マシロとクロト   作:交野平六

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 ついに、ついに……、これから力を入れて書き上げたいシリーズを始めます。
 よりよい作品にしていくためにも、作品に対するご意見やご感想、いつでもお待ちします!
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黒い少年

「今日は随分と儲かったな!おらよ、報酬だ」

 おっさんがものをくれた。俺はそれに手を伸ばしてつかむ。手に重みが伝わってくる。今日はいつもより重いみたいだ。まぁ、なんせ、今日は運べと言われたものを無事に運べたからな。

「イライ」してた奴らも喜んでたし、缶の飲みモンと食いモンをくれた。確か……、「チキン」とか言ってたような。まぁ、食ったら美味しかった。こういう食事にありつけるなんて滅多に無い。たまたま仕事する場所の近くにいた奴らも言ってるように、俺たちよりも「ユーフク」と言われるようなヤツらは毎日こういうのを食べてるらしい。俺は死ぬかもしれないと思ってやっと得られるのに、アイツらは当たり前のように食ってる……。……どんな生活なんだろうな?

 今日のことを思い返そう。今日はブツの運び、それと空薬莢ってヤツをたくさん回収した。ブツの方は何事もなく成功したけれど、空薬莢の方は大変だ。銃が飛び交って当たり前のこのブラックマーケットでは自分の身は自分で守らないといけない。俺はそうなったときは背中から生えてる奴で守れるが、他の奴らは必死になって逃げてる。それで俺がよく残ることが多い。

 それに、背中の奴に付いてる穴に詰め込むことだってできる。俺はおっさん共にとって大切な人間だそうだ。……「よく働くお前には感謝してるよ!」と。まぁ、何だかんだ生活もできるし、悪いことじゃない。

 それにしても、……あぁ、そうだ。アイツらが「ユーフク」とか言ってた奴ら、もしかしたら俺は見たかもしれない。今日、空薬莢を持ってガレキに隠れたたときだ。丁度、おっさん共が気をつけろとよく話してる「黒い服の女たち」が辺りにいた。何人かで敵がいるかと探してるみたいだった。

 その中に、アイツがいた。自分の身体よりも大きなハジキを抱えた女。背中からは羽が生えてるソイツが何をしてたのかは分からない。でも、どうしてだ……?なぜか、ずっと目で見てしまってた。何でだろうな、……他の奴らと違う何かを感じる。俺の持ってないものを持ってるかもしれない。欲しい、この手でつかみたい。

 ……腹が減った。

 たまらなく、何か食べたくなった。

 いつもの帰る場所の周りを探す。

 缶の飲み物、酸っぱい臭いを放つ食いモン。今日はこれにしよう。周りの奴らの真似を思い出しながら、俺はそれを開けて食べる。口の奥にこびりつきそうな舌触り、喉を通るときの重々しさ。やっぱ、美味いな。食べることで生きてるんだと実感できる。周りには空いた容器がある。地面にゴロゴロと転がったそれには、虫が集まっている。

 そういや、ちょっと前に「イライ」をしてくれたおっさんから「コイツでも食ってみろ」と変な虫を食えと言われたなぁ。案外美味かったけど、これで充分だと思った。そういう奴らの言うことを答えると、物をいっぱいくれた気がする。あるときは缶の飲みモン、あるときは肉と何かが重なったモン、あるときは変な食感になったチキン。……やめよう、こんなの考えても意味がない。それはそれ、これはこれだ。あのデカいハジキのアイツも美味いモンを食ってるんだろうな。こんな地べたじゃなくていい所で寝てるんだろうな。もっと楽しいことをしてるんだろうな。……羨ましい。

 そうして、今日も眠りにつこうとした。

 そのとき。

 嗅ぎなれた火薬の香り。

 多くの足音。

 ……誰だ?

 中々開かない目をこじ開けて、前を見た。

 ……何の冗談だ?

 ……いつも報酬をくれてたおっさんだ。でも、周りには知らない奴らがいる。しかも、ハジキを構えてる。

「悪いな、坊主。お前とは今日で終わりだ。お前が派手に動いちまったから、正義実現委員会に目を着けられた。まぁ、証拠隠滅ってヤツさ。お前を捨てるのはもったいないが、……」

――お前の代わりはいくらでもいるからな。

 ……は?

