「では――最終試験を始める。」
忍者講師の一言で、場の空気が引き締まった。
目の前にそびえるのは、黒塗りの巨大な城。
幾重にも重なる屋根。
高い石垣。
巡回する衛兵たち。
「天守最上階にある箱を持ち帰れば合格でござる。」
講師が静かに説明する。
「ただし、衛兵に見つかった時点で失格。力尽くは禁止。忍びは戦わずして目的を果たす者でござる。」
「つまり、見つからずに盗ってこいってこと。」
#朔夜が呟く。
講師は満足そうに頷いた。
「その通り。」
「面白そうじゃん。」
トウマが笑う。
アキノリも忍装束の袖を整えながら、
「神社の修行でも似たようなことはやるけど……ここまで本格的なのは初めてだな。」
と目を輝かせた。
「では、始め!」
三人は同時に駆け出した。
◇
城へ近付くと、早くも衛兵が巡回している。
真正面から行けば間違いなく見つかる。
#朔夜は物陰へ身を潜めると、小さなコンパクトミラーを取り出した。
「……便利だね、それ。」
トウマが小声で言う。
「偶然持ってきてただけ。」
鏡だけを角から僅かに出す。
鏡には廊下の先が映った。
「二人。三秒後に右へ。」
「了解。」
衛兵が背を向けた瞬間。
三人は一気に駆け抜ける。
音一つ立てない。
「すげぇ……。」
トウマが思わず呟いた。
そのまま壁際を進み、柱を利用して視界から消える。
まさに忍者だった。
[newpage]
二階へ続く階段の途中。
「待て。」
#朔夜が拳を上げた。
全員が止まる。
上の階から足音。
衛兵が降りてくる。
逃げ道は無い。
「どうする?」
アキノリが囁く。
#朔夜は周囲を見渡した。
そして天井の梁を見る。
「上。」
「え?」
言うが早いか、#朔夜は壁を蹴って柱へ飛び移る。
さらに梁へ。
まるで猿のような軽やかな動きだった。
「マジか……。」
トウマも慌てて続く。
アキノリも負けじと跳び上がった。
三人が梁へ張り付いた直後。
衛兵が階段を降りてきた。
「……?」
何か気配を感じたのか、辺りを見回す。
だが視線は床だけ。
天井までは見ない。
「異常なし。」
衛兵は去っていく。
十分ほど経ってから、
三人は静かに飛び降りた。
「危なかった……。」
トウマが胸を撫で下ろす。
「上を見る人って意外と少ないんだ。」
#朔夜は何事も無かったように歩き始めた。
◇
さらに奥。
今度は曲がり角の先に二人の衛兵。
正面突破は無理だ。
#朔夜は小石を拾う。
軽く放る。
カラン……
乾いた音が反対方向へ響いた。
「誰だ!」
衛兵二人が音のした方へ走っていく。
「今。」
三人はその隙に駆け抜けた。
「忍者って頭使うんだな。」
トウマが感心する。
「戦わない方が楽だから。」
#朔夜は短く答えた。
[newpage]
その後も、
壁をよじ登り、
屋根裏を這い、
人一人通れない隙間を抜け、
時には城の外壁まで利用しながら進む。
道が無ければ、自分で道を作る。
まさに道無き道を進む忍びだった。
そのおかげか、天守閣まで誰一人見つかることなく辿り着く。
「つ、着いたぁ……。」
最後尾だったトウマが息を切らす。
「二人についていくだけで精一杯だ……。」
「ごめん」
#朔夜が少しだけ苦笑した。
◇
天守最上階。
静まり返った座敷。
部屋の中央に、ぽつんと置かれた一つの箱。
漆塗りの、小ぶりな箱だった。
「おぉ!」
アキノリが目を輝かせる。
「これだ!」
勢いよく踏み出そうとした瞬間。
「待って。」
#朔夜が腕を掴んだ。
「え?」
「怪しすぎる。」
確かに。
部屋の中央へ無造作に置かれた箱。
護衛もいない。
逆に不自然だった。
#朔夜は再びコンパクトミラーを取り出す。
床へ寝かせるように角度を変える。
鏡に映った天井。
「……やっぱり。」
そこには鈍く光る金属。
「鉄格子。」
箱の真上に折り畳まれた巨大な鉄格子が吊るされていた。
不用意に近付けば一瞬で閉じ込められる。
「危なっ……。」
アキノリが青ざめる。
「あと一歩だった。」
さらに鏡を動かす。
「床にも糸がある。」
箱の周囲には、細い糸が何本も張られていた。
見えにくい巧妙な罠だった。
[newpage]
「直接取るのは無理か。」
三人は腕を組む。
しばらく沈黙
するとトウマが、
「あ。」
と声を上げた。
「クナイに布を結べば?」
「え?」
「箱に刺して、そのまま引っ張ればいい。」
二人が顔を見合わせる。
「それだ!」
アキノリは布を裂き、クナイへ固く結び付けた。
距離を測る。
深呼吸。
「外したらごめん。」
「頼む。」
アキノリは静かに構える。
そして――
「はっ!」
シュッ!
クナイが一直線に飛ぶ。
カンッ!
見事、箱へ突き刺さった。
「よし!」
ゆっくり布を引く。
ギギギ……
箱は滑るように動き、
糸にも触れず、
三人の足元まで運ばれてきた。
「成功だ!」
トウマが小さくガッツポーズをする。
その瞬間。
カチ。
「…………。」
三人の動きが止まった。
「今、鳴ったよな?」
「鳴った。」
「……逃げる?」
「いや、箱開けよう。」
恐る恐る蓋を開ける。
中には一本の巻物。
「やった!」
アキノリが嬉しそうに広げる。
しかし。
「……あれ?」
真っ白だった。
何も書かれていない。
「え?」
「裏は?」
真っ白。
「隠し文字?」
光にかざす。
やはり真っ白。
三人は顔を見合わせた。
「……間違えた?」
「いや、この箱しか無かったぞ。」
「と、とりあえず先生のところへ行こう!」
「だな!」
三人は巻物を抱え、そのまま城を飛び出した。
[newpage]
屋根を駆け、
壁を跳び、
来た時以上の勢いで城を脱出する。
その後ろ姿を、屋根の上から忍者講師が静かに見送っていた。
「ふふ……。」
その笑みの意味を、まだ三人は知らないのだった。