ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

118 / 165
#百十八話

肩を強く揺さぶられる感覚で、#朔夜はゆっくりと意識を取り戻した。

「……おい。」

低く落ち着いた声。

「起きろ。」

「……ん。」

重たい瞼を開ける。

ぼやけた視界の中、一人の青年が立っていた。

黒髪。

その前髪の間から覗く鋭い眼差し。

一房だけ赤く染まったメッシュが、薄暗いホームの灯りに照らされている。

青年は腕を組んだまま、小さく息を吐いた。

「起きたか。」

#朔夜はまだ寝ぼけ眼のまま青年を見上げる。

「……おはようございます?」

反射的に挨拶を返した。

青年は一瞬だけ黙り込む。

そして、心底呆れたような顔をした。

「……。」

「えっと。」

#朔夜は青年の顔をじっと見つめる。

「前に……会ったこと、ありませんでしたっけ?」

青年は額へ手を当てた。

「ある。」

「え?」

「会った。」

短く答える。

しかし#朔夜の記憶は曖昧なままだ。

すると青年は淡々と言った。

「正確には、お前が一方的に走って行った。」

「……。」

「名前も聞かず。」

「……。」

「名乗る暇もなく。」

その言葉で、#朔夜の脳裏に夏の日の記憶が蘇る。

山の中。

天狗に攫われたユウマを追って_

「あっ!」

思わず声が漏れた。

「あの時の人!」

「やっと思い出したか。」

青年は呆れ半分、安堵半分といった表情を浮かべる。

[newpage]

その瞬間。

「くくく.....これは愉快」

笑い声が響いた。

青年の肩口から、角を生やした半透明の鬼がひょいと姿を現す。

腹を抱え、涙を浮かべて笑っている。

「笑うな、伊吹丸。」

青年が冷たく言う。

「笑わずにおれようか、零よ!」

鬼はなおも笑い続ける。

「おぬし、せっかく再び巡り会えたというに、忘れ去られておったとは!」

「忘れられてたわけじゃない。」

「寝ぼけていただけだろう。」

「似たようなものじゃ。」

「違う。」

二人は真顔で言い合う。

その様子を見た#朔夜は苦笑した。

「すみません……。」

「いや、謝られても困る。」

零はため息を吐く。

「今さらだ。」

「本当にすみません。」

「……素直な童よの。」

鬼は笑いを収め、胸を張った。

「儂は伊吹丸。」

「平安の世より在りし鬼であり、今は零と契約を交わしておる。」

「石動零。」

青年も短く名乗った。

「よろしく。」

#朔夜も慌てて頭を下げる。

「#朔夜です。」

「うむ。」

伊吹丸は満足そうに頷いた。

「これでようやく互いに名を知ったわけじゃ。」

「二度目でな。」

零がぼそりと付け加える。

#朔夜は照れ臭そうに頭を掻いた。

「……面目ないです。」

伊吹丸は鼻を鳴らす。

「まあよい。」

「若いうちは失敗も経験のうちじゃ。」

「伊吹丸。」

「何じゃ。」

「急に年寄り臭い。」

「儂は年寄りではない。」

「千年以上生きてるだろ。」

「鬼には鬼の時間がある。」

「便利な言葉だな。」

思わず#朔夜は吹き出した。

(仲いいな。)

そんなことを思いながら、改めて周囲を見回した。

[newpage]

そこは人気のないホームだった。

街灯がぼんやりと灯り、線路だけが闇の中へ伸びている。

バスもない。

先生もいない。

アヤメも。

ハルヤも。

誰一人として姿が見えなかった。

「ここ……。」

#朔夜はホーム中央に立つ駅名標へ歩み寄る。

白い看板。

黒い文字。

そこにははっきりと書かれていた。

『きさらぎ駅』

「……。」

#朔夜は思わず息を呑む。

「きさらぎ駅。」

零も静かに駅名を見つめる。

「知っているのか。」

「詳しくはないですけど。」

#朔夜は頷く。

「ネットの怪談で有名な駅ですよね。」

「異世界へ迷い込むっていう……。」

零も小さく頷いた。

「俺も知ってる。」

「洒落にならない話――洒落怖として有名だ。」

「まさか実在するとは思ってなかった。」

その会話を聞きながら、

伊吹丸だけが首を傾げる。

「……何の話をしておる。」

零が振り返る。

「知らないのか?」

「知らぬ。」

伊吹丸は腕を組み、

「『きさらぎ』とは古く鬼を指す言葉。」

「それは知っておる。」

「されど、駅の名になっておる話など初耳じゃ。」

「儂は平安の鬼ぞ。」

「近頃の怪談まで追ってはおらぬ。」

「そんな暇はないのでな。」

零は苦笑した。

「まあ、ネット怪談だからな。」

「ねっと……?」

「現代の情報網だ。」

「ほう。」

伊吹丸は納得したような、していないような顔をする。

「つまり近頃の人間は、その"ねっと"なるものへ怪談を書き記しておるのか。」

「大体そんな感じ。」

「難儀な世じゃ。」

#朔夜は思わず笑った。

「そういう反応になるんですね。」

「儂は昔の鬼ゆえな。」

伊吹丸は腕を組み直す。

「しかし。」

その表情が少しだけ険しくなった。

「この名は気になる。」

「鬼の名を冠する土地が、穏やかなはずもあるまい。」

[newpage]

その時だった。

ドン。

遠くで太鼓が鳴った。

三人が同時に顔を上げる。

ドン……ドン……。

一定の間隔。

祭囃子のような音色。

笛。

鈴。

どこか懐かしく、それでいて不気味な旋律。

音はゆっくりと近付いてくる。

伊吹丸の笑みが消えた。

「……零。」

「ああ。」

零は静かに腰の刀へ手を添える。

「祭りじゃない。」

その一言で空気が張り詰めた。

#朔夜も無意識に弓袋を握り締める。

暗闇の向こうから、祭囃子だけが一歩、また一歩と近付いてくる。

まるで――

何者かを迎えに来るかのように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。