 俺のことをよく大切にしてた癖して、殺すときには殺すのか⁈

 ふざけるな……、ふざけるな!

 近くに置いたハジキに手を取り、俺は構えた。

「おい、抵抗しても無駄だ。身寄りのないお前が死んでも誰も悲しまないからな。せいぜい、自分のしでかしたことを悔いるんだな」

「知るかよ……!ぶっ殺すってんならただでやられるつもりはねぇ!やってみろよバカ!」

 前へ走った。おっさん共に近づく度にいつもの臭いが鼻に入ってくる。……全員ぶっ殺す。どうせ死ぬなら道連れだ。

 撃つ。弾切れなんて気にせずに撃ち続けた。最初は何ともなかった腕は段々と傷んできた。手も熱くなってきた。そして、息もしづらくなってきた。ある程度は倒せたはずだ。でも、間に合わない。……嘘だろ、弾切れ⁈アイツらからガチャガチャと聴きなれた音がした。あの臭いもする。

 あぁ、俺はここで終わるんだ。……せめて、アイツに会いたかったなぁ。

 

――もーお、弱い者いじめかな?私は見逃さないよ☆

 

 聴いたことのないその声が遠くからしたかと思うと、おっさん共の仲間が吹き飛ばされた。あんな大柄そうな身体なのに、まるで板切れか何かのように上へと舞う。その仲間が吹き飛んだと思うと、月明かりに浴びたその相手が見えた。

 

――アハハ、そんな武器であんな数に挑むなんて無謀だよ?私がいなかったら危なかったね☆

 

 ぼんやりとしか見えない目が、段々と冴えてくる。

 あ、見えた。

 ……女、なのか……、今まで見たことのない人間だ。夜ではよく目立つ白い服で俺の前に立つ。急に視界が暗くなった。それも、顔に何か柔らかいものが当たる。いい匂いだ、それも仄かに暖かい。

 

――でも、もう大丈夫だよ。君のことは私たちが守ってあげるから、安心してね☆

 

 誰なのかは知らないが、不思議な気分だ。こんなのは知らなかった。もう、何も考えられない。顔の柔らかさに埋めながら、俺は意識が遠のいた。

[newpage]

 ブラックマーケットの子どもの隠語「クロト」と呼ばれているその少年が私たちの所へ来たのは数日前だ。私は朝食を食べ終えてこれから本部へ向かおうとしたときにそのお話を聞いた。私たち正義実現委員会へ管轄が移るまでに、かなりの騒ぎがあったみたいだ。その手の子どもを助けると聞いて、救護騎士団の担当であるはずと思ってしまった。しかし、同級生たちから話を聞いたところ、そこに預けられた際、何度もミネ団長と乱闘騒ぎを起こしたことで出禁にされたとのことだった。その次はシスターフッドに預けられたとのこと。そしてシスターフッドでも乱闘騒ぎを起こしてしまい、私たちに管轄が移ったそうだ。……私たちは託児所ではないのに。

 私たちの学園には、排他的なパテル分派を含むティーパーティーが強い権限を持つ。私たちが正義を掲げたとしても、あの人たちの決定には従わないといけない。ましてや、余所者には寛容な救護騎士団、シスターフッドからも見放されるような行動をするなんてどうかしている。一体、どんな子どもなのだろう。ライフルケースの紐をつかむ手に力が籠る。何かしでかしたら、この手で……。

