重苦しい空気のまま、一行は再び座敷へ戻っていた。
零さんは無言でアヤメの傍らへ膝をつく。
首筋へそっと手を当て、ゆっくりと瞳を閉じた。
部屋に静寂が流れる。
やがて零さんは小さく息を吐いた。
「……予想以上に深い。」
その一言だけで、場の空気はさらに重くなる。
「助かるのか?」
アキノリが食い入るように尋ねる。
零さんは静かに首を横へ振った。
「このままなら、一日も持たない。」
誰も口を開かない。
「ただし。」
零さんはアヤメから手を離した。
「生命力を繋ぐ儀式ならできる。」
全員の視線が零へ集まる。
「儀式が成功すれば、三日ほどは保たせられる。」
「三日……。」
#朔夜はその数字を繰り返した。
「その間に土蜘蛛を倒し、蜘蛛糸を断ち切る。」
零さんは続ける。
「それしかない。」
オババも静かに頷いた。
「儂も同じ考えじゃ。」
鬼太郎が腕を組む。
「儀式には何人必要なんだ。」
「俺一人では無理だ。」
零さんはオババを見る。
「妖力を扱える者がもう一人必要だ。」
「なら儂がやろう。」
オババは即答した。
「儀式は儂ら二人で行う。」
目玉おやじさんが小さく頷く。
「これで命は繋げられる。」
「問題はその後だ。」
洞潔の言葉を思い出したようにアキノリが呟く。
[newpage]
「ゲンブ法典斧……。」
部屋の空気が張り詰めた。
「宝剣殿にある妖聖剣。」
零さんが静かに言う。
「蜘蛛糸を断ち切れる唯一の武器だ。」
「そこへ行くしかない。」
鬼太郎さんが言い切った。
「しかし。」
猫娘さんが眉をひそめる。
「土蜘蛛が黙って見送るとは思えないわ。」
その通りだった。
あれほどの力を持つ妖怪である。
宝剣殿へ向かうことを知れば、必ず妨害してくる。
「だから。」
鬼太郎さんは立ち上がった。
「僕達が時間を稼ぐ。」
「鬼太郎さん達が?」
ナツメが驚く。
「土蜘蛛を引き付ける。」
猫娘さんも続く。
「その間に宝剣殿へ向かって。」
#朔夜は鬼太郎を見る。
「ありがとうございます。」
「礼はいい。」
鬼太郎は静かに首を振った。
「助けたい命がある。」
「それだけだ。」
その一言に、#朔夜は深く頭を下げた。
◇
準備はすぐに始まった。
必要最低限の荷物。
妖怪ウォッチ。
護符。
水筒。
それぞれが慌ただしく動き始める。
やがて。
境内へ巨大な炎の鳥が舞い降りた。
朱雀。
燃え盛る翼を広げ、その姿は神々しい。
「来たか。」
アキノリが呟く。
朱雀は一声鳴くと、その場へしゃがみ込んだ。
「乗れということか。」
トウマが苦笑する。
「よし。」
#朔夜は振り返る。
座敷では零さんとオババが既に儀式の準備を始めていた。
鬼太郎さん達も出発の準備を進めている。
アヤメは静かに眠り続けていた。
「必ず助ける。」
小さく呟き、朱雀の背へ飛び乗る。
妖怪探偵団も続く。
朱雀は大きく翼を広げた。
熱風が境内を吹き抜ける。
次の瞬間。
炎の軌跡を描きながら、大空へ舞い上がった。
[newpage]
その姿を。
少し離れた屋根の上から、[[rb:梟 > ふくろう]]が見つめていた。
酒呑童子の使い。
誰にも気付かれることなく。
「…………。」
朱雀は空の彼方へ消えていく。
梟は静かに目を伏せた。
(主様は……まだ繭の中。)
(洞潔様も。)
何もできなかった。
何も守れなかった。
監視しかできない己。
敵である妖怪探偵団へ助けを求めねばならなかった現実。
胸の奥が黒く濁る。
(私に……もっと力があれば。)
その時だった。
「ほう。」
背後から声が響く。
梟は素早く振り返った。
そこには一人の人物が立っていた。
夕日に照らされる赤い髪。
穏やかな笑み。
見覚えはない。
「誰だ。」
警戒を隠さず問う。
赤髪の人物は微笑んだまま答えない。
代わりに。
『わしなら。』
低く、年老いた声が響いた。
梟は目を見開く。
声は。
目の前の人物ではない。
胸元。
銀色のロケットネックレスから聞こえていた。
『お前の価値を上げてやれる。』
赤髪の人物は困ったように肩を竦める。
「……申し訳ありません。」
「この方は、思ったことをすぐ口にされるので。」
梟は黙ったまま二人を見つめる。
夕日が沈み始める。
新たな闇は、静かに幕を開けようとしていた。