白雪姫のアトラクションを後にした四人は、そのまま童話の星を巡っていた。
赤ずきん。
シンデレラ。
三匹の子ぶた。
次から次へと並ぶアトラクションは、どれも童話の世界をそのまま再現したような造りになっている。
「わぁ、すごい!」
しずかが目を輝かせる。
「写真撮ろうよ!」
ナツメは相変わらず元気いっぱいだ。
四人は巨大な豆の木の前で写真を撮り、ガラスの靴を履いてみたり、赤ずきんの森を歩いたりと、一日中笑い声が絶えなかった。
アヤメも普段より表情が柔らかい。
「これ、本当に細かく作られてるんだね。」
展示されている小道具を興味深そうに眺めている。
「細かい。」
#朔夜も短く答えた。
派手に騒ぐわけではない。
だが、どのアトラクションもよく出来ていて退屈はしない。
そんな穏やかな時間が流れていた。
昼を過ぎた頃。
「ごめん、私ちょっとお手洗い。」
しずかが申し訳なさそうに言った。
「あ、私も。」
ナツメも手を挙げる。
「じゃあ行こ。」
二人は近くの案内板を確認しながら歩いていく。
残されたのは朔夜とアヤメだけだった。
「……。」
「……。」
少しだけ沈黙。
周囲には童話の世界らしい音楽が流れている。
子供達の笑い声も聞こえる。
その平和な空気の中で、不意にアヤメが口を開いた。
「ねぇ。」
「?」
#朔夜が視線を向ける。
その瞬間だった。
アヤメの雰囲気が変わる。
先ほどまでの柔らかな表情ではない。
感情の色が薄い。
静かで。
どこか冷たい。
まるで別人だった。
「君は――何者?」
「……。」
#朔夜は答えなかった。
その問いは、自分でも何度か考えたことがある。
様々な世界を巡ってから。
普通の小学生とは言えない日々を過ごしてきた。
自分は何者なのか。
そう問われても、簡単には答えられない。
「……自分でも、よく分からない。」
それが精一杯だった。
アヤメはじっと朔夜を見つめる。
瞬き一つしない。
その視線に敵意はない。
だが、生きた人間とは違う何かを感じた。
背筋を、冷たいものが這う。
(……何だ。)
#朔夜は眉をひそめた。
この感覚は初めてだった。
危険というわけではない。
しかし、本能が警戒している。
何かがおかしい。
だが、その正体だけは分からない。
数秒の沈黙。
その時だった。
[newpage]
「……え?」
アヤメがぱちりと瞬きをした。
「えっと……。」
きょとんとした顔になる。
「ご、ごめん。」
首を傾げながら笑う。
「私、何か変なこと言った?」
「……。」
さっきまでの雰囲気が消えている。
いつものアヤメだ。
柔らかく、少し天然な笑顔。
#朔夜はしばらく彼女を見つめた。
「……覚えてないのか?」
「え?」
「いや。」
アヤメは本当に分かっていないらしい。
困ったように笑うだけだった。
「ごめんね、ぼーっとしてたのかな。」
「そうか。」
それ以上は聞かなかった。
聞いたところで答えは返ってこない。
そんな気がした。
「お待たせー!」
元気な声が響く。
ナツメとしずかが戻ってきた。
「ごめんごめん、ちょっと混んでて。」
「二人とも何話してたの?」
しずかが尋ねる。
「別に。」
#朔夜は短く答えた。
アヤメも笑顔で頷く。
「うん、何でもないよ。」
本当に何でもなかったような口ぶりだった。
「じゃあ次行こう!」
ナツメがパンフレットを広げる。
「次は『ヘンゼルとグレーテル』!」
「お菓子の家!」
「行こう行こう!」
二人は楽しそうに歩き出した。
アヤメもその後を追う。
#朔夜も少し遅れて歩き始める。
さっきの出来事を胸の奥へ押し込めながら。
その後も四人は童話の星を存分に楽しんだ。
お菓子の家でお菓子作りを体験し。
人魚姫の海底劇場を巡り。
眠れる森の美女の迷路では、ナツメが道に迷って全員で笑った。
一日を通して事件らしい事件は何一つ起こらない。
笑い声ばかりの、平和な時間。
それなのに。
#朔夜の頭からは、あの一言だけが離れなかった。
――『君は何者?』
[chapter:あの時のアヤメは、本当にアヤメだったのか。]
それとも。
別の"何か"だったのか。
答えは分からない。
そして当のアヤメ本人も、自分がその言葉を口にしたことなど、まるで覚えていなかった。
童話の星では今日も楽しげな音楽が流れている。
その穏やかな旋律とは裏腹に、小さな違和感だけが、静かに#朔夜の胸へ残り続けていた。