「ギャウン!?」
間の抜けた悲鳴と共に、人面犬の身体が地面に崩れ落ちた。
#朔夜が何気なく投げた鉄パイプは、狙ったわけでもないのに綺麗に頭部へ直撃していた。
「……当たるんだ、それ」
ケータがぽつりと呟く。
人面犬はそのまま動かなくなり、場には一瞬の静寂が落ちた。
「終わった、のか?」
トウマが警戒を解かずに近づく。
だがその瞬間、人面犬の身体の“奥”から、黒い影のようなものがにじみ出た。
それは形を持たないまま、ふっと空へ引き寄せられるように浮かび上がる。
「……は?」
誰も反応できないまま、影はそのまま上空へと消えていった。
まるで最初から“そこに実体などなかった”かのように。
そして残された人面犬は、ただの犬のように地面へ伏しているだけだった。
「今の……何だよ」
アキノリが眉をひそめる。
しかし人面犬自身は意識を失っているのか、何も答えない。
「おい、これもう一回聞くぞ。お前何だったんだ?」
トウマがしゃがみ込み、低い声で問いかける。
先ほど野良犬に逃げられた件もあり、その声音にはいつもより苛立ちが混ざっていた。
だが人面犬は、ただ小さく息を吐くだけだった。
「ワン……」
「……はぁ」
ケータが肩をすくめる。
その場に、妙な空気だけが残る。
そこへ、慌ただしい足音が近づいてきた。
[newpage]
「やばいって!マジでやばいって!!」
青ざめた顔のチャラトミが、息を切らして飛び込んでくる。
「蜘蛛の妖怪が……!あれ、普通じゃないって!!」
「蜘蛛?」
#朔夜が視線を上げる。
だがチャラトミは説明を続ける余裕もなく、その場に膝をついた。
「……やばい、ほんと……俺、死ぬかと思った……」
そしてそのまま、力が抜けたように気絶した。
「また倒れた」
ケータが呆れる。
周囲にはすでに騒ぎを聞きつけた警察が近づいてきていた。
「有名人だしな、こいつは」
アキノリが適当に結論づける。
「いや放置すんなよ」
トウマが一応突っ込むが、結局誰も助け起こさない。
チャラトミはそのまま現場に残されることになった。
一行は人面犬が来た方向へと歩を進める。
しかし――。
[newpage]
「……行き止まりだな」
住宅街の裏路地、フェンスと塀に囲まれた袋小路だった。
「何もねぇじゃん」
ケータが不満げに言う。
だがアキノリはスマホを見つめていた。
「いや、妖魔レーダーはまだ反応してる」
「え?」
確かに、微弱な反応が途切れず残っている。
だがそこに“姿”はない。
「消えたわけじゃない……?」
#朔夜は静かに周囲を見渡す。
しかし空気はもう通常と変わらない。違和感だけが、置き去りにされたように残っていた。
そして人面犬が、ぽつりと呟く。
「……知らねぇよ」
「は?」
トウマが振り返る。
人面犬は、珍しく目を細めていた。
「俺とは関係ねぇ。俺とは別に動いてるヤツがいるってことだ。」
「じゃああれは何だ」
「知らねぇって言ってんだろ」
言い切ると同時に、それ以上は何も語らなかった。
まるでそれ以上“思い出すこと自体が嫌”であるかのように。
やがて警察の介入もあり、その場は解散となる。
騒ぎは収束し、人面犬も回収される。
しかし誰の中にも、すっきりした終わりはなかった。
帰り道。
沈黙のまま歩く中、朔夜はふと立ち止まる。
胸元の宝石が、微かに熱を帯びていた。
(さっきの……あれは何だった?)
黒い影。
形を持たず、意味も持たず、ただ消えた存在。
説明も、正体も、何もない。
#朔夜はゆっくりと息を吐く。
そしてスマートフォンを取り出した。
画面に、ひとつの名前を打ち込む。
#朔夜はとある人に連絡することに決めたのであった_