「おはようございます、マシロ」

「お、おはようございます」

 あ、ハスミ先輩か。先日、修理に出した銃からはいつもの火薬の匂いがしない。

「先日から学園を騒がせる例の少年の件で、お話があります」

「お話、ですか。どのようなものですか」

「あの少年の監視役をあなたにお任せしたいのです。急な頼みで申し訳ありませんが」

「……はい?監視役、ですか?信じられません。私でなくとも、他に頼める他人は」

 呆然とする私を無視して、ハスミ先輩は躊躇いながら続けた。

「その……、これはミカ様からの御命令であり、あの少年自身からの希望なのです。私たちも浅慮ではないかとお伝えしましたが、決定を覆せませんでした」

「よりにもよって、私ですか……。まぁ、そうするのが正しいなら従います」

「ともかく、何かありましたらいつでもご相談ください。それと、この件は内密に。そして、こちらが部屋のメモです。……用事が済んだらすぐに破棄するように」

「承知しました。行って参ります」

 そうして、ハスミ先輩から指示された部屋に着いた。左。右。……周りには誰もいない。

「正義実現委員会1年、静山マシロ。ただ今入ります」

 年季の入った扉が、鈍い音を立てて開いた。

「あ、来た来た~~☆ヤッホー、マシロちゃん。特別なお願い、聴いてくれるかな?」

 静寂を裂くような愛嬌のある声。まさか……?白を基本としたティーパーティーの制服、ピンクの真っ直ぐな髪。……本当にミカ様ご本人だ。

「は、はい。ハスミ先輩から既にお聞きしています。それでごよ」

 私の言葉を遮るように、知らない誰かの声が。

「おっす。お前がマシロってヤツか。よろしくな」

 子どもというより、青年らしい声色。それこそ、パトロールで度々見かけるチンピラを思い起こすような。その声のする方向を見ると、それは奇怪な容姿をした子どもがいた。

 小麦のような色の、手入れのされていない短髪。

 青色の左眼と黄色の右眼。

 そして、……その小柄さに似合わない、太い触手。それが服の背中に空いた切れ込みからヌルリと覗かせている。悍ましいものだ。実家に住んでいる頃から父が買ってきてくれたタコのそれを思い出した。しかも、部屋の灯りに照らされた青色の斑模様が水面のように輝いている。外の世界からすると人外じみたい容姿の人間も珍しくないキヴォトスでもこんな容姿の子どもは、私の知る限りでは見たことがない。

「んだよ?見せモンじゃねーぞ」

 そんな珍しい姿だったらそりゃ目を引くでしょ。

「ハイハイ、分かりました。……そうです、私が静山マシロです」

 突然、ミカ様が喋り出した。

「コラコラ、マシロちゃん。そんなに無愛想だと怖がられちゃうでしょ?クロト君も辛いよね?憧れの女の子にこんなことされちゃったら」

 私が憧れ?……それも、身寄りのない子どもから?

「そ、そうなの?まぁいっか」

 クロトと呼ばれたその少年は背中の触手をうねらせる。動く度、ほんのりと火薬や手榴弾の匂いがする。

「じゃ、そんなわけで……、マシロちゃん!今日からクロト君と一緒に生活してね❤あ、通知だ、どれどれ。……あ、ごめんね。ちょっとナギちゃんから連絡来ちゃった!またね~~~~☆」

 ミカ様は後腐れなく、その部屋から退出した。……部屋にいるのは私と彼だけ。どうしたものか……、話すための話題が見つからない。

「噂で聞きましたよ、あなたのこと。ミネ団長やサクラコ様の所で随分と暴れたそうですね?」

 一文字に結んだ唇がすぐに開いた。

「あ、えーと、確か、あの口悪い盾女と真っ黒女か。アイツら俺を何だと思ってンだよ?不味いモン食わせようとするわ、変なこと教えようとするわ、最悪だぜ。あーあ……」

 ……どこまで傲慢なことか。貧しくて身寄りのないあなたを助けるなんて滅多なことじゃないのよ。ミカ様がどんな意図で助けたのか知らないけれど、感謝の気持ちもないわけ⁈これならゲヘナの人間の方がまだ話が通じるわ。

 私は怒りに任せるがままに、彼を押し倒した。埃両手には武器もない。それに、こうなることは想定外なのか、一瞬、動揺を見せていた。抵抗できない彼は今、私の両脚から胸から上を見せている。

 背中の触手で地べたに押し付けられないが、それでも自由を奪うには十分だった。戦闘訓練で培った体術をこんな形で使うことになるとは……、講師の方に申し訳なくなってくる。

「おい……、何のつもりだ?殺す気か?」

「殺す?……しませんよ、そんなこと。私たちの優しさが分からないんですか?本来、あなたは野垂れ死にしたかもしれないのですよ。……助けられた以上、私たちのすることに従ってください」

