夕暮れの光が、有星神社の鳥居を朱色に染めていた。蝉の声はすでに途絶え、代わりに秋の虫が静かに鳴き始めている。境内の奥、拝殿の裏手に回り込むと、木々に隠れるようにして小さなプレハブ小屋が建っていた。
それが妖怪探偵団の“事務所”だった。
「……ここで合ってるよね」
#朔夜は周囲を見回しながら、扉の前で足を止める。外観は簡素で、工具置き場と間違えられてもおかしくない。しかし中からは明かりが漏れていた。
ノックすると、すぐに中から声がした。
「入っていいよー」
アキノリの声だった。
扉を開けると、狭い室内には簡易の机とホワイトボード、そして大量の付箋が貼られていた。ホワイトボードには、乱雑な字でこう書かれている。
《行方不明事件・調査中》
その前にアキノリとトウマが並んで立っていた。
「呼び出してごめん。ちょっと急ぎの話があるんだ」
アキノリは真面目な顔でそう切り出した。
「最近、この辺りで行方不明が増えてるのは知ってる?」
#朔夜は首を横に振る。
「ニュースにはなってないけど……」
アキノリはそう言って、スマホを机に置いた。画面には掲示板サイトのようなものが表示されている。
《うすらぬら》
妖怪や都市伝説、不可解な事件が書き込まれる匿名サイトだった。
「ここに投稿がいくつかあるんだよ」
トウマが少し身を乗り出しながら説明する。いつもより落ち着いた声で、しかしどこか慎重な響きがあった。
「共通点があるらしいんだ。失踪した人たち……全員、“顔がいい男性”っていう話でさ」
#朔夜は一瞬言葉に詰まる。
「……イケメンってこと?」
「そういう言い方になるね」
アキノリが頷く。
「年齢もバラバラ。でも、写真が出てる人はみんな整った顔立ちだった」
沈黙が落ちた。
「だからって僕を呼ぶのはどうなの」
#朔夜が呆れたように言うと、アキノリはわずかに視線を逸らした。
「……いや、その」
言いにくそうにしながらも、結局ははっきり告げる。
「#朔夜って、そういう意味では……かなり目立つからさ」
「は?」
「中性的っていうか、目を引く顔立ちだし」
トウマがフォローするように言った。
「ごめんね、嫌な言い方に聞こえたら。でも、囮として動ける人が必要なんだ」
#朔夜は小さく息を吐く。
「まあ、いいけど」
アキノリはすぐにもう一人の名前を出した。
「トウマも一緒に出てもらう。二人なら、分散して動けるし」
「僕も行くよ」
トウマは少しだけ笑って頷いた。
「#朔夜一人に任せるのは不安だし……できる範囲で手伝う」
その言葉に、室内の空気が少しだけ緩む。
やがて話は具体的な行動に移った。
[newpage]
夕暮れのサクラニュータウン。
新興住宅地の区画は整っているが、人通りは少ない。電柱の影が長く伸び、街全体がゆっくりと夜へ沈んでいく。
「この辺、意外と静かだね」
トウマが周囲を見ながら言った。
「うん。逆にこういう場所の方が、目立たない」
#朔夜は軽く周囲を確認しながら歩く。人気の少ない道、細い路地、街灯の死角。行方不明が起きるには十分すぎる条件だった。
「とりあえず今日は分かれて動くんだよね?」
トウマが確認するように言う。
「うん。怪しい動きがあれば合図するから」
「了解。……無理はしないでね」
二人は別の方向へ視線を向ける。
そのときだった。
「おーい」
軽い声が響いた。
振り向くと、道の向こうから二人の姿が近づいてくる。
酒呑ハヤトと、姫乃アヤメだった。
「こんな時間に何しているんだ?」
ハヤトが不思議そうに言う。
「ちょっと調べ物だよ」
#朔夜は即座に答える。
アヤメは#朔夜を見て、わずかに目を細めた。
「……また厄介ごと?」
「まあ、そんなところ」
軽い会話のはずなのに、アヤメの視線だけが一瞬だけ鋭くなる。
しかしそれもすぐに消えた。
「気をつけてね。最近行方不明が多いって聞くし。」
その言葉は途中で途切れた。
四人の間に短い沈黙が落ちる。
やがてハヤトが肩をすくめた。
「じゃ、俺たちはこっち行く。姫、早く帰りましょう」
「うん」
二人は去っていく。
#朔夜はその背中を見送ったまま、しばらく動けなかった。
[newpage]
夜。
サクラニュータウンに街灯が灯り始める頃、スマホが静かに震えた。
アキノリからの通知。
《うすらぬら更新》
#朔夜は画面を開く。
そこには新しい書き込みがあった。
――『誘拐されかけた』
短い投稿。
場所や詳細は書かれていない。
だが、それはこの町のどこかで“何か”が起きた証拠だった。
#朔夜は息を止める。
そのとき、少し遅れてトウマからも連絡が入る。
《今の投稿、見た?》
同時に、別ルートで動いていたアキノリも現れる。
三人は路地の角で自然と合流した。
互いに顔を見合わせる。
誰も冗談を言わなかった。
「……本当に出たな」
アキノリが低く呟く。
「これ、偶然じゃないと思う」
トウマの声も真剣だった。
#朔夜は夜の街を見渡す。
さっきまで普通に見えていた住宅街が、少しだけ違って見えた。
誰かが見ているような気配。
どこかで息を潜めているような空気。
「明日、詳しく聞き込みだね」
アキノリが言う。
誰も異論は出さなかった。
夜は完全に落ち、街は静寂に包まれる。
その静けさの奥で、何かが確かに動き始めていた。