「アヤメちゃん、一人で来たの?」
展示ケースの前で足を止めた#朔夜が尋ねると、アヤメは小さく首を横に振った。
「ううん。学校の課外授業。」
「そうなんだ。」
「#朔夜君も?」
「うん。社会の先生が企画してくれて。」
「一緒だね。」
そう言って微笑むアヤメの表情は、普段と何も変わらない。
あの時――童話の星で見せた異質な雰囲気など、微塵も感じさせなかった。
「そうだ。」
アヤメは何かを思い出したように振り返る。
「紹介するね。」
少し離れた場所で展示を見ていた二人が近付いてきた。
一人は#朔夜達と同じくらいの年頃の少年。
蒼みがかった髪に鋭い目付き。
もう一人は落ち着いた雰囲気の男性だった。
「同じクラスの酒呑ハルヤ君。」
少年は軽く会釈をする。
「それから、引率の島之内先生。」
「こんにちは。」
島之内は柔らかく微笑んだ。
#朔夜も軽く頭を下げる。
「#朔夜です。」
その瞬間だった。
ハルヤの視線が、#朔夜の胸元で止まる。
ネックレス。
服の下から少しだけ覗いた宝石が、照明を受けて静かに光っていた。
ハルヤの眉がわずかに動く。
視線が宝石から朔夜の顔へ移る。
そして、何の前触れもなく口を開いた。
「……お前、何者だ?」
その場の空気が一瞬止まった。
「ハルヤ君?」
アヤメが不思議そうに首を傾げる。
#朔夜は驚いたものの、表情は変えない。
(……またか。)
童話の星でアヤメに言われた言葉。
『君は何者?』
そして今度は、その友人らしき少年から同じような問い。
だが、ハルヤの表情を見る限り、悪意があるようには思えなかった。
むしろ――警戒。
(アヤメちゃんを"姫"って呼んでたな。)
先ほどから何度も耳にしていた呼び名。
その呼び方も、どこか普通ではない。
(知らない奴が話しかけてきたから警戒してるだけ……かな。)
#朔夜はそう結論付けた。
「普通の小学生だけど。」
そう答えると、ハルヤは黙ったまま視線を外した。
納得した様子ではない。
しかし、それ以上追及してくることもなかった。
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場の空気を変えるように、島之内が口を開く。
「ところで君は?」
「小学校の課外授業で来ました。」
「そうか。」
島之内は頷く。
「引率の先生は?」
「あそこです。」
#朔夜は迷わず一方向を指差した。
島之内とアヤメ達が視線を向ける。
そこでは――
「この展示は、水木しげる先生が実際に全国を回って集めた民間伝承がですね……!」
社会科教師が、展示パネルの前で熱弁を振るっていた。
周囲には数人の生徒。
いや、生徒というより、完全に聞き役にされている。
「それで妖怪というものは――」
「先生。」
島之内が声を掛ける。
返事はない。
「先生。」
まだ気付かない。
「先生。」
三度目でようやく振り返った。
「あっ、どうも。」
「どうも、ではありません。」
島之内の目がぎらりと光る。
「生徒から目を離してどうするんですか。」
「あ……。」
「課外授業ですよ?」
「その……展示が面白くて。」
「気持ちは分かります。」
一拍置いて。
「ですが先生でしょう。」
「……はい。」
しゅんと肩を落とす社会科教師。
その様子に周囲の生徒が思わず笑う。
#朔夜も口元を少しだけ緩めた。
(ざまぁないな。)
社会科教師は照れ臭そうに頭を掻いている。
その時だった。
――ぞくり。
背筋を何かが撫でたような感覚。
#朔夜の笑みが消える。
(……?)
誰かに見られている。
そんな感覚。
ゆっくりと振り返る。
展示室。
観光客。
生徒。
館内スタッフ。
誰もこちらを見ていない。
(気のせい……?)
気のせいだったのだろうか。
首を傾げながらも、それ以上気にすることはなかった。
館内放送が流れる。
『まもなく特別展示の解説を開始いたします。』
生徒達が再び展示室の奥へ歩き始める。
#朔夜もノートを閉じ、小さく息を吐いた。
慌てて柱の陰に隠れた視線の主を知らぬまま。