■敗北した未来の一柳梨璃がタイムスリップする話   作:あばなたらたやた

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四話:擬態する死神

 空間の歪みは、ゆっくりと形を持ち始めた。

 桜吹雪の向こう。何もないはずの空間から、巨大な影が滲み出る。

 

「――ヒュージ」

 

 私が呟く?

 当然だ。

 彼女たちの多くは映像や教本でしか見たことがない。だが私は知っている。何千、何万と殺してきた。そして何度も殺されかけた。

 人類の天敵。

 ヒュージ。

 突如として地球へ現れた巨大生命体。

 意思疎通は不可能。

 生態は不明。

 繁殖方法も不明。

 ただ一つ確かなことは、人類を滅ぼすために存在しているという事実だけだった。

 

 小型種は兵士級と群れで襲い掛かる戦車級。

 レーザー砲台である重光線級。

 そして。

 今、目の前にいるのは。

 

「要撃級……」

 

 夢結さんが低く呟いた。

 現れた巨体は三十メートルを超える。

 人型と蜘蛛を無理矢理融合したような異形。

 青黒い巨大な前腕。

 白く露出した筋肉。

 剥き出しの骨格。

 目のない顔。

 歯だけを並べた口。

 四本の脚で巨体を支えながら、異様な速度で移動する大型種。

 要撃級。

 ヒュージ軍勢の中核戦力。

 正面からの戦闘能力は極めて高く、前腕の硬度はCHARMすら弾く。真正面から戦えば、多くのリリィが命を落とす。

 

「しかも特殊個体ね」

 

 夢結さんが言った。

 私も同意する。

 普通の要撃級ではない。周囲の景色へ溶け込む擬態能力。

 マギ波形の偽装。

 熱源の攪乱。

 明らかに異常だった。

 

「厄介ですね」

 

 私は《イレギュラー》を展開する。

 未来の解析用CHARM。

 通常なら戦場情報を瞬時に処理できる。だが表示されるデータは乱れていた。

 

「解析妨害……?」

 

 そんな馬鹿な。

 未来技術だぞ。

 数十年後の人類が作り上げた実験機だ。

 その瞬間、要撃級が動いた。

 轟音。そして周囲へ大量の灰色の煙が撒き散らされた。

 

「煙幕!?」

 

 夢結さんが叫ぶ。

 視界が消える。

 桜も。

 校舎も。

 敵も。

 何も見えない。

 私は即座に理解した。

 

 小賢しい。だが有効だ。

 視界だけではない。

 マギ感知すら乱される。

 完全な索敵妨害。

 

「夢結さん!」

「いるわ!」

 

 声だけが聞こえる。

 その時だった。

 嫌な予感がした。

 戦場経験が叫ぶ。

 違う。

 敵は私たちを狙っていない。

 要撃級は知っている。

 誰が弱いのか。誰を殺せば陣形が崩れるのか。誰を狙えば守るために他が動くのか。そして私の脳裏に浮かんだ。

 一人の少女。

 

「梨璃!!」

 

 叫ぶ。

 次の瞬間。

 煙の向こうから悲鳴。

 

「きゃっ――!!」

 

 いた。

 やはりだ。

 要撃級は梨璃を狙った。

 最も弱い者。

 最も守られる者。だから狙う。人類を殺し続けた怪物の合理的判断。

 

「させません!!」

 

 私は全力で地面を蹴った。

 骨が軋む。

 筋肉が悲鳴を上げる。

 未来の人体強化。

 未来の戦闘経験。

 未来のCHARM。

 全てを動員する。

 煙を突き破る。そして見えた。

 巨大な前腕。

 梨璃へ振り下ろされる死。

 

「全力出力、ドミナント!!」

 

 激突。

 凄まじい衝撃。

 地面が砕けた。

 私は梨璃の前へ滑り込む。

 防ぎ受け止める。止まった。だが。

 

「――っ!?」

 

 重い。

 異常に重い。

 腕が軋む。

 押される。

 未来の私が。

 押されている。

 

「そんな……!」

 

 信じられなかった。

 私は未来を生き延びた。

 数え切れない戦場を越えた。

 人体強化もある。

 CHARM性能も比較にならない。

 圧倒して当然のはずだった。

 なのに押される。互角ですらない。敵の筋力が異常だった。そして。もう一方の腕。死角から迫る。

 

「ラプラス!!」

 

 夢結さん。

 銀閃。

 凄まじい斬撃。

 要撃級の側面へ叩き込まれる。

 怪物が後退した。

 私は跳躍して距離を取る。

 ようやく呼吸ができた。

 

「大丈夫!?」

 

 梨璃が駆け寄る。

 

「ええ……なんとか」

 

 腕が熱い。

 見る。

 制服が裂けていた。

 血が流れている。

 受け流したつもりだった。だが削られている。要撃級に。この私が。

 

「ありえない……」

 

 思わず呟く。

 未来では要撃級など何体も殺してきた。

 なのにこの個体、強すぎる。

 未来基準でも。

 十分脅威だ。

 

「腕を見せてください!」

 

 梨璃が言う。

 

「でも」

「いいから!」

 

 強引だった。少し懐かしくて、少しだけ笑いそうになる。

 梨璃は救急キットを取り出した。

 震える手。だが真剣な目。

 丁寧に傷を消毒する。

 

「痛くないですか?」

「ええ、平気ですよ」

「嘘です」

 

 即答だった。

 

「絶対痛いです」

 

 少しだけ困る。

 未来では誰もそんなことを言わなかった。

 みんな自分の傷で精一杯だったから。

 

「……ありがとうございます」

 

 自然と口から出た。

 梨璃は少し照れたように笑った。

 一方、夢結さんは違った。彼女はCHARMを構えたまま煙の向こうを睨んでいる。

 警戒を解いていない。そして私を見る。

 

