秋祭りが終わってから数日後、街にはいつもの日常が戻りつつあった。だが、サクラニュータウンの空気だけはどこか落ち着かないままだった。
#朔夜のスマートフォンに、グループメールが一件届く。
——『さくらエクセレントツリー、行ってみない?』
発信者はナツメだった。
「さくらエクセレントツリー……」
#朔夜はその名前を反芻する。町の中心にそびえる巨大な観光樹木。夜にはライトアップされ、恋人たちの定番スポットとして知られているが、登ったことはなかった。
軽い気持ちで「行く」と返信したのが始まりだった。
当日、のび太は例によって補習。ドラえもんはその付き添い。ジャイアンとスネ夫は野球の試合、しずかはピアノのレッスン。
結果として、その場に来られたのは限られた面子だけだった。
観光施設とはいえ、思った以上に高さがある。
そのときだった。
「——#朔夜」
不意に腕を引かれる。
反射的に身構えるより早く、声の主が耳元で笑った。
ナツメだった。
「こっちこっち。静かにね」
人差し指を唇に当てる仕草は、妙に悪戯っぽい。
少し遅れて、トウマが姿を現す。気恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、状況は理解しているようだった。
「……何してるの?」
朔夜が問うと、ナツメは柱の影を指差した。
そこには——アキノリがいた。
そして、その向かいに立つアヤメ。
「えっ……」
#朔夜は思わず息を呑む。
アキノリはいつもの軽さを消し、真剣な顔をしていた。手には小さな花束。
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告白だ、と直感で理解する。
「今、声出したらバレるからね」
ナツメが楽しそうに笑う。
#朔夜は言われるまま、柱の影に身を隠した。
反対側の柱にはさらに別の影。
ハヤトと、島之内先生だった。
「いや、だから! あれは見過ごせないと言ってるだろう!」
「落ち着いてください。ここで暴れても意味がない」
ハヤトが苛立ちを隠さず叫び、島之内先生——洞潔はそれを後ろから抑え込むように腕を押さえていた。
どう考えても普通の観光地の光景ではない。
だが、今はそれどころではなかった。
アキノリが一歩踏み出す。
花束を差し出す。
「アヤメさん、俺は——」
その瞬間。
空気が変わった。
温度が落ちるような、嫌な圧力。
アヤメの肩がわずかに震えた。
「……え?」
次の瞬間、彼女の体の内側から“何か”が蠢いた。
皮膚の下を這うように、黒い影が浮き上がる。
ナツメが息を呑む。
「……来る」
アヤメの背後が裂けるように歪んだ。
そこから現れたのは、人の形をしていない異形。
女郎蜘蛛。
細長い脚、ねじれた胴体、そして人の顔を模したような不気味な上半身。
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「……アッハハハッ!」
笑い声が響く。
何がおかしいのか#朔夜には理解ができなかった。
同時に、別方向から影が飛び込んだ。
炎を纏った鬼が、空中から斬りかかる。
さらにもう一体。
巨大な酒瓶を背負った鬼が、地面を蹴り上げるように突撃し、剣を振り下ろした。
さらにもう一体。
炎を纏った鬼が、空中から斬りかかる。
衝撃音。
空気が裂ける。
女郎蜘蛛は悲鳴のような音を上げながら後退した。
だが、その中心——
アヤメの身体が崩れ落ちる。
「アヤメ!」
アキノリが駆け寄り、彼女を抱きとめる。
その顔は蒼白だった。
「酒呑童子……!?」
その言葉は、誰に向けたものだったのか分からない。
空にはまだ、裂けたような黒い残滓が揺れている。
ツリーの上に、重い沈黙が降りる。
#朔夜はその光景を見上げながら、胸の奥にひとつだけ確信する。
——これは、偶然じゃない。
そして、隠れていたナツメの横で、トウマが小さく呟いた。
「これ……ただの妖怪じゃ、ないよね」
誰も答えない。
ただ、風だけが高い塔の間を抜けていった。