ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

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#百十九話

夜風が頬を撫でる。

ホームには誰一人としていない。

#朔夜は辺りを見回した。

古びた駅舎。錆び付いたベンチ。灯りは点いているというのに、人の気配だけが綺麗さっぱり消えている。

駅名標には、確かにこう書かれていた。

**――きさらぎ駅。**

都市伝説として有名なその名前に、#朔夜は思わず息を呑む。

「きさらぎ駅……。」

「知っているのか。」

零さんが静かに尋ねた。

「ネットの怪談で聞いたことがあるくらいです。」

「異世界へ迷い込む駅……でしたっけ。」

「……俺も知っている。」

零さんも駅名標を見つめた。

「洒落にならない話――洒落怖として有名な話だ。」

「まさか本当にあるとは思っていなかったが。」

その横で伊吹丸さんだけが首を傾げる。

「『きさらぎ』とは鬼を指す古き言葉。」

「それは知ってる。」

「されど、このような怪談は初耳じゃ。」

「現代の話ですからね。」

#朔夜が苦笑すると、伊吹丸さんは「難儀な世よ」と腕を組んだ。

とりあえず駅舎を調べてみた。

改札には誰もいない。

事務室も無人。

時刻表は貼られているが、肝心の時刻だけが白紙になっていた。

[newpage]

「誰も……いませんね。」

「電車も来そうにない。」

零さんは線路の先を見据える。

闇がどこまでも続いていた。

「待っていても仕方あるまい。」

伊吹丸さんが呟く。

「隣駅まで歩くしかないな。」

零さんがホームから線路を見下ろす。

#朔夜も頷いた。

原作――いや、都市伝説でも、線路を歩いて隣駅へ向かったはずだ。

他に方法もない。

「行きましょう。」

三人はホームから線路へ降りた。

砂利を踏む音だけが夜に響く。

[newpage]

その時だった。

「ちょっと待って。」

不意に背後から声がした。

三人が同時に振り返る。

ホームのベンチに、一人の高校生が座っていた。

制服姿。

少し癖のある黒髪。

どこか眠たそうな目をしている。

いつからそこにいたのか。

誰一人、その存在に気付かなかった。

――キィン。

甲高い金属音が夜気を裂く。

次の瞬間には、零さんの姿が消えていた。

「!」

気付けば高校生の目の前。

いつ抜いたのか分からない刀が、その喉元へ真っ直ぐ突き付けられていた。

刀身が街灯を受け、鈍く光る。

恐らく、本物だ。

「何者だ。」

低い声。

高校生は切っ先を前にしても表情一つ変えなかった。

「あはは。」

「初対面でそれ?」

困ったように笑うだけである。

「答えろ。」

「怪しい者じゃないよ。」

「十分怪しい。」

「それは否定できないかな。」

飄々とした態度は変わらない。

#朔夜はその横顔を見つめた。

(あれ……。)

見覚えがある。

どこだっただろう。

夜。

屋台。

妖怪。

そして――。

「あっ!」

思わず声が出た。

「マオさん!」

高校生がこちらを見る。

「あれ?」

「#朔夜君。」

「久しぶり。」

その一言で確信した。

「やっぱり!」

「夜市の時の!」

「助けてもらいましたよね!」

零さんが僅かに視線だけを#朔夜へ向ける。

[newpage]

「知り合いか。」

「知り合いどころじゃありません。」

#朔夜は即座に答えた。

「恩人です。」

「あの時、この人がいなかったら僕、多分大変なことになってました。」

それでも。

零さんの刀は一ミリたりとも下がらない。

切っ先は依然としてマオさんの喉元を捉え続けていた。

「……。」

沈黙。

マオさんは肩を竦める。

「信用ないなぁ。」

「当然だ。」

零さんは即答した。

「気配を消して近付く人間など信用できるか。」

「消した覚えはないんだけど。」

「なお悪い。」

そのやり取りを聞いていた伊吹丸さんが、小さくため息を吐いた。

「零。」

「何だ。」

「刀を納めよ。」

「理由は。」

伊吹丸さんは真っ直ぐマオさんを見る。

その目には先程までの軽さがない。

「その童。」

「おぬしでは勝てぬ。」

零さんの眉が僅かに動く。

「……本気か。」

「うむ。」

「少なくとも。」

「ここで刃を交える相手ではない。」

短い沈黙。

やがて零さんは静かに刀を引いた。

鞘へ収まる音だけが響く。

「忠告だから従う。」

零さんはそう言った。

マオさんは苦笑しながら頭を掻く。

「鬼にそこまで言われると照れるなぁ。」

「褒めておらぬ。」

伊吹丸さんは鼻を鳴らした。

「ただ事実を述べただけじゃ。」

#朔夜は二人を交互に見た。

そんなに強い人だったんだ……。)

夜市で助けてくれた時は、優しいお兄さんという印象しかなかった。

「ところで。」

マオさんが線路の先へ目を向ける。

「早く行こう。」

「太鼓の音が近付いてる。」

その言葉に三人は耳を澄ませる。

――ドン。

遠くで太鼓が鳴った。

――ドン……ドン……。

祭囃子のような、不気味な音色。

先程よりも確実に近付いてきている。

「急いだ方がいい。」

マオさんはそう言うと、何の迷いもなく線路の上を歩き始めた。

[newpage]

「知っているのか。」

零さんが問い掛ける。

「少しだけ。」

マオさんは振り返らず答える。

「説明は歩きながら。」

#朔夜、零さん、伊吹丸さんも後に続く。

四人は暗い線路を、一歩、また一歩と進んでいく。

背後では祭囃子が、まるで追い立てるように鳴り響いていた。

夜の闇は深く。

線路の先には、何一つ見えない。

それでも四人は歩みを止めなかった。

異界の駅――きさらぎ駅を後にするために。

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