「ラプラス」

「はい」

「あなた、何者なの」

 

 静かな声。

 

「その戦い方は異常よ」

 

 鋭い視線。

 当然だった。

 未来の技術。

 未来の経験。

 未来の戦術。

 普通ではない。それなのに私は傷を負った。

 夢結さんもそれを見ている。

 

「あなたほどのリリィが押された」

 

 夢結さんが言う。

 

「つまりあれは、本当に危険な個体ということね」

 

 私は頷いた。

 煙の向こう。

 怪物の気配は消えていない。

 逃げていない。

 狩人のように。

 こちらを観察している。

 獲物を吟味している。そして私たちも理解していた。

 風が吹く。

 灰色の煙が揺れる。だが完全には晴れない。

 特殊個体。ただ力が強いだけではない。戦い方を理解している。人類の視覚に依存した索敵を妨害し、弱者を狙い、陣形を崩す。

 小賢しい。そして厄介だ。

 

「梨璃ちゃん」

「は、はい!」

 

 私は振り返る。梨璃は緊張した様子でCHARMを握っていた。

 

「あなたは前に出なくていい」

「え?」

「今回の役割は索敵です」

 

 私は《イレギュラー》の解析画面を共有する。

 

「敵は擬態しています。私たちでも見失う」

「はい」

「でも梨璃ちゃんの感覚は違う」

 

 未来で知っている。

 彼女のマギ感知能力は異常だ。

 理論では説明できないほど鋭い。

 

「違和感を探してください」

「違和感……」

「目じゃなくて感覚です」

 

 梨璃は真剣な顔で頷いた。

 

「やります!」

 

 その返事だけで十分だった。

 私は夢結さんへ視線を向ける。

 

「白井さん」

「ええ」

「前衛は私たちです」

「当然でしょう」

 

 夢結さんがCHARMを構える。

 その瞳は静かだった。

 数日前のような危うさはない。

 狂気も焦燥もない。

 《オールマインド》が精神を安定させる。いる。けれどそれだけではない。彼女自身がリリィとして優秀なのだ。

 冷静な夢結さんは、本当に強い。

 

「行きます」

「合わせるわ」

 

 短い返答。

 それだけで十分だった。

 私たちは前へ出る。

 梨璃を中心に置く。

 私が左翼。

 夢結さんが右翼。

 三角形の防御陣形。

 敵がどこから来ても迎撃できる形。

 すると。

 

「右!」

 

 梨璃が叫んだ。

 同時。

 夢結さんが動く。

 銀閃。

 煙幕ごと切り裂く斬撃。

 轟音。

 そこにいた。

 要撃級。

 擬態を暴かれた怪物が咆哮する。

 

「いたわね」

 

 夢結さんが踏み込む。

 速い。

 未来で見た動きより鋭い。

 精神の重石が消えたからだ。彼女のCHARMが要撃級の腕へ叩き込まれる。

 火花。

 衝撃。

 怪物が大きく体勢を崩した。

 

「ラプラス!」

「了解!」

 

 私は跳ぶ。

 夢結さんが作った隙へ《ドミナント》を叩き込む。

 直撃。

 外殻が砕ける。だが倒れない。

 要撃級が巨大な前腕を振り回す。

 

「上!」

 

 梨璃。

 警告。

 私たちは同時に回避する。

 怪物の攻撃が空を裂いた。

 その直後。

 夢結さんが私の死角を埋める。

 私が前へ出れば彼女が支える。

 彼女が攻めれば私が守る。

 まるで未来の私たちだった。いや未来以上かもしれない。

 

「左後方!」

 

 梨璃が叫ぶ。

 私は振り返る。

 そこに敵がいた。

 また擬態したのだ。だが今は違う。梨璃がいる。敵の隠蔽が意味を失う。

 

「捕まえた」

 

 私は笑う。

 

 《イレギュラー》が敵の挙動を解析。

 次の行動を予測。

 その情報を夢結さんへ送る。

 彼女は即座に理解した。

 

「右へ誘導するわ」

「お願いします」

 

 夢結さんが攻める。

 激しい連撃。

 要撃級が防御に回る。

 そして、予測通り左側へ回避した。

 そこには私がいる。

 

「終わりです」

 

 《ドミナント》最大出力。

 未来で開発されたヒュージ完全抹消用実験CHARM。

 白銀の光が収束する。

 怪物が咆哮した。

 だが遅い。夢結さんの斬撃が腕を弾く。

 私の一撃が胸部へ突き刺さる。そして貫いた。

 要撃級が停止する。

 巨体が揺れ、崩れる。

 最後に一度だけ痙攣し、完全に沈黙した。

 静寂。

 煙幕が晴れていく。

 桜が舞う。

 私は息を吐いた。

 

「終わりましたね」

「ええ」

 

 夢結さんもCHARMを下ろす。

 その表情は穏やかだった。どこか憑き物が落ちたように。戦闘中とは思えないほど安らかだった。

 

「流石ですね」

 

 私が言う。

 

「あなたも」

 

 夢結さんが返す。

 

「一人では危なかったわ」

「私も同じです」

 

 本心だった。

 私だけでは勝てなかった。

 夢結さんだけでも危なかった。

 梨璃だけでは論外だった。

 だから三人で勝った。

 

 

「や、やりました!」

 

 梨璃が駆け寄ってくる。

 満面の笑み。まるで自分のことのように喜んでいた。その姿を見て私は少しだけ目を細める。未来では失われた光景。もう二度と見られないと思っていた日常。けれど今は違う。

 夢結さんもいる。

 梨璃もいる。

 みんな生きている。だから私は心の中だけで呟いた。

 ――守れた。

 まだ何も始まっていない。しかし、それでも過去に貢献できた。

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