夜風が頬を撫でる。
ホームには誰一人としていない。
#朔夜は辺りを見回した。
古びた駅舎。錆び付いたベンチ。灯りは点いているというのに、人の気配だけが綺麗さっぱり消えている。
駅名標には、確かにこう書かれていた。
**――きさらぎ駅。**
都市伝説として有名なその名前に、#朔夜は思わず息を呑む。
「きさらぎ駅……。」
「知っているのか。」
零さんが静かに尋ねた。
「ネットの怪談で聞いたことがあるくらいです。」
「異世界へ迷い込む駅……でしたっけ。」
「……俺も知っている。」
零さんも駅名標を見つめた。
「洒落にならない話――洒落怖として有名な話だ。」
「まさか本当にあるとは思っていなかったが。」
その横で伊吹丸さんだけが首を傾げる。
「『きさらぎ』とは鬼を指す古き言葉。」
「それは知ってる。」
「されど、このような怪談は初耳じゃ。」
「現代の話ですからね。」
#朔夜が苦笑すると、伊吹丸さんは「難儀な世よ」と腕を組んだ。
とりあえず駅舎を調べてみた。
改札には誰もいない。
事務室も無人。
時刻表は貼られているが、肝心の時刻だけが白紙になっていた。
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「誰も……いませんね。」
「電車も来そうにない。」
零さんは線路の先を見据える。
闇がどこまでも続いていた。
「待っていても仕方あるまい。」
伊吹丸さんが呟く。
「隣駅まで歩くしかないな。」
零さんがホームから線路を見下ろす。
#朔夜も頷いた。
原作――いや、都市伝説でも、線路を歩いて隣駅へ向かったはずだ。
他に方法もない。
「行きましょう。」
三人はホームから線路へ降りた。
砂利を踏む音だけが夜に響く。
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その時だった。
「ちょっと待って。」
不意に背後から声がした。
三人が同時に振り返る。
ホームのベンチに、一人の高校生が座っていた。
制服姿。
少し癖のある黒髪。
どこか眠たそうな目をしている。
いつからそこにいたのか。
誰一人、その存在に気付かなかった。
――キィン。
甲高い金属音が夜気を裂く。
次の瞬間には、零さんの姿が消えていた。
「!」
気付けば高校生の目の前。
いつ抜いたのか分からない刀が、その喉元へ真っ直ぐ突き付けられていた。
刀身が街灯を受け、鈍く光る。
恐らく、本物だ。
「何者だ。」
低い声。
高校生は切っ先を前にしても表情一つ変えなかった。
「あはは。」
「初対面でそれ?」
困ったように笑うだけである。
「答えろ。」
「怪しい者じゃないよ。」
「十分怪しい。」
「それは否定できないかな。」
飄々とした態度は変わらない。
#朔夜はその横顔を見つめた。
(あれ……。)
見覚えがある。
どこだっただろう。
夜。
屋台。
妖怪。
そして――。
「あっ!」
思わず声が出た。
「マオさん!」
高校生がこちらを見る。
「あれ?」
「#朔夜君。」
「久しぶり。」
その一言で確信した。
「やっぱり!」
「夜市の時の!」
「助けてもらいましたよね!」
零さんが僅かに視線だけを#朔夜へ向ける。
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「知り合いか。」
「知り合いどころじゃありません。」
#朔夜は即座に答えた。
「恩人です。」
「あの時、この人がいなかったら僕、多分大変なことになってました。」
それでも。
零さんの刀は一ミリたりとも下がらない。
切っ先は依然としてマオさんの喉元を捉え続けていた。
「……。」
沈黙。
マオさんは肩を竦める。
「信用ないなぁ。」
「当然だ。」
零さんは即答した。
「気配を消して近付く人間など信用できるか。」
「消した覚えはないんだけど。」
「なお悪い。」
そのやり取りを聞いていた伊吹丸さんが、小さくため息を吐いた。
「零。」
「何だ。」
「刀を納めよ。」
「理由は。」
伊吹丸さんは真っ直ぐマオさんを見る。
その目には先程までの軽さがない。
「その童。」
「おぬしでは勝てぬ。」
零さんの眉が僅かに動く。
「……本気か。」
「うむ。」
「少なくとも。」
「ここで刃を交える相手ではない。」
短い沈黙。
やがて零さんは静かに刀を引いた。
鞘へ収まる音だけが響く。
「忠告だから従う。」
零さんはそう言った。
マオさんは苦笑しながら頭を掻く。
「鬼にそこまで言われると照れるなぁ。」
「褒めておらぬ。」
伊吹丸さんは鼻を鳴らした。
「ただ事実を述べただけじゃ。」
#朔夜は二人を交互に見た。
そんなに強い人だったんだ……。)
夜市で助けてくれた時は、優しいお兄さんという印象しかなかった。
「ところで。」
マオさんが線路の先へ目を向ける。
「早く行こう。」
「太鼓の音が近付いてる。」
その言葉に三人は耳を澄ませる。
――ドン。
遠くで太鼓が鳴った。
――ドン……ドン……。
祭囃子のような、不気味な音色。
先程よりも確実に近付いてきている。
「急いだ方がいい。」
マオさんはそう言うと、何の迷いもなく線路の上を歩き始めた。
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「知っているのか。」
零さんが問い掛ける。
「少しだけ。」
マオさんは振り返らず答える。
「説明は歩きながら。」
#朔夜、零さん、伊吹丸さんも後に続く。
四人は暗い線路を、一歩、また一歩と進んでいく。
背後では祭囃子が、まるで追い立てるように鳴り響いていた。
夜の闇は深く。
線路の先には、何一つ見えない。
それでも四人は歩みを止めなかった。
異界の駅――きさらぎ駅を後にするために。