線路を四人は歩いていた。
街灯の灯りは駅を離れるにつれ少なくなり、今ではスマホのライトだけが足元を照らしている。
枕木を踏む音が一定の間隔で響く。
そして、それを追い立てるように――。
ドン……。
遠くから祭囃子の太鼓が鳴る。
一定のリズム。
止まる気配はない。
むしろ、ゆっくりと距離を縮めてきているようだった。
先頭を歩くマオさんが、不意に振り返った。
「そういえば。」
何気ない口調だった。
「あの宝石、役に立った?」
#朔夜は首を傾げる。
「宝石……ですか?」
「ほら。」
マオは自分の首元を指差した。
「夜市で渡したやつ。」
「ああ。」
#朔夜は胸元のネックレスへ手を添えた。
妖怪縁日でマオから譲り受けた宝石。
それ以来、肌身離さず身につけている。
「役に立ったというか……。」
「お守りみたいな感じで持ってます。」
「そう。」
マオは満足そうに笑った。
「なら良かった。」
「……。」
その会話を聞いていた零さんが、嫌そうに眉をひそめる。
「お前が渡したのか。」
静かな声だった。
だが、その声音には明らかな警戒が混じっている。
「うん。」
マオはあっさり頷く。
「僕が渡した。」
「……何を考えている。」
「何も?」
へらり、と笑う。
「あるべき場所へ返しただけだよ。」
「僕は。」
[newpage]
零さんの目が細くなる。
「……返した?」
「そう。」
「持ち主のところへ。」
#朔夜はぽかんとした。
「持ち主って……。」
思わず自分を指差す。
「僕ですか?」
「うん。」
「君。」
「え?」
「え?」
意味が分からない。
初めて会った日に譲ってもらった宝石だ。
自分の物だった覚えなどない。
隣では伊吹丸さんが興味深そうに宝石を眺めていた。
「……ほう。」
「どうかしました?」
#朔夜が尋ねる。
伊吹丸さんは腕を組み、しばらく黙っていた。
「その石。」
「只の石ではない。」
零さんも視線を向ける。
「気付いていたか。」
「当然じゃ。」
「分からぬほど[[rb:耄碌 > もうろく]]してはおらぬ。」
伊吹丸さんは鼻を鳴らした。
「名は知らぬ。」
「由来も知らぬ。」
「じゃが……。」
一歩、#朔夜へ近付く。
「妙な力を宿しておる。」
「妙?」
「うむ。」
伊吹丸さんは宝石を見つめたまま続ける。
[newpage]
「妖力とも違う。」
「神気とも違う。」
「されど、そのどちらにも似ておる。」
「不思議な石じゃ。」
零さんが短く問う。
「説明できるか。」
「できぬ。」
即答だった。
「分からぬものは分からぬ。」
「ただ。」
伊吹丸さんはマオさんを見る。
「これほどの力を宿した物を、軽々しく人へ渡すような代物ではない。」
「ふふ。」
マオさんは笑うだけだった。
「だから返したんだよ。」
「あるべき場所へ。」
「……。」
零さんは黙る。
その視線は依然として鋭い。
刀こそ抜いていないものの、警戒は少しも解いていないようだった。
「零。」
伊吹丸さんが呆れたように言う。
「そのような顔をするでない。」
「信用できん。」
「分かっておる。」
「だが。」
鬼は肩を竦める。
「今ここで揉めても仕方あるまい。」
「むしろ。」
前方を見据える。
「敵は別におる。」
その言葉に全員が足を止めた。
ドン……。
太鼓が鳴る。
先ほどより近い。
耳の奥まで響くような重低音。
「近付いてる。」
マオさんが静かに言った。
「急ごう。」
四人は再び歩き始めた。
やがて、線路の先に黒い穴が見えてくる。
トンネルだった。
古びた煉瓦造り。
入口はぽっかりと口を開け、光を拒むような闇に包まれている。
[newpage]
「ここか。」
零さんが呟く。
#朔夜は無意識に喉を鳴らした。
都市伝説では、この辺りで片足の老人と遭遇したはずだ。
スマホのライトを向ける。
誰もいない。
入口にも。
線路脇にも。
闇の奥にも。
人影一つ見当たらなかった。
「……いませんね。」
「その方が気味が悪い。」
零さんが短く答える。
伊吹丸さんも周囲へ目を凝らしていた。
「気配もない。」
「静かすぎるの。」
マオさんだけは表情を変えない。
「行こう。止まってる方が危ない。」
そう言って、迷うことなくトンネルへ足を踏み入れる。
#朔夜達も続いた。
スマホのライトだけが、湿った壁を白く照らす。
ぽたり。
どこかで水滴が落ちる音。
四人は黙ったまま歩き続ける。
靴音だけが反響する。
コツ。
コツ。コツ。
コツ。
……コツ。
#朔夜は一瞬だけ眉をひそめた。
(……あれ?)
歩調を合わせているはずなのに。
靴音が、どこか一つ多く聞こえた気がした。
振り返る。
ライトが照らすのは、零さん、伊吹丸さん、マオさん。
誰も変わらず歩いている。
「どうした?」
零さんが振り返る。
「いえ……。」
#朔夜は首を横に振った。
「気のせい……です。」
「そうか。」
再び歩き出す。
だが、胸の奥に引っ掛かりだけが残った。
コツ。
また一つ。
自分達のものではない足音が、暗いトンネルの奥から静かに響いた気がした。
そして――。
ドン。
祭囃子の太鼓だけは、相変わらず鳴り止むことなく、闇の向こうから四人を追い続けていた。