小説というものは不思議なもので、頭で考えてることをいざ形にしてみると想定していたものから大きく逸脱することがあります。今回のヒナタとの例のシーンもそうでした。ネッ友との話を踏まえて書いてみると、想定していない形に変化していったと思います。私自身の力量不足なのかもしれませんね……。
次回、いよいよあの人物の登場です!こうご期待ください!
pixivでのURL。
《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29123086 》
「これッスよ。クロト君が使っていた拳銃は」
イチカ先輩の前には少しくすんだ得物がある。銃身は大きく角ばっていて、角の塗装が剥げている。つい先日までブラックマーケットで生活していた彼の環境の厳しさを説明しているみたいだ。私たちのように、常日頃からメンテナンスをする余裕どころか、メンテナンスそのものを知っているのかすら危ういだろう。
あのアパートで住み始めてからは武器すら持たせていなかったのは、もしかしたら、癇癪を起こしてまた何かしでかした場合を想定していたのかな。いや、それだったら街中とか奇異の目で見られたはず。SNSとかで話題になっていてもおかしくはない。それを思わせる投稿すら見ないのは、ミカ様によって隠蔽されたからとか?
……ダメだ。頭の中で混乱が生まれてしまって、まともに考えられない。
「……ロ、……るッスか?……マシロ!」
声……、って、イチカ先輩だ!
「ハヒッ!す、すみません!つ、つい、考え事を……」
「考え事、ねぇ。まぁ、考えるのは大切ッスけど、考えすぎて失敗することだってあるんスからね。とりあえず、私たちが現時点で彼について分かっていることを共有しましょうか」
「そ、そうですね。では、よろしくお願いします」
イチカ先輩は私の方に向いた。その目はいつもと違って、はっきりと開いている。……あぁ、余程のことなんだろうな。
「彼、クロトについて色々と調べてみたんスけど、……ちょっと悩ましい特性があったんスよ。心の準備はできているっスか?」
「特性」?「神秘」ではなくて?
「まぁ、その。この銃を見る方が早いかもしれないっス。ホラ、このマガジン。本体と比べてちょっと劣化してるっスよね?」
あ、言われてみれば本当だ。
塗装の剥げていることに目が行ってしまっていたけれど、よく見ればマガジンの劣化が著しい。傷の目立つ凹凸、手垢がこびりついているグリップ、そして削れて使い物にならないセーフティ。それらに目が行くけれど、よく見れば少し顔を覗かせているマガジンは塗装がなくなって、色が褪せている。
「この前、暴れていたのを止めようとしたとき、彼、背中の触手の吸盤に突っ込んでいたんスよ。最初、何だと思ってたら、どうやらあの中に弾丸を入れていたみたいで……。足元には入りきらなかった弾丸がコロコロ転がってたっス」
触手の吸盤……。
確かに、あの吸盤は思い返すと大きいものもあったような気がする。彼、クロトの背中から生えている触手には吸盤があり、場所によっては薄汚れていたものもあった。嫌がる彼を無理矢理風呂場へ連れて行ったときに嗅いだ、火薬や汗、垢、泥の臭いの臭いが蘇ってきそうになる。や、ヤバい、ちょっと気分が……。
「マシロ?」
「あ、いえ、クロトを無理矢理風呂場へ連れて身体を洗ってあげたことを思い出しまして」
「アハハ……。何だか、お母さんみたいッスね。クロトにとっての」
「お母さんだなんてやめてください!あくまでも、預かっただけですので」
「冗談ッスよ。それにしても、引っかかるんスよ。貴重なはずの弾丸をあそこまでぞんざいに扱うのが不思議っスよねぇ」
それはそうだ。リロードをする際に銃弾の一つも粗末にすることなんてできない。粗末にしたら肝心なときに使えずに倒される。……どうしてクロトは銃弾を無駄にしてしまうのだろう。
「ミネ団長から聞いたんスよ、健康診断はもちろん、心理テストの結果も色々と。……あまり言いたくない結果でしたけど。まぁ、マシロなら薄々感づいているっスよね」
――感づいている。
まぁ、嘘ではないとは言い切れない。
――目を瞑って10数えてね。その間に頭を洗ってあげるから。
――どんくらいなの?わかんね。
――……じゃあ、私が10数えるからその間、目を瞑ってて。10と聴こえたら開けて。
私の部屋にやってきた日のお風呂での会話が蘇る。水を嫌がる彼を引っ張り、服も脱がせ、そして、風呂椅子に座らせてから彼の身体を洗ったときだ。リンスが目に入らないようにと思って伝えたことが、すぐに通じなかった。あそこでクロトが引っかかった言葉……。
あ、「10」か。