「ヤダ。俺はミカにしか従わねぇ」

「……ハ?呼び捨て?」

「あ?アイツが別に構わないっつってたし」

「呆れた……。どれだけ身の程知らずなことを言ってるのか分かってますか?」

「……うーん、分かんね。まぁ、俺からすりゃミカはすげー奴だぜ?ウマいチキンもくれたし、俺に名前もくれたし、それから、ハジキも直してくれて……。お前とは大違いだぜ」

 本当に自分の言っていることが洒落にならないことを分かっていないみたいだ。本当に呆れた……。私は立ち上がった。今の彼には得物がない。それに、戦うとしても徒手空拳になるはず。いつでも対処できる。

「……そうですか。じゃあ勝手にしてください。どこかで野晒しの」

 彼から背を向けた私がそう言おうとしたとき、後ろで小さな音がした。

 ……しくじった、何か仕掛けてくる!

  構えようとして、突然、腰の下、それも尻の辺りに鈍い痛みがした。内側の骨と肉がぶつかり合い、悲鳴を上げそうな痛みが迫る。見える景色が変わった。あぁ、どうやら私はあまりの痛みに崩れてしまったみたいだ。痛みを我慢しながら後ろを見る。そこには、異形の背中をうねらせた彼がいた。

「ンだよ。……美味いモン食って、いい所で寝られて、それで楽しい毎日を送ってて羨ましかったのによぉ。……そんなモンかよ」

「な、何が、い、言いたいんですか……!」

「俺は!俺の居場所が!欲しいんだ!その癖してどいつもこいつも押しつけてやがる!皆俺を無視する!お前もそうなのか⁈俺をモノか何かだと思ってンのか!あぁ⁈」

 彼も私と同じ、心を持った相手だった。生まれや育ちが違っても、同じ人間だ。彼自身を、彼そのものをしっかりと見てあげないと。

 私はまた蹴ろうとしてきた彼の肩をつかんだ。無理をして動いたからか、腰がさらに痛くなる。そして、彼を抱きしめてあげた。

「え……?な、何だよ。な、何をしてぇんだ?」

 恐らく、無茶なことばかりを強いられたようだ。まずは彼が納得する形で助けてあげないと。

「さっきはごめんなさい……。その、……あなたのことを酷く罵ってしまって。でも、皆はあなたに幸せになってほしいからそうしてたの。今すぐは無理でも、少しずつ、ね」

 背中の触手は動きが落ち着き、チロチロと動くことはなかった。部屋に差し込む陽の光とは異なる温もりが、とても心地よい。

 ノックの音がした。

「大丈夫ですか、マシロ!……って、どうしました?」

 あ、ハスミ先輩……。横目で見ると、愛銃を構えた姿が見える。私たちを見て、すぐに引き金から指を外した。

「一連の騒動に関して、私たちにも理解不足、不手際があったようです。マシロ、ひとまずは私たちで彼の面倒を見てあげましょう」

「ハイ、承知しました」

 その決意は揺らぐことなんてない。一人の人間として彼を守り、彼を導かなくては。

「ん?俺はどうなンの?」

 私は答える。

「どうなるも何も、これからは私と一緒に生活するの。まぁ、あなたが自分で生活できるようになるまではね」

 まぁ、彼には彼の人生がある。その道を大切にしてほしい。

「それでは、名前を決めましょうか。私も「あなた」ばかりでは呼びづらいですし」

「名前、ですね。どうしましょう」

「名前?俺、ないよ」

「だからここで決めるのよ。どんな名前がいい?」

「クロト」

「へ?」

「昔からおっさん共がその名前で呼ばれたからな。アイツらはヤだけど、その呼び名でいいや」

 そんなあっさりと決めてしまっていいの⁈……まぁ、本人が納得したならいい、のかな。

「じゃあ、改めて。私は静山マシロ。あなたは?」

「俺はクロト。キヴォトスで最強になる男だ」

 尊大な物言いだ。でも、それが今では誇らしい。

 こうして、私は正義ともう一つ、重いものを背負った。

 

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