水木しげる記念館での見学を終え、一行は入口前へと集まっていた。
「全員いるな?」
先生が名簿を見ながら点呼を取る。
名前を呼ばれるたびに、生徒達が返事を返していく。
「よし。じゃあ駅までバスで移動するぞ。」
生徒達はそれぞれ荷物を持ち、停車していた観光バスへ乗り込んでいった。
車内は年季の入った造りで、座席の布地もどこか色褪せている。
天井の蛍光灯は時折、
チカ……。
と小さく明滅していた。
「このバス、古そうだね。」
誰かが苦笑すると、運転手がミラー越しに笑う。
「ははは。長い付き合いの相棒ですから。まだまだ現役ですよ。」
その言葉に、生徒達も安心したように笑った。
その一方で――。
「今日は本当に申し訳ありませんでした。」
社会科教師が小さく頭を下げる。
その相手は島之内先生だった。
「展示に夢中になる気持ちは分かります。」
島之内先生は苦笑しながら答える。
「ですが、引率は先生の仕事です。生徒から目を離してはいけません。」
「返す言葉もありません……。」
しょんぼりと肩を落とす社会科教師。
その様子を見た生徒達が小さく笑う。
「先生、また怒られてる。」
「さっきもだったよね。」
「ざまぁない。」
#朔夜も思わず口元を緩めた。
いつもは頼りになる先生も、今日は少しだけ情けなく見えた。
バスがゆっくりと走り始める。
窓の外では、妖怪のブロンズ像が次々と後ろへ流れていった。
しばらくすると、隣の席から声が掛かった。
「#朔夜君。」
アヤメだった。
「今日はいっぱいメモ取ってたね。」
「自由研究の参考になるかなって。」
「真面目だね。」
「アヤメちゃんは?」
「私は見るのに夢中だったかな。」
二人がそんな話をしていると、
「姫。」
低い声が割って入る。
ハルヤだった。
「そろそろ水分を。」
「え? うん。」
アヤメはバッグから水筒を取り出す。
「ありがとう。」
ハルヤは静かに頷く。
#朔夜はその様子を見て、小さく首を傾げた。
(姫、か。)
さっきからずっとそう呼んでいる。
しかも、少し話そうとするたびに間へ入ってくる。
(……仲がいいんだな。)
いや。
仲がいいというより。
(好きなのかな。)
好きな子が知らない男子と話しているのが気になる。
そんな風にも見えた。
(まあ、そういう年頃か。)
#朔夜は一人で納得した。
そんなことなど露知らず、ハルヤは窓の外を警戒するように眺め続けていた。
バスは一定の速度で走り続ける。
ガタ、ガタン。
古い車体が細かく揺れる。
心地よい振動。
冷房の涼しさ。
歩き回った疲れ。
少しずつ、瞼が重くなっていく。
(……眠い。)
朔夜は軽く欠伸をした。
ぼんやりと車内を見回す。
[newpage]
前の席。
後ろの席。
窓際。
その時だった。
数列前に座る、一人の青年が目に入る。
黒髪。
どこか冷たい雰囲気。
(……あれ。)
どこかで見たような。
今日だったか。
昨日だったか。
思い出そうとしても、頭が働かない。
少年は窓の外を見ていた。
こちらには気付いていないように見える。
(誰だったかな……。)
考えようとしたところで、またバスが揺れた。
ガタン。
その振動に合わせるように、意識もゆっくりと沈んでいく。
(……まあ、いいか。)
瞼が閉じた。
[newpage]
その様子を、数列前の青年――石動零は横目で確認する。
(眠ったか。)
小さく息を吐く。
(神卸しを成した者……。)
間違いない。
だが、この場で接触するべきではない。
そう判断し、再び前を向いた。
その瞬間。
チカ。
車内の照明が一度だけ点滅した。
「また消えそう。」
誰かが笑う。
運転手も苦笑しながら言う。
「すみませんねぇ。この照明、たまに機嫌が悪くなるんですよ。」
車内には、まだ和やかな空気が流れていた。
しかし。
零だけは静かに目を細める。
(違う。)
照明の異変ではない。
もっと別の――。
チカ、チカ……。
明滅の間隔が短くなる。
誰かが顔を上げた。
「え?」
その直後。
パンッ。
小さな破裂音とともに、車内の照明が一斉に落ちた。
窓の外の景色さえ見えないほどの闇が、バスの中を包み込んだ_。