かたす駅は、思っていた以上に「普通の無人駅」だった。
古びたホーム。
風に揺れる雑草。
遠くで鳴く虫の声。
だがその「普通さ」が、逆に異物だった。
ここは、都市伝説の続きにある場所だと知っているからこそ。
「……本当に、繋がってるんだな」
#朔夜がぽつりと呟く。
テレビ番組や特集で、いわゆる“きさらぎ駅”の話を知っていた。
画面越しの作り話のはずだったものが、今は足元にある。
一方で零さんは違う。
「洒落怖」で、何度も読み返した側の人間だった。
「きさらぎ駅からの派生地点……“かたす駅”か」
静かに呟く声は冷たい。
「原典通りなら、ここから先で“帰れるかどうか”が決まる」
その言葉に、空気がわずかに重くなる。
そして──
「へぇ。詳しいんだね」
場違いなほど軽い声。
マオさんだった。
ホームの端に寄りかかり、へらへらと笑っている。
緊張感がない。むしろ楽しんでいるようにすら見える。
[newpage]
零さんの視線が鋭くなる。
「お前は何者だ」
「ただの案内役だよ」
「信用できないな」
「それ、よく言われる」
軽い返事。
だが、その目だけは笑っていなかった。
#朔夜は二人の間に漂う空気を見て、少しだけ気を遣うように口を開く。
「とりあえず……連絡先、交換しません?」
「は?」
零さんが即座に反応する。
「今ここでか?」
「いや、こういう状況だし……もしはぐれたら困るじゃないですか」
合理的な提案だった。
零は一瞬迷うが、すぐにスマホを取り出す。
「……いいだろう」
マオは相変わらず軽い。
「いいよ、いいよ。そういうの嫌いじゃないし」
へらへら笑いながら端末を差し出す。
三人は連絡先を交換した。
ホームには静けさが戻る。
しかし遠くから、まだ祭囃子のような残響が微かに聞こえている気がした。
[newpage]
ドン……。
一定の間隔。
見えない何かが、まだこちらを追っている。
「……電車、来るんですかね」
#朔夜が空を見上げるように言う。
「来るさ」
零さんが即答する。
「“来てしまう”と言った方が正しいかもしれないがな」
「怖いこと言わないでくださいよ」
#朔夜は苦笑する。
その時だった。
ガタン。
遠くから、鉄の軋む音。
誰もいないはずの線路の奥に、光が見えた。
「……来た」
零さんが低く言う。
それは、普通の電車だった。
古い車体。
しかし窓の中は暗く、誰も乗っている気配がない。
なのに、確かに“こちらへ来る意思”だけがある。
速度を落とし、ホームへ滑り込むように停止する。
シュー……
車体の横で、古いドアがゆっくりと開いた。
同時に──
窓が、下がった。
まるで誰かがこちらを覗くために。
「……え?」
#朔夜が息を呑む。
電車の中は、空っぽだった。
しかし“空っぽなのに、見られている”感覚だけが残る。
「ねぇ」
マオさんが突然、声を上げる。
「ちょっと話してくるね」
そう言って、電車の窓に近づく。
「おい」
零さんが止めようとするが、マオさんはもう動いていた。
窓際に立ち、何かと話している。
だが──声は聞こえない。
まるで、音だけが切り取られているようだった。
[newpage]
数秒。
マオさんはふっと笑った。
そしてこちらを振り返る。
「乗せてくれるって」
「……は?」
#朔夜が目を瞬かせる。
「誰が?」
「電車」
当然のように言う。
零さんの目が細くなる。
「何を勝手に──」
しかしマオは気にしない。
むしろ楽しそうに肩をすくめた。
電車のドアは開いたままだった。
まるで「早く乗れ」と言っているように。
ドン……。
また遠くで太鼓が鳴る。
だが今度は、さっきより近い。
そして速い。
#朔夜の胸元の宝石が、かすかに熱を持った。
「……これで、帰れるんですか?」
気づけば、そう口にしていた。
マオは一瞬だけ考えるような仕草をして──
「たぶん?」
小さく笑って言った。
その「たぶん」は、肯定ではない。
否定でもない。
ただの曖昧な返事。
次の瞬間だった。
「ふざけるな」
零さんが動いた。
一歩で距離を詰め、マオの襟を掴む。
「お前は、何を企んでいる」
鋭い動き。
しかしマオさんは抵抗しない。
ただ、へらへらとしたまま。
「何も企んでないよ」
「嘘をつくな」
零さんの声が低くなる。
伊吹丸さんが肩のあたりで唸る。
「零、そやつは危うい」
「分かっている」
「なら──」
言い切る前に。
「……あれ?」
#朔夜の視界が揺れた。
足元が遠くなる。
意識が、急に沈む。
「眠……」
零さんも眉をひそめる。
「……何だ?」
伊吹丸さんが目を見開く。
「これは──術ではない」
ドン。
太鼓の音が、耳のすぐそばで鳴った気がした。
マオさんが、最後にこちらを見ている。
笑っている。
いつもと同じ顔。
なのに、その奥だけが空洞のようだった。
「じゃあね」
声だけが聞こえた。