こゆんとみなと   作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー

3 / 4
名前呼び

 

 

名前で呼んだ日

 

雨の日だった。

 

校舎の窓を叩く雨音が、いつもより少しだけ強い。

 

放課後の教室には、こゆんとみなとだけが残っていた。

 

というより。

 

みなとが残っていたから、こゆんも残ってしまった。

 

 

「雨、やばいな」

 

みなとは窓の外を見ながら言う。

 

「天気予報見てなかったの?」

 

「見てたけど忘れてた」

 

「意味ないじゃん」

 

「人生そんなもん」

 

「雑すぎ」

 

 

いつも通りの会話。

 

いつも通りの距離。

 

なのに。

 

こゆんは今日、少しだけ落ち着かなかった。

 

 

さっき。

 

みなとが笑ったとき。

 

その顔を見た瞬間。

 

ふと、思ってしまった。

 

 

(この人の名前、ちゃんと呼んだことあったっけ)

 

 

「こゆん?」

 

「ん」

 

「帰れそう?」

 

「……無理でしょこの雨」

 

「だよな」

 

 

みなとは軽く笑う。

 

そのまま机に座る。

 

いつもの無防備な姿。

 

 

こゆんは傘を見た。

 

一本だけ。

 

当然、みなとの分はない。

 

 

「コンビニで傘買う?」

 

「めんどい」

 

「じゃあどうするの」

 

「止むまで待つ」

 

「いつ?」

 

「知らん」

 

 

本当に雑だ。

 

でも。

 

その雑さに、なぜか安心してしまう自分がいる。

 

 

しばらく沈黙。

 

雨の音だけが続く。

 

 

その時だった。

 

みなとがぽつりと言う。

 

「こゆんさ」

 

「なに」

 

「今日、なんか静かじゃない?」

 

 

こゆんは少しだけ間を置く。

 

 

「……別に」

 

「そっか」

 

 

また沈黙。

 

 

みなとは窓の外を見る。

 

こゆんはその横顔を見る。

 

 

(言うなら今かもしれない)

 

(でも言ったら変わる)

 

(変わるのが怖い)

 

 

こゆんは息を吸う。

 

そして。

 

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

みなとが振り向く。

 

 

心臓がうるさい。

 

でも止めない。

 

 

「湊くん」

 

 

一瞬。

 

空気が止まった。

 

 

みなとの目が少しだけ見開かれる。

 

 

「……え?」

 

 

こゆんは自分でも驚いていた。

 

でももう戻れない。

 

 

「今まで、そう呼んだことなかったよね」

 

「うん」

 

「だから」

 

 

言葉が少しだけ詰まる。

 

でも続ける。

 

 

「ちゃんと呼ぼうと思って」

 

 

みなとは固まっている。

 

珍しい。

 

いつも軽いのに。

 

 

数秒後。

 

みなとはゆっくり笑った。

 

 

「なにそれ」

 

「なにって」

 

「ずるいじゃん」

 

 

こゆんは首を傾げる。

 

「何が」

 

 

みなとは少しだけ視線を逸らす。

 

それから小さく言う。

 

 

「今の、反則」

 

 

「は?」

 

「急にちゃんと距離詰めてくるの、心臓に悪い」

 

 

こゆんは少しだけ顔が熱くなる。

 

 

「別に普通でしょ」

 

「普通じゃない」

 

「普通」

 

「普通じゃないって」

 

 

みなとは立ち上がる。

 

一歩近づく。

 

でも触れない距離。

 

 

「もう一回言って」

 

「なにを」

 

「今の」

 

 

こゆんは少しだけ黙る。

 

そして、観念したように言う。

 

 

「湊くん」

 

 

今度は、はっきりと。

 

 

みなとは目を細める。

 

すごく嬉しそうに笑う。

 

 

「……やば」

 

「なにが」

 

「それ、好き」

 

 

こゆんの心臓が止まりそうになる。

 

 

「名前呼ばれただけで?」

 

「名前呼ばれただけで」

 

 

即答だった。

 

 

外の雨音が少し遠く感じる。

 

教室の中だけ、時間がゆっくり流れている。

 

 

みなとは少しだけ頭をかく。

 

「じゃあさ」

 

「なに」

 

「俺も呼び方変えていい?」

 

 

こゆんは少し警戒する。

 

「なに」

 

 

みなとは笑う。

 

 

「こゆん」

 

 

いつも通りの呼び方。

 

でも。

 

 

その声だけは、少しだけ特別だった。

 

 

「今日から、それでいく」

 

 

こゆんは小さく息を吐く。

 

 

(ずるい)

 

(この人、本当にずるい)

 

 

でも。

 

嫌じゃなかった。

 

むしろ。

 

 

雨音の中で。

 

二人の距離だけが、もう一段階近くなっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。