放課後の有星神社。拝殿裏の木々を抜けた先にあるプレハブ小屋には、いつも通り妖怪探偵団の面々が集まっていた。
#朔夜が扉を開けると、狭い室内には既にアキノリとトウマが待っていた。
「来たね」
アキノリが軽く手を上げる。
昨日はいなかったナツメとケータも、今日は同席していた。
「昨日はちょっと家の用事でさ」
ケータが頭を掻きながら言う。
「私は弟の世話でね。ちょっとバタバタしてたの」
ナツメはそう言って軽く笑った。
#朔夜は「そういう日もあるか」と小さく頷く。
机の上にはアキノリのスマホが置かれていた。画面には件の掲示板《うすらぬら》が開かれている。
「昨日の件、続きだよ」
アキノリがそう切り出す。
「“誘拐されかけた”って書き込み、あれ投稿者と連絡取れた」
「もう?」
#朔夜が眉を上げると、アキノリは当然のように答えた。
「DMでね。すぐ返事来た」
「軽ッ……」
トウマが苦笑する。
「で、その人来るって?」
「今からここ来るらしい」
その言葉に一瞬、室内が静かになる。
やがて扉が勢いよく開いた。
「どうもー!!」
入ってきたのはスマホ片手の男だった。
明るい茶髪に軽いジャケット。いかにも“配信者”といった風貌。
「チャラトミでーす!!今日は妖怪探偵団に潜入ってことで!」
スマホのカメラが一斉に回る。
[newpage]
「ちょっと待て」
#朔夜が即座に手を伸ばしてスマホを押さえる。
「撮影やめてください」
「えー?これ絶対バズるでしょ!」
「バズる前に話をしてください」
アキノリがため息をつく。
「いやマジで助かったわ、呼び出し」
チャラトミは妙に満足げに笑う。
「妖怪探偵団とか、ネタとして最高っしょ。昔見たことある気がするし!」
「いやそれ別作品の記憶じゃね?」
ケータがツッコむが、本人は気にしていない。
ナツメは腕を組んで軽く息を吐いた。
「……とりあえず、話は聞くわよ」
「了解っす!」
ようやくチャラトミはソファに座った。
彼の体験談はこうだった。
「コンビニの帰りっすよ」
夜道、ゴミ箱の前に“それ”はいたという。
「犬かなって思ったんすよ。普通に」
だが近付いた瞬間、違和感が走る。
ゴミ箱を漁るその犬は、ゆっくりと振り返った。
そして――
顔が、おっさんだった。
「……は?」
#朔夜が思わず聞き返す。
「いやマジで。顔だけ完全に中年サラリーマンみたいなやつ」
空気が一瞬止まる。
チャラトミは続ける。
「そいつがさ、俺見てこう言ったんすよ」
[chapter:『なんだその顔ァ!!』]
[chapter:『腹立つ!!』]
[chapter:『イケメンなんか全員さらってやる!!』]
[chapter:『こっち来い!!』]
「……いや理不尽すぎない?」
トウマが小さく呟く。
「それで?」
#朔夜が問うと、チャラトミは肩をすくめた。
「全力で逃げました」
「そりゃそうだ」
ケータが即答する。
「追ってきたんすけど、途中で見失って……それで“うすらぬら”に書いた感じっすね」
[newpage]
アキノリはスマホを見ながら頷く。
「投稿内容と一致してる。間違いないね」
ナツメが軽く目を細める。
「つまり……ただの目撃情報が拡散されてたってこと?」
「そうなるか」
#朔夜は短く答えた。
室内に一瞬の沈黙。
その後、ケータがぽつりと呟く。
「人面犬じゃん」
アキノリも頷く。
「人面犬だな」
トウマも同意するように言う。
「人面犬だね……」
ナツメも静かに一言。
「人面犬ね」
#朔夜は最後に言った。
「人面犬だね」
全員一致。
チャラトミがスマホを構えようとする。
「いやこれ絶対バズ――」
「やめろ」
#朔夜とアキノリの声が重なる。
チャラトミは渋々スマホを下ろした。
「じゃあさ、これ妖怪案件ってことでいいんすよね?」
「まあ……そうなるな」
アキノリが答える。
#朔夜は立ち上がる。
「とりあえず、明日もう一回現場周辺を調べる」
「そうだね」
トウマが頷く。
ナツメも軽く拳を握る。
「軽い妖怪でも、放置はできないしね」
チャラトミはその様子を見ながら、ぽつりと呟いた。
「……なんか普通にちゃんとした組織じゃん」
誰も否定しなかった。
夕暮れが窓の外に沈んでいく。
有星神社の境内には、秋の虫の声が静かに広がっていた。
そしてその夜。
まだ誰も知らない場所で、人面犬はまた誰かの顔を見ていた。
[chapter:「……なんだその顔ァ」]