「もしかして、クロトは数字が分からない、とかでしょうか」
イチカ先輩は深くため息をついた。頭を小さく頷かせた。そして、しばらく静かになったと思うと、私に顔を向けた。
「……そうなんスよ。心理テストや発達段階のチェックを試したところ、数的概念の理解が著しくなかったんスね。他にも、酷い栄養失調状態であること、推定される発達段階がとても低いこと、まぁ、道徳や社会性も他人よりも足りていないことも挙げられるっスね」
まぁ、予想はしていたけれど、いざ聴くと痛ましいものだ。
風呂での会話だけではない。
トイレットペーパーを玩具のように遊びのつもりで転がす。
手づかみで食べ物を取ろうとする。
夜になっても中々寝ようとしない。
言葉は知っていても書くことが釣り合っていない。
最初の数日間はとても大変だった。あまりの荒々しさを目にすると、イチカ先輩の仰る事実でも「まぁそうですね」としか答えられない。
「……ハイ。薄々分かっていました。それで、今後はどうしたらよいでしょうか」
「それがですね……、ミカ様は気ままにさせていいと仰るばかりッスよ。困ったお人っスね……」
クロトはあのままでは、これからの生活が苦しくなるのは言うまでもない。何とかして生きられるようにしてあげたいというのに、ミカ様は一体何をお考えになっているのだろう。
「なので、昨日の打ち合わせでも言ったように、……シスターフッドのヒナタさんにお願いして、生活指導をしてもらってるっス。まぁ、これがバレたら私は磔になるかもしれないっスね。ハハハ……」
ミカ様に今の状況がバレたら、か……。ティーパーティーのホストであるあの人が処罰を下すとなったらタダでは済まされないはずだ。
正直、怖い。
でも、不器用ながら文字、洗濯、掃除、食事の真似っこをしようとするクロトが頭に浮かんでくる。彼には幸せになってほしい。
「ん?どうしたんスか?」
「……あ!いえ。彼のために私ができることは何かあるのかと思いまして……」
「そうっスよねぇ。やっぱり、健気な男の子を見ると、こっちも応援したくなってしまうっスねぇ……。ま、彼は知る由も」
ドアの開く音がした。
「イチカ!マシロ!待機している後輩を連れて救援に向かってくれ!私も行く!」
ツルギ先輩の声がした。どうやらパトロール中に衝突があったみたいだ。
「了解っス!」
「ハイ!」
肩に愛銃を載せて、私は部屋を出た。いつもよりも、その銃が重く感じられた。
「それじゃあ、この状況ではどうやって声をかけますか?」
次のカードだ。よく見ると、棚の上に物がある。大人みたいな人は屈んでいる。……あ、ここにいたか。俺の見なくちゃいけないキャラ、なんとかホワイト。こいつ、棚を見ている。何をするつもりなんだろう。
「どうやって、って……。分かんねぇんだけど」
「ほ、ホラ!テルミットホワイトの目、よく見てくださいね。どこを見ていますか?」
ヒナタの指先を見る。指が動くその先には、棚の上があった。あ、もしかして、物か?
「棚の上に物があるけど、これをどうすんの?」
「そうですね……、棚の上にある瓶はテルミットホワイトにとって大切なものなんです。でも、高くてすぐには取れないんです。では、クロト君。この状況では、どうやって声をかけますか?」
声かけ、か……。さっきからずっとこういうことばっかやってるな。正直、すぐに役立つかどうか分かんねぇ。思いもしなかったことが正解だと言われててムカつくし、その答えもしっくりこない。でも、皆、こういうのができてるのかもな。マシロみてーになるためにもよー―――く考えないと。この場合、どう答えればいいんだっけ?
「あぁ、え――と、……あ!「お前が取れ」!どうだ?」
ヒナタがちょっと静かになった。あれ?また違うのか?
「い、今のは乱暴ですね……。マシロさんなら取ってくれるかもしれませんが、この絵のお姉さんは怖がっちゃいます……」
「別にいいぜ。だったら自分で取」
「そ、それはダメです。お姉さんを怖がらせずにお願いしてください」
またかよ……。俺は別にどう思われても構わねぇのに、何で……。
「あぁ、……あ。「あれ取って」!これならどうだ?」
そっか!マシロに頼むようにすればいいのか!何だ、簡単じゃんか。
「ま、マシロさんに頼むなら問題ないですが、その……、実は優しい言い方もあるんですよ」
ンだそれ?「優しい言い方」?言い方に違いもねぇだろ。
「そんなのあるの?」
「あります。この場合、「棚の上の瓶を取ってください」と言うんです」
「さっきの答えとどう違うんだよ?」
「そ、それはですね……、他人にお願いするときは「優しさ」が必要なんです」
「優しさ」?何を言ってンだ?
