白雪姫の物語も、いよいよ終盤。
魔女に毒リンゴを食べさせられた白雪姫は、深い眠りについた。
私は用意された棺の中へ横になる。
「そのまま目を閉じててね」
キャストのお姉さんにそう言われ、小さく頷く。
(……いよいよ最後ね。)
王子様の登場。
そして眠り姫を目覚めさせる場面。
そんな説明は受けていた。
けれど。
(王子様役って……。)
視線だけを少し動かす。
舞台袖。
そこには王子様の衣装へ着替え終えた#朔夜さんが立っていた。
白を基調とした礼服。
肩には青いマント。
腰には飾りの剣。
普段の動きやすそうな服とはまるで違う。
なのに。
(……似合ってる。)
思わずそう思ってしまった。
「……」
本人は少し居心地が悪そうだった。
袖を引っ張ったり、襟元を気にしたり。
「動きづらい。」
ぼそりと呟く。
「でも似合ってるよ!」
ナツメちゃんは嬉しそうだ。
「そう?」
「うん!」
「王子様そのもの!」
「……よく分からない。」
そんなやり取りを見ているだけで、少し笑ってしまう。
[newpage]
「それでは、最後のシーンです!」
キャストの合図。
私はゆっくり目を閉じた。
静かな足音。
王子様が近付いてくる。
(演技なんだから。)
(変に意識しちゃ駄目。)
そう思うほど、鼓動が早くなる。
足音が止まる。
すぐ近く。
(……近い。)
「……。」
#朔夜さんは何も言わない。
キャストも何も言わない。
どうするんだろう。
そう思った次の瞬間だった。
「……お姫様。」
静かな声。それでいて低く優しい声。
思わず心臓が跳ねた。
(え。)
「迎えに来た。」
短い一言。
それだけなのに。
胸が少し苦しくなる。
(な、なんで……。)
(演技なのに。)
額へ伸びる手。
前髪をそっと避ける。
指先が優しい。
(近い……。)
息が止まりそうだった。
そして。
額へ。
そっと。
軽く口づける。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
「……。」
「……。」
「…………。」
何も起きない。
#朔夜さんが首を傾げた。
「起きない。」
キャストのお姉さんが慌てる。
「え、えっと!」
「しずかちゃん! 起きて大丈夫だよ!」
「あっ!」
私は慌てて目を開けた。
「お、おはようございます!」
「いや違う違う!」
キャストさんが思わず吹き出す。
「『目覚めた』で大丈夫だから!」
「あっ……!」
恥ずかしい。
顔が熱い。
穴があったら入りたい。
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その横で。
「ぷっ……。」
誰かが吹き出した。
ナツメちゃんだった。
肩を震わせている。
「ふふっ……。」
「くくっ……。」
必死に口を押さえている。
「ナツメちゃん……?」
「ご、ごめん……。」
そう言いながらも笑いが止まらない。
「二人とも真面目すぎるんだもん……!」
「え?」
「#朔夜なんて本気で『起きない』って困ってるし!」
「しずかちゃんも『おはようございます!』って!」
とうとう耐え切れなくなった。
「あははははは!」
大笑い。
床を叩きそうな勢いだった。
「もう駄目……!」
「笑い死ぬ……!」
私は顔を真っ赤にする。
「そ、そんなに変だった?」
「変じゃない!」
「だから面白いの!」
「二人とも天然すぎる!」
「??」
#朔夜さんは意味が分からないらしい。
「何が?」
真顔だった。
それを見たナツメちゃんはさらに笑う。
「あははは!」
「そこ!」
「その顔!」
「自覚ゼロ!」
私は恥ずかしくて俯く。
(もう……。)
(演技だったのに。)
(なんでこんなにドキドキしたんだろう。)
額へ手を当てる。
まだ熱が残っている気がした。
そんな私を見て。
ナツメちゃんはニヤニヤ笑う。
「しずかちゃん?」
「な、何?」
「王子様、かっこよかった?」
「えっ!?」
「べ、別に!」
「演技だし!」
「ふーん?」
「違うの!」
「へぇ~。」
完全に遊ばれている。
「ナツメちゃん!」
「ごめんごめん。」
そう言いながら全然反省していない。
むしろ楽しそうだった。
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少し離れた場所で。
アヤメさんだけは腕を組みながら静かにその様子を眺めていた。
「……。」
#朔夜さん。
しずかちゃん。
そして笑い続けるナツメちゃん。
三人のやり取りを見て、小さく微笑む。
「なるほど。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「そういう関係なんだ。」
意味深な一言だけを残し、アヤメさんは静かに歩き出した。
その時はまだ誰も、その言葉の意味を知らなかった。