ドリーマーズランドから帰ってきて数日。
八月の終わりの空気は、まだ夏の熱を残していた。
朝の光は強く、蝉の声は衰える気配がない。
それでも、今日から学校が始まる。
#朔夜はいつものようにランドセルを背負い、家を出た。
(……久しぶりだな)
久しぶりの通学路は、どこか違って見えた。
夏休みの間に少し伸びた雑草や、色あせた日除け。
けれど、そこに立つと「日常」が戻ってきた気がした。
教室に入ると、すぐに声が飛んできた。
「おーい#朔夜!」
「久しぶり!」
「夏休みどうだった?」
同級生たちが次々に集まる。
#朔夜は軽く手を上げる。
「まあ……色々あったよ」
「何それ、気になるんだけど!」
「旅行行ったのか?」
「まあ、そんなところ」
曖昧な返事。
当然ながら、ミステリートレインや恐竜の星の話はできない。
そのやり取りを遠巻きに見ながら、のび太がぽつりと呟いた。
「ぼくは……宿題が大変だったよ……」
ドラえもんが横でため息をつく。
「だから早くやれって言ったのに」
教室にいつもの空気が戻っていく。
始業式の後、最初の授業は担任からの連絡だった。
[newpage]
「では、夏休みの宿題を提出してください」
その一言で教室がざわつく。
「やべ……」
「家に忘れました!」
「昨日やろうと思ってた!」
「明日持ってきます!」
あちこちから苦しい言い訳が飛び交う。
担任は慣れたようにため息をついた。
「毎年同じことを言うな」
クラスが笑いに包まれる。
#朔夜は黙って、自分のノートと作品を机に並べた。
提出物はすべて揃っている。
「#朔夜君は全部出てるね」
担任が確認し、静かに頷く。
「みんなも見習うように」
「さすが#朔夜」
「真面目すぎるだろ」
周囲からそんな声が聞こえる。
#朔夜は少しだけ肩をすくめた。
しかし内心は違っていた。
自由研究だけは……)
そこだけが、どうにも引っかかる。
他の宿題は完璧だ。
問題集も、読書感想文も、工作も。
だが自由研究だけは、自信が持てなかった。
[newpage]
理由は単純だった。
この夏は、あまりにも色々なことが起きすぎた。
どれも普通の「観察」では終わらない体験だった。
結果として、まともに一つのテーマを掘り下げる時間がなかった。
だから#朔夜の自由研究は、「調べた」というより「聞いた話をまとめた」ものになっている。
授業が終わり、放課後。
教室の片付けが終わる頃、職員室では担任が机に向かっていた。
外ではまだ蝉が鳴いている。
しかし校舎の中は静かだった。
吹奏楽部の音も、運動部の掛け声もない。
始業式直後の校舎は、まだ完全には動き出していない。
その静けさの中で、紙をめくる音だけが響いていた。
「……さて」
担任は提出された自由研究を一冊ずつ開いていく。
昆虫採集。
植物観察。
工作。
それぞれに夏らしい工夫があった。
「これもいいな……」
小さく呟きながら次へ進む。
そして、一冊のノートで手が止まった。
表紙には丁寧な文字で書かれている。
『妖怪と幽霊の違いについて』
「……ほう」
担任は少しだけ興味を示し、ページをめくった。
目次、調査方法、まとめ。
そこには目玉おやじや、アキノリの祖母への聞き取りが記されていた。
「目玉おやじ……?」
思わず小さく声が漏れる。
だが内容はしっかりしている。
幽霊とは何か。
悪霊とは何か。
妖怪とは何か。
それぞれの違いを、自分なりに整理している。
(よく調べているな……)
担任は一度ノートを閉じ、少し考えるように天井を見上げた。
そして小さく呟いた。
「境港へ行ったことがあるのかな……」
誰に向けた言葉でもない。
ただの独り言だった。
しかしその一言には、どこか引っかかるものがあった。
担任は再びノートを開き、静かに読み進めていった。
夕暮れ。
窓から差し込む光が少しだけ傾いていた。
夏が終わりかけていることを、静かに告げるように。
蝉の声が遠くなる。
代わりに、校舎の中に静かな日常の音が戻っていく。
そして、夏休みは完全に終わった。