「私たちは相手をおもんば、いや、思いやるときにお願いしますよね?でも、さっきのクロト君の言い方では「怖い」と思ってしまう人がいるんです。わ、私もつい、そう思っちゃいましたし……。世界は自分だけではできていません。誰かが支えてくれてるからこそ、こうして生きていられるんです」
「……そうなの?」
「ですから、先日のことは私たちにも非があったのかもしれません。君を不安にさせてしまって、ごめんなさい。今すぐはできなくても、これから一緒に学んでいきましょうね。マシロさんだけでなく、私たちも応援しますから!」
……何か、不思議な気持ちだ。どう思われても構わないとは思ってたけど、「他人にどう思われるのか」をこれからは考えないといけないのか。
「そんなに俺って変われるの?全然考えらんねぇんだけど」
「ハイ、この絵に出てきているテルミットホワイトみたいにきっとなれますよ。……素敵な人に」
「テルミット、ホワイト、か……。分かった!これからはテルミットホワイトみてーになればいいんだな!」
よし!
俺の中で新たな目標が決まった!
俺はテルミットホワイトになるッ!
「さぁ、頑張りましょ、……ふぁあ、す、すみません。ちょっと眠たくて」
へ?
今、寝るの?
「いつも、この時間にお昼寝してるんです。あ、折角ですし、クロト君もしませんか?」
ヒナタは俺に近づいてきた。甘ったるい、変な香りがする……。
「むにゃあひひ、これ、抱き枕にしていいですか?おやす、み、なさぃ……」
ヒナタの動きで気づくと、俺は寝るときの体勢になった。横を見ると、近くでヒナタが寝ている。しかも、俺の触手を抱きしめながら。
いつもマシロに起こられてばかりの俺の触手も、きっと誰かの役に立つのかもな。
ま、難しいことは分かんねぇから寝るとすっか。
それにしても、今日の任務は、……大変だった。
妙に武器が最新鋭で、投擲弾や煙幕弾がやたらと多かったのを覚えている。おかげで、何度も陣形を組み直しては攻めようとして返り討ちに遭い、また陣形を組み直して……、と進展のない戦いを強いられた。今まで戦ってきたスケバンやヘルメット団にしては装備や武器があまりにも整いすぎている。
もしかして、裏で誰かが引いている?
考えられるのは、年度の初めに起きた大脱獄の首謀者だ。彼女ならそういったルートを持っていても何らおかしくはない。今回は何とか撤退してはくれたものの、次に来たときはさらに凶悪な武器を携えていたら……?そのとき、私たちは如何にして戦えばいいのだろうか。
クラクションの音がした。
あ、どうやら私は轢かれそうになったみたいだ。危ない危ない……。
アパートに着いた。いつもの見慣れたドア。スコープの周りはちょっとばかり青い錆びが見える。いつもと変わらない。ドアノブを手に取る。
玄関から先、奥からクロトが飛び出してくると思ったらとても静かだ。
そういえば、イチカ先輩が「今日はヒナタさんが生活指導をしてくれる」とか言ってはいたけれど、も、もしかして……。
いつも食事をするテーブルの隣に、二人はいた。
クロトは大の字になっていびきをかきながら寝ている。
ヒナタさんはというと、……抱き枕にくっつくようにして寝ていた。しかも、その抱き枕が何と、クロトの背中の触手だった。シスターの黒い服に包まれた触手の毒々しい色がよく目立つ。
サクラコ様から事前に「シスターヒナタはよくお昼寝をするのでしてはいけないときにそうなったら注意してくださいね」とお願いされたのを思い出した。お昼寝をするにしても、既に夕方になっている。余程穏やかな時間だったのかもしれないな。
それに、進んで触ろうと思えないあの触手によく触れるのが不思議でしょうがない。手で届かないからと言ってそこで取ろうとするのはよく注意しているけれど、ヒナタさんはよく触れるものだ。まぁ、生来からそういうのに無頓着な人はいる。私はまだまだそこまでには至れない。
……待てよ?
この状況、今日の夕ご飯、明日の朝ご飯は3人分を作らないといけない、ってコト⁈
困った……。具材が中々揃えられなくて困っているというのに。でも、愚痴を心の中でこぼしても何も変わらない。それに、私だけではできないことを彼女はしてくれた。今日はとびきりのご馳走を作るか。
未だに痛む指のタコを我慢しつつ、私は具材を探した。