「酒呑童子……!?」
アキノリの叫びが、さくらエクセレントツリーの広場へ響き渡った。
巨大な酒瓶を背負った鬼――酒呑童子。
そして、全身へ赤い炎を纏う鬼――洞潔。
二体の鬼は一切の躊躇なく女郎蜘蛛へ斬りかかった。
酒呑童子の大太刀が唸りを上げる。
洞潔もまた炎を纏った刃を振るい、灼熱の斬撃が女郎蜘蛛へ襲い掛かった。
――だが。
女郎蜘蛛は薄く笑う。
「……遅い。」
その瞬間だった。
何も存在しなかったはずの空間が、水面のようにゆらりと揺らぐ。
「……っ!?」
次の瞬間、純白の蜘蛛糸が無数に噴き出した。
まるで空間そのものが裂けたかのようだった。
「なっ!?」
酒呑童子は咄嗟に大太刀を振るい蜘蛛糸を断ち切ろうとする。
だが。
キィン――。
鋼を打ち付けたような音が響くだけで、蜘蛛糸には傷一つ付かない。
「馬鹿な!」
洞潔は炎をさらに燃え上がらせた。
「焼き尽くせ!!」
紅蓮の炎が蜘蛛糸を包み込む。
しかし。
蜘蛛糸は燃えない。
焦げることすらない。
「そんな……!」
驚愕した次の瞬間、無数の蜘蛛糸が二体へ絡みついた。
腕。
脚。
胴。
首。
一瞬で拘束される。
「くっ……!」
酒呑童子が力任せに引き千切ろうとする。
洞潔も炎を爆ぜさせ抵抗する。
だが、その抵抗すら意味を成さない。
蜘蛛糸は幾重にも重なり、瞬く間に巨大な繭を作り上げていく。
ドクン。
ドクン。
白い繭の内側では激しく暴れている気配が伝わってくる。
しかし、その動きも徐々に弱まり――
やがて静かになった。
広場に静寂が訪れる。
誰もが言葉を失っていた。
[newpage]
「う、嘘だろ……。」
アキノリはその場から一歩も動けなかった。
酒呑童子が。
目の前で、何もできず封じられた。
頭が真っ白になる。
その数秒後だった。
「きゃあああああ!!」
観光客の一人が悲鳴を上げる。
その声を合図にしたように、広場中が大混乱へ陥った。
「逃げろ!!」
「化け物だ!!」
「子どもを連れて!」
「警察を!!」
人々は一斉に走り出した。
屋台の品が散乱する。
花束が地面へ落ちる。
スマートフォンを落とす者。
泣き叫ぶ子ども。
悲鳴が幾重にも重なり合う。
しかし。
「え……?」
逃げようとした青年の足元へ蜘蛛糸が走る。
一瞬で全身へ巻き付き――
繭となった。
「た、助け――」
別の女性も。
警備員も。
屋台の店員も。
白い繭へ包まれていく。
誰一人として逃げ切れない。
まるで広場そのものが巨大な蜘蛛の巣になったかのようだった。
「アキノリ!!」
#朔夜が叫ぶ。
しかし返事はない。
アキノリは酒呑童子を見つめたまま立ち尽くしていた。
「逃げるよ!!」
#朔夜はアキノリの腕を掴む。
その瞬間だった。
背後から白い蜘蛛糸が音もなく迫る。
「しまっ――」
気付いた時には遅かった。
蜘蛛糸は#朔夜の腕へ絡み付き、そのまま全身を包み込んでいく。
「朔夜!!」
ナツメが叫ぶ。
しずかが駆け寄ろうとする。
トウマも。
アキノリも。
だが、その全員へ蜘蛛糸が襲い掛かった。
「うわぁっ!!」
「いやぁっ!!」
「くそっ!」
抵抗も虚しく、一人、また一人と白い繭へ変わっていく。
広場は数十秒もしないうちに静まり返った。
そこに残ったのは、無数の白い繭だけ。
まるで巨大な養蚕場のような異様な光景だった。
女郎蜘蛛は満足そうに辺りを見回す。
「……これで、邪魔者はいなくなった。」
そう呟くと、その姿はゆっくりと空気へ溶け込むように消えていった。
誰もいなくなった広場。
風だけが静かに吹き抜ける。
――♪
その静寂を破ったのは、電子音だった。
[newpage]
#朔夜の服のポケット。
かろうじて繭の外へ出ていたスマートフォンが震えている。
(……電話……?)
指先はほとんど動かない。
それでも必死に腕を動かし、わずかに露出した画面へ指を伸ばす。
何度も滑り。
ようやく通話ボタンへ触れた。
『やっと繋がったか!』
聞こえてきたのは聞き覚えのある青年の声だった。
「……零さ、ん?」
『朔夜? 聞こえるか?』
石動零だった。
息を切らしている。
普段の冷静さは感じられない。
「助……け……」
繭のせいで声がうまく出ない。
『どうした!?』
零さんの声色が変わる。
『落ち着け。まず聞け。お前が以前話していた蜘蛛の妖怪だが、おそらく土蜘蛛――』
その時だった。
電話の向こうから別の声が聞こえた。
「…………」
小さく、何かを話している。
伊吹丸さんだ。
しかし、距離があるせいか内容までは聞き取れない。
『え? 本当か?』
零さんが聞き返す。
『いや、だが土蜘蛛なら――』
再び伊吹丸さんが何かを告げる。
今度は少しだけ焦ったような口調だった。
『……何? それはまずいぞ。』
零さんの息を呑む音が聞こえる。
数秒の沈黙。
そして。
『……まさか。』
零さんは低い声で言った。
『お前――』
その一言で、#朔夜の鼓動が大きく鳴る。
『捕まっていないよな?』
その問いに答えようとしても、蜘蛛糸は口元まで覆い始めていた。
「……っ。」
声にならない。
静まり返った広場に、通話だけが虚しく続いていた。