『わしなら、お前の価値を上げてやれる。』
低く、年老いた声が夜風へ溶けていく。
梟はゆっくりと振り返った。
「……。」
そこに立っていた人物を見て、思わず息を呑む。
背は高く、細身。
肩まで伸びた鮮やかな赤髪を一つに束ねたポニーテールが、吹き抜ける風に揺れていた。
整った顔立ち。
だが、その容姿は男とも女とも判別がつかない。
どこか人間離れした中性的な雰囲気を纏っている。
その人物は穏やかな微笑みを浮かべたまま、一言も発しない。
代わりに。
『共に来る気はないか。』
再び、あの老いた声が響く。
梟は鋭く目を細めた。
声の主は目の前の人物ではない。
視線を胸元へ移す。
銀色のロケットネックレス。
いや、正確にはロケットペンダントと言うべきだろう。
その蓋の隙間から、確かに声が聞こえていた。
「……何者だ。」
警戒を隠さず問い掛ける。
赤髪の人物は小さく会釈するだけだった。
答えたのは、やはりロケットペンダントの中の存在だった。
『今は名など必要あるまい。』
『それよりも、お前には果たすべき使命がある。』
梟は黙ったまま聞いている。
『鬼姫・朱夏の生まれ変わりを見つけ出す。』
『そのために酒呑童子へ仕えておるのであろう。』
図星だった。
その使命だけは、何があっても忘れたことはない。
だが。
『今日のお前は何が出来た?』
静かな問い掛けだった。
責め立てる口調ではない。
だからこそ胸へ突き刺さる。
酒呑童子は蜘蛛糸へ囚われた。
洞潔もまた動けない。
自分は。
屋根の上から見守ることしか出来なかった。
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『敵である妖怪探偵団が動き。』
『鬼太郎まで現れ。』
『お前は何も出来なんだ。』
「…………。」
梟は拳を握り締める。
鋭い爪が掌へ食い込む。
痛みすら感じない。
悔しかった。
主を守れなかった自分が。
使命へ近付けない自分が。
『もっと力が欲しいとは思わぬか。』
しばらく沈黙が続く。
やがて梟は、小さく息を吐いた。
「……欲しい。」
「朱夏様を見つけるためにも。」
「主のお役に立つためにも。」
「私は、もっと力が欲しい。」
そこで初めて、赤髪の人物がわずかに目を細めた。
しかし、その口は開かない。
『ほっほっほ。』
ロケットペンダントの中から愉快そうな笑い声が漏れる。
『正直でよろしい。』
『だが安心せい。』
『答えを今すぐ求める気はない。』
梟は顔を上げる。
『良くも悪くも。』
『我らの間には時間がたくさんある。』
『ゆっくり考えるがよい。』
その言葉を最後に。
赤髪の人物は踵を返した。
その瞬間。
一陣の風が吹き抜ける。
無数の木の葉が宙へ舞い上がり、赤髪の人物の姿を包み込んだ。
梟が思わず目を細める。
次の瞬間には。
そこには誰も立っていなかった。
ただ木の葉だけが、静かに夜空から舞い落ちてくる。
「……。」
梟は一人、その場へ立ち尽くしていた。
酒呑童子への忠義。
鬼姫・朱夏を探し出すという使命。
そして、あの言葉。
『わしなら、お前の価値を上げてやれる。』
その一言だけが、いつまでも耳の奥へ残り続けていた。
――その頃。
朱雀は、夜空を裂くように翼を広げていた。
目指す先は、宝剣殿。
土蜘蛛を討つ唯一の希望――妖聖剣《ゲンブ法典斧》が眠る場所である。