
名前で呼んだ日
雨の日だった。
校舎の窓を叩く雨音が、いつもより少しだけ強い。
放課後の教室には、こゆんとみなとだけが残っていた。
というより。
みなとが残っていたから、こゆんも残ってしまった。
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「雨、やばいな」
みなとは窓の外を見ながら言う。
「天気予報見てなかったの?」
「見てたけど忘れてた」
「意味ないじゃん」
「人生そんなもん」
「雑すぎ」
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いつも通りの会話。
いつも通りの距離。
なのに。
こゆんは今日、少しだけ落ち着かなかった。
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さっき。
みなとが笑ったとき。
その顔を見た瞬間。
ふと、思ってしまった。
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(この人の名前、ちゃんと呼んだことあったっけ)
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「こゆん?」
「ん」
「帰れそう?」
「……無理でしょこの雨」
「だよな」
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みなとは軽く笑う。
そのまま机に座る。
いつもの無防備な姿。
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こゆんは傘を見た。
一本だけ。
当然、みなとの分はない。
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「コンビニで傘買う?」
「めんどい」
「じゃあどうするの」
「止むまで待つ」
「いつ?」
「知らん」
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本当に雑だ。
でも。
その雑さに、なぜか安心してしまう自分がいる。
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しばらく沈黙。
雨の音だけが続く。
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その時だった。
みなとがぽつりと言う。
「こゆんさ」
「なに」
「今日、なんか静かじゃない?」
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こゆんは少しだけ間を置く。
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「……別に」
「そっか」
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また沈黙。
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みなとは窓の外を見る。
こゆんはその横顔を見る。
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(言うなら今かもしれない)
(でも言ったら変わる)
(変わるのが怖い)
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こゆんは息を吸う。
そして。
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「ねえ」
「ん?」
みなとが振り向く。
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心臓がうるさい。
でも止めない。
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「湊くん」
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一瞬。
空気が止まった。
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みなとの目が少しだけ見開かれる。
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「……え?」
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こゆんは自分でも驚いていた。
でももう戻れない。
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「今まで、そう呼んだことなかったよね」
「うん」
「だから」
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言葉が少しだけ詰まる。
でも続ける。
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「ちゃんと呼ぼうと思って」
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みなとは固まっている。
珍しい。
いつも軽いのに。
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数秒後。
みなとはゆっくり笑った。
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「なにそれ」
「なにって」
「ずるいじゃん」
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こゆんは首を傾げる。
「何が」
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みなとは少しだけ視線を逸らす。
それから小さく言う。
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「今の、反則」
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「は?」
「急にちゃんと距離詰めてくるの、心臓に悪い」
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こゆんは少しだけ顔が熱くなる。
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「別に普通でしょ」
「普通じゃない」
「普通」
「普通じゃないって」
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みなとは立ち上がる。
一歩近づく。
でも触れない距離。
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「もう一回言って」
「なにを」
「今の」
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こゆんは少しだけ黙る。
そして、観念したように言う。
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「湊くん」
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今度は、はっきりと。
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みなとは目を細める。
すごく嬉しそうに笑う。
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「……やば」
「なにが」
「それ、好き」
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こゆんの心臓が止まりそうになる。
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「名前呼ばれただけで?」
「名前呼ばれただけで」
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即答だった。
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外の雨音が少し遠く感じる。
教室の中だけ、時間がゆっくり流れている。
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みなとは少しだけ頭をかく。
「じゃあさ」
「なに」
「俺も呼び方変えていい?」
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こゆんは少し警戒する。
「なに」
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みなとは笑う。
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「こゆん」
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いつも通りの呼び方。
でも。
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その声だけは、少しだけ特別だった。
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「今日から、それでいく」
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こゆんは小さく息を吐く。
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(ずるい)
(この人、本当にずるい)
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でも。
嫌じゃなかった。
むしろ。
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雨音の中で。
二人の距離だけが、もう一段階近くなっていた。