夕暮れの商店街。
「うーん……今日は特売が多いわね。」
買い物袋を両手に提げた猫娘は、鼻歌交じりに通りを歩いていた。
夕飯の材料も揃った。
あとはゲゲゲの森へ帰るだけ――そう思っていた矢先だった。
『――速報です。本日午後、元町タワーにて集団失踪事件が発生しました。』
「え?」
思わず足を止める。
声のした方を見ると、家電量販店の店頭テレビではニュース速報が流れていた。
画面いっぱいに映し出される元町タワー。
その周囲には規制線が張られ、警察車両や消防車が何台も集まっている。
レポーターが緊迫した様子で続けた。
『現場では多数の白い繭のような物体が確認されており、警察は事件との関連を調べています。なお、依然として多数の行方不明者が――』
画面が切り替わる。
そこには元町タワー広場を埋め尽くす、無数の白い繭。
猫娘の表情が一変した。
「……ナニこれ。」
買い物袋を片手に持ち替え、素早くスマートフォンを取り出す。
既にニュースアプリの速報が届いていた。
さらにSNSを開くと、
『元町タワーやばい』
『白い繭って何!?』
『化け物見たって人いる』
『動画消されたんだけど』
『CGじゃないよな?』
関連する投稿が、凄まじい勢いで更新され続けている。
中には現場を撮影した短い動画もあった。
画面の端を、一瞬だけ巨大な蜘蛛の脚のようなものが横切る。
「妖怪……!」
猫娘は買い物袋を抱え直すと、一目散に駆け出した。
◇
「鬼太郎!」
ゲゲゲの森へ戻るなり、猫娘は息を切らせて叫んだ。
「どうしたんじゃ、猫娘。」
目玉おやじが湯呑を置く。
鬼太郎も縁側から立ち上がった。
「これ見て!」
猫娘はスマートフォンを差し出した。
鬼太郎は無言で画面を見る。
ニュース映像。
そして白い繭。
その奥に、かすかに映り込んだ巨大な蜘蛛の影。
鬼太郎の表情が険しくなる。
「……これは。」
「妖怪でしょ?」
「ああ。」
短く答える。
目玉おやじも画面を覗き込み、小さく眉をひそめた。
「厄介な相手のようじゃのう。」
「現場へ行こう。」
鬼太郎は迷わなかった。
[newpage]
数十分後。
元町タワー。
周辺は完全に封鎖されていた。
パトカーが何台も並び、赤色灯が夕暮れを照らしている。
規制線の向こうでは鑑識らしき人影が慌ただしく動き回り、報道ヘリが上空を旋回していた。
鬼太郎たちは人目を避けながら現場へ近付く。
「これは……。」
猫娘が息を呑む。
広場一面に並ぶ白い繭。
人一人がすっぽり収まるほどの大きさのものもあれば、鬼を閉じ込められるほど巨大なものまである。
異様な静けさだけが漂っていた。
鬼太郎はゆっくりと歩み寄る。
目を閉じる。
「……妖気は残っている。」
猫娘が尋ねる。
「本体は?」
鬼太郎は首を横へ振った。
「もういない。」
「逃げられたってこと?」
「ああ。」
鬼太郎は白い繭へ手を向けた。
「試してみる。」
人差し指を立てる。
妖力が集中し、青白い光が指先へ集まる。
「指鉄砲。」
パンッ――!
鋭い一撃が白い繭を貫いた。
蜘蛛糸は勢いよく裂ける。
「やった!」
猫娘が声を上げた、その直後だった。
裂けた蜘蛛糸が、まるで生き物のように蠢く。
切断面が互いを引き寄せ合い――
数秒もしないうちに元通りになった。
「……!」
鬼太郎は目を細める。
もう一度。
パンッ!
再び指鉄砲。
裂ける。
しかし。
また再生する。
完全に元通りだ。
「そんな……。」
猫娘も言葉を失う。
鬼太郎は静かに腕を下ろした。
「駄目だ。」
「鬼太郎でも?」
「切ることはできる。」
「だけど……。」
「再生する。」
その一言だけで十分だった。
目玉おやじは静かに頷く。
「ここで考え込んでも始まらん。」
「うむ。」
「この事件を知る者がおるはずじゃ。」
鬼太郎はすぐに理解した。
「有星神社か。」
「そうじゃ。」
目玉おやじは腕を組む。
「以前、おぬしたちが関わった少年たちなら何か知っておるじゃろう。」
猫娘も頷いた。
「急ごう。」
三人は元町タワーを後にした。
[newpage]
その頃。
少し離れた高台から、一反木綿が空を横切る様子を見つめる二人の姿があった。
「……やはり来たか。」
石動零は静かに呟く。
伊吹丸も、白い繭が並ぶ元町タワーを鋭く見据えていた。
先程まで二人も現場を調べていた。
鬼太郎の指鉄砲が蜘蛛糸を切断し――
そして瞬く間に再生した光景を、この目で見届けていた。
「土蜘蛛め……。」
伊吹丸が低く唸る。
「厄介極まりない。」
零は空を見上げた。
夕焼けの中を、一反木綿が一直線に飛んでいく。
その進行方向は一つしかない。
伊吹丸も静かに頷いた。
「皆、同じ答えへ辿り着いたようじゃな。」
零は刀袋を肩へ担ぎ直す。
「行くぞ。」
「うむ。」
夕暮れの空を見上げた二人は、その場を後にした。
それぞれの思惑を胸に。
事件の中心へ向かって。