■敗北した未来の一柳梨璃がタイムスリップする話 作:あばなたらたやた
『桜の下の初陣』
百合ヶ丘女学院の桜は、美しい。
入学式を祝福するように咲き誇る薄紅色。かつての私は、この景色を心から綺麗だと思っていた。
けれど今は違う。
舞い散る花びらを見るたび、戦場で飛び散ったマギの残光を思い出してしまう。
平和な光景のはずなのに。
私には、どうしても戦火の幻が重なって見えた。
その時だった。
甲高い警報音が学院中へ響き渡る。
ヒュージ襲来警報。
周囲の空気が一瞬で変わった。
「……このタイミングで」
隣を歩いていた白井夢結さんが呟く。
その瞳が鋭く細められる。
戦闘態勢。
ほんの一瞬で切り替わる。
流石だと思った。同時に危ういとも思う。
彼女は今も壊れかけている。
戦場を見ると無理をする。だから私は静かに言った。
「白井さん。落ち着いてください」
「わかっているわ」
そう返事はする。だがマギの波形は乱れている。私は背中の《オールマインド》を微弱起動したつつ、背中を優しく叩いた。
精神安定波。目には見えない優しい波が彼女を包み込む。
少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
短いやり取り。だが今はそれで十分だった。
校門へ辿り着く。
そこにはすでにリリィたちが集結していた。
廓神琳。
王雨嘉。
そして多くのリリィたち。
未来では全員死んだ。
私の目の前で。
私を守るために。
それなのに。
今は笑っている。
生きている。
胸の奥が痛んだ。けれど感情を押し殺す。
私はラプラスだ。
一柳梨璃ではない。
通信が入る。
『確認された個体は変異種よ』
全員が顔を上げる。
『擬態能力を保有。景色、マギ反応、熱源を偽装する』
「擬態……」
夢結さんが眉をひそめる。
『単独迎撃は禁止。不意打ちで撃破される危険性が高い』
「それでも行くわ」
夢結さんは即答した。危険を承知で飛び込もうとしている。
私は一歩前へ出る。
「私が同行します」
「ラプラス」
「私の専用のCHARMの機能で対応できるから」
夢結さんは数秒考える。
そして頷いた。
「わかったわ」
その時。
「待ってください!」
聞き慣れた声が響いた。
振り返る。
一柳梨璃だった。まだ入学したばかりの少女。
私の過去。
私自身。
「私も行きます!」
真っ直ぐな瞳。
迷いのない声。
あまりにも懐かしい。
夢結さんは即座に却下した。
「駄目よ」
「でも!」
「足手まといになるだけ」
容赦ない。
未来でも変わらない様子だったのを思い出して、私は少しだけ苦笑した。
「連れていきましょう」
私が言う。
二人がこちらを見る。
「擬態型なら人数が必要です」
「新入生よ」
「ですが彼女の素養は優秀です」
私は梨璃を見る。
未来を知っている。
だから断言できた。
「戦力になります」
梨璃は目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ええ」
「やります!」
元気な返事。
その姿に胸が少し痛む。
未来を知らない梨璃。
何も失っていない梨璃。
守りたかったものがそこにいた。
私たちは移動を開始する。
梨璃は緊張していた。
CHARMを握る手が震えている。
「怖い?」
私が尋ねる。
「……少しだけ」
「それでいいんです」
私は微笑んだ。
「怖くない人なんていません」
そして《オールマインド》を微弱起動する。
少女の呼吸が少し落ち着いた。
「敵は擬態型です」
「はい」
「目で探さないでください」
「え?」
「違和感を探してください」
梨璃は真剣に耳を傾ける。
「肌で感じるんです」
「肌……」
「冷たい場所。嫌な場所。そこに敵がいます」
梨璃は大きく頷いた。
「やってみます!」
「ええ。貴女ならできます」
夢結さんが立ち止まる。
同時に空間が歪んだ。
桜吹雪が不自然な軌道を描く。
マギの流れが乱れる。
そこにいる。
敵だ。
「来るわ」
夢結さんがCHARMを構える。
梨璃も続く。
私も戦闘用CHARM《ドミナント》を抜いた。
桜舞う百合ヶ丘。
未来を守るための最初