朱雀がゆっくりと高度を下げる。
眼下に広がる景色を見下ろした#朔夜たちは、思わず息を呑んだ。
「……湖?」
見渡す限り、水面だけが広がっている。
山々に囲まれた巨大な湖。その水面は鏡のように静まり返り、風が吹いているにもかかわらず波一つ立っていなかった。
「宝剣殿って、この辺りにあるんじゃなかったの?」
ナツメが首を傾げる。
「俺もそう聞いていたんだけどな……」
アキノリも困惑したように辺りを見回す。
洞潔が指し示した場所に間違いはない。
しかし、そこにあるのは果てしなく続く湖だけだった。
「……何か、おかしい。」
#朔夜はぽつりと呟いた。
鳥の鳴き声が聞こえない。
風は吹いている。
草木も揺れている。
それなのに、湖だけがまるで時を止めたように静止している。
その静けさが、かえって不気味だった。
「来たか。」
突然、声が響いた。
振り向くと、湖畔へ二人の少年が立っていた。
まるで鏡写しのようによく似た双子。
同じ顔。
同じ背丈。
「宝剣殿を求める者だな。」
少年が静かに言う。
「ならば案内しよう。」
少年が続ける。
二人は湖畔に繋がれていた小舟へ歩み寄った。
「この舟で湖を渡る。」
誰も口を開かない。
双子の放つ空気は、どこか人間離れしていた。
[newpage]
少年が朔夜たちを見回す。
「だが、一つだけ守れ。」
黒い少年が淡々と続けた。
「何が起きても。」
「決して。」
「声を出すな。」
静寂が落ちる。
「……え?」
ケータが思わず聞き返そうとした瞬間。
アキノリがそっと肩へ手を置いた。
「黙って聞け。」
双子は表情を変えない。
「理由は問うな。」
「湖が答える。」
それだけ言うと、二人は舟へ乗り込んだ。
「行くぞ。」
#朔夜たちも顔を見合わせ、小舟へ足を踏み入れる。
ギィ……
木の軋む音だけが静かに響いた。
双子が櫂を漕ぎ始める。
舟はゆっくりと湖の中央へ進み始めた。
誰も喋らない。
いや、喋れない。
静寂だけが耳に痛い。
数分ほど進んだ頃だった。
「……っ。」
ナツメが突然、身体を強張らせた。
視線は湖面へ向いている。
その表情は驚愕に染まっていた。
#朔夜もその視線を追う。
湖を覗き込んだ、その瞬間だった。
「……!」
巨大な影。
水の底を、ゆっくりと横切っていく。
やがて影は浮かび上がり、その姿を現した。
真紅。
黄金。
白銀。
色鮮やかな鱗をまとった巨大な金魚。
いや。
金魚と呼ぶにはあまりにも大きい。
体長は五メートルを優に超えている。
その尾がゆっくり揺れるたび、水面が大きく波打った。
ザァァァッ!!
波が舟を持ち上げる。
「うわっ……!」
思わず声が漏れそうになる。
しかし誰も叫ばない。
叫べない。
双子は一度も振り返らないまま、黙々と櫂を動かしていた。
一匹ではなかった。
二匹。
三匹。
四匹。
いつの間にか巨大な金魚たちが舟を取り囲んでいる。
悠然と泳ぎながら、こちらを観察するように赤い瞳を向けていた。
[newpage]
ザバァッ!!
また大きな波。
小舟が大きく傾く。
ケータが口を押さえる。
ナツメも必死に声を飲み込んでいた。
#朔夜は無意識に拳を握る。
その時だった。
一匹の金魚が。
ゆっくりと舟の真下へ潜っていく。
「……!」
舟が持ち上がる。
まるで下から押し上げられているようだった。
転覆する。
誰もがそう思った。
その瞬間。
胸元で青い光が灯る。
「……!」
#朔夜の宝石だった。
淡い青白い輝きが静かに広がる。
光は一本の筋となり、湖の一点を真っ直ぐ指し示した。
すると。
巨大な金魚たちが一斉に動きを止める。
次の瞬間。
まるでその光を恐れるように、湖の底へと散っていった。
静寂。
再び湖は何事もなかったかのように静まり返る。
「……。」
#朔夜は宝石が示す先へ視線を向けた。
深い湖底。
青く霞むその奥に。
ぼんやりと。
巨大な建物の輪郭が浮かび上がっていた。
「あれは……。」
神殿。
そう呼ぶしかない巨大な建造物だった。
鳥居にも似た門。
長い石段。
荘厳な屋根。
すべてが湖底に沈みながらも、その存在感だけは圧倒的だった。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……
地鳴りが響く。
湖全体が震え始めた。
次の瞬間だった。
湖面が左右へ割れ始める。
轟音を立てながら、水が壁のように押し広げられていく。
まるで神話に語られる奇跡のように。
湖は一本の道を生み出していた。
湖底へ続く石畳。
その先には、静かに佇む宝剣殿。
双子の少年はようやく振り返り、小さく告げた。
「ここから先が。」
「宝剣殿だ。」
#朔夜たちは息を呑みながら、その神殿を見つめていた。