「――それでは、ご覧ください。」
忍者講師が静かに一礼すると、周囲は自然と静まり返った。
次の瞬間だった。
ダッ――!
一歩。
二歩。
助走をつけた講師は、目の前の木箱を軽々と飛び越える。
さらに壁を一歩、二歩と蹴り上がり、その勢いのまま屋根へ。
「おおーっ!」
参加者達から歓声が上がる。
講師は屋根の上で一度も立ち止まらない。
屋根から屋根へ。
丸太へ。
竹の足場へ。
まるで風のように駆け抜けていく。
「すげぇ!」
「本当に忍者だ!」
最後は屋根から三メートルほど下へ音もなく着地。
砂一つ舞い上がらない。
「以上が、忍びの基本移動術です。」
再び拍手が起こる。
その中で一人だけ、歓声ではなく静かに笑みを浮かべている者がいた。
#朔夜だった。
「……これだ。」
自然と口角が上がる。
昨日パンフレットを見た時から、一番興味を惹かれていたもの。
剣でもない。
手裏剣でもない。
この移動術こそ、自分が求めていたものだった。
「なんか嬉しそうだな。」
隣のトウマが苦笑する。
「分かる?」
「分かる。」
アキノリも頷いた。
「目が完全に獲物見つけた時の顔だ。」
「否定できない。」
#朔夜は素直に認めた。
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講師が全員を集める。
「この技術は、現代では**パルクール**と呼ばれる運動に近いものです。」
壁に描かれた図を指差す。
「ですが、忍者にとっては競技ではありません。」
「敵より速く。」
「敵より静かに。」
「敵より高い場所へ。」
「そのための移動術です。」
参加者達は真剣に耳を傾ける。
「では質問です。」
講師が一本の竹を取り出した。
「昔の忍者は、どうやって跳躍力を鍛えたと思いますか?」
「筋トレ!」
「毎日山登り!」
様々な答えが飛ぶ。
講師は笑った。
「惜しいですね。」
庭へ植えられた竹を指差す。
「昔は家の裏庭へ竹を植え、その竹を毎日飛び越えていたと言われています。」
「成長する度に竹は少しずつ高くなる。」
「つまり自然に跳躍力も鍛えられるわけです。」
「なるほど……。」
トウマが感心する。
「忍術とは魔法ではありません。」
「毎日の積み重ねです。」
その一言に、#朔夜はどこか納得していた。
剣も弓も同じだった。
一朝一夕で身に付くものではない。
「では、本日は体験用の補助具を使用します。」
講師が小さな巻物を取り出した。
「これは『飛翔の巻物』。」
「口にくわえていただくことで、跳躍力が一時的に向上します。」
参加者達から「おぉー」という声が漏れる。
「もちろん本物の忍者は使いません。」
「今日は遊園地ですからね。」
会場に笑いが起きた。
一人ずつ巻物を受け取る。
#朔夜も口へくわえる。
「……。」
軽い。
何となく身体が軽くなった気がする。
「それでは――」
講師が前方を指差した。
「基礎コース開始!」
◇
目の前には障害物コース。
木箱。
丸太。
平均台。
低い屋根。
壁。
ロープ。
様々な障害物が並んでいる。
「スタート!」
一斉に走り出す。
最初は全員ぎこちない。
壁へぶつかる者。
着地で転ぶ者。
丸太から落ちる者。
「いてっ!」
「難しい!」
あちこちから悲鳴が聞こえる。
#朔夜も最初は慎重だった。
助走。
踏み切り。
着地。
もう一度。
「……。」
三つ目の障害物を越えた辺りで感覚を掴む。
「そういうことか。」
地面ばかり見ない。
進行方向を見る。
踏み切る位置を決める。
力任せではない。
流れを止めない。
そこからだった。
ダッ。
壁を蹴る。
箱へ着地。
そのまま屋根。
ロープ。
丸太。
動きが一気に滑らかになる。
風が吹き抜けた。
口元を覆っていた黒い布がふわりと宙へ舞う。
髪が揺れる。
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「あいつ速い!」
参加者の一人が思わず声を上げた。
#朔夜本人は気付いていない。
ただ前だけを見ていた。
「負けるか!」
アキノリも加速する。
神社育ち。
長い石段。
山道。
日々の修行。
その積み重ねは伊達ではない。
壁を蹴る。
丸太を飛ぶ。
屋根へ着地。
「おぉ!」
講師も思わず感心する。
「身体ができていますね。」
「ありがとうございます!」
アキノリが笑う。
一方のトウマも必死だった。
「くそっ!」
「二人とも速い!」
何度も転びそうになりながらも食らいつく。
壁を越え、
屋根へ飛び、
最後は転がるように着地。
「はぁ……はぁ……。」
息は上がっている。
それでも最後まで走り切った。
全員がゴールすると、講師達が小声で何か話し始めた。
「あの三人。」
「特に黒い忍装束の子。」
「ああ。」
「もう一人の神社の子も。」
「最後の子も見込みがありますね。」
#朔夜達は首を傾げる。
やがて一人の講師が歩み寄ってきた。
「少し、お時間よろしいでしょうか。」
「?」
三人は顔を見合わせる。
講師は静かに微笑んだ。
「皆さんは本日の基準を十分満たしています。」
「よろしければ、この先の**最終試験**へ挑戦してみませんか?」
「最終試験?」
トウマが目を丸くする。
「はい。」
講師は城を見上げた。
遠くにそびえる天守。
「この城の最上階には、一つの巻物が保管されています。」
「その巻物へ辿り着き、手にした者は――」
少し間を置く。
「当施設認定、**上級忍者**となります。」
周囲からどよめきが起きる。
「もちろん希望者のみ。」
「挑戦しますか?」
#朔夜は迷わなかった。
「受けます。」
「俺も。」
アキノリも笑う。
トウマは二人を見て苦笑した。
「ここまで来たら、俺も行くしかないじゃん。」
その返事に講師は満足そうに頷く。
「結構。」
「それでは十分後、城前へお集まりください。」
三人は城を見上げる。
高くそびえる天守閣。
その最上階に眠るという巻物。
遊園地のアトラクションのはずなのに、不思議と胸が高鳴る。
そして#朔夜は小さく笑った。
「……面白くなってきた。」
その呟きは、風に乗って静かに城へと消えていった。