湖が割れて現れた一本道を、#朔夜たちは静かに歩いていた。
左右には壁のようにそびえ立つ湖水。
その向こうでは、先ほどまで小舟の周囲を泳いでいた巨大な金魚たちが、ゆったりと尾を揺らしている。その姿は幻想的でありながら、どこか神聖で、人を寄せ付けない威圧感を放っていた。
誰一人として口を開かない。
聞こえるのは、自分たちの足音だけだった。
コツ……コツ……。
石畳へ靴底が触れる乾いた音だけが、静寂の世界へ吸い込まれていく。
やがて道の先に、巨大な門が姿を現した。
湖底に眠っていたとは思えないほど美しい石造りの建物。
苔一つ生えておらず、まるで今この瞬間まで誰かが手入れを続けていたかのようだった。
双子の少年は迷うことなく門をくぐる。
#朔夜たちも後に続いた。
建物の中はひんやりとしていた。
壁には古い文様が刻まれ、天井には北斗七星を模したような装飾が広がっている。
「……誰も、いないな。」
アキノリが小声で呟く。
しかし、その声さえ壁へ吸い込まれるようで、不思議と反響しない。
通路は真っ直ぐ続いていた。
左右へ分かれる道もない。
罠らしい罠も見当たらない。
あまりにも何も起こらないことが、逆に不気味だった。
数分ほど歩いた頃。
通路は突然、大きく開けた。
「……広間?」
ナツメが辺りを見回す。
そこは神殿の中心部と思われる円形の空間だった。
天井は見上げるほど高く、中央には巨大な円形の石床。
床には亀と蛇が絡み合う紋様が刻まれ、その四方には同じ姿をした石像が二対、互いに向かい合うように鎮座している。
[newpage]
玄武――。
誰もがそう思った。
「ここが……。」
トウマが言いかけた、その時だった。
カコンッ――。
乾いた音が、広間へ響いた。
「っ!?」
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!!
背後の通路から轟音が響く。
振り返ると、石壁が天井から勢いよく落下し、唯一の出口を完全に塞いでいた。
「しまった!」
アキノリが駆け寄る。
しかし押しても叩いても、石壁は微動だにしない。
その直後だった。
ゴボッ……
ゴボゴボゴボ……
広間に並ぶ玄武の石像が低く唸るような音を立てる。
その口から勢いよく水が噴き出した。
「み、水!?」
最初は細い水流だった。
だが、その勢いは見る間に増していく。
四つの石像から絶え間なく水が流れ込み、あっという間に床一面を覆っていった。
「早く出口を!」
ケータが叫ぶ。
だが、どこにも扉はない。
壁を探しても、隠し通路らしきものも見つからなかった。
[newpage]
水位は容赦なく上昇する。
足首。
膝。
腰。
胸。
冷たい水が身体を包み込んでいく。
「このままじゃ……!」
ナツメが顔を青くする。
全員が必死に壁へ手を伸ばすが、何も起こらない。
やがて床へ足が届かなくなった。
泳ぎながら必死に天井を見上げる。
それでも水位は止まらない。
首元。
顎。
口元。
「ぷはっ!」
残された空気は、ほんのわずか。
誰もが息を荒げ始める。
「#朔夜!」
アキノリの声が響く。
#朔夜も必死に周囲を見回した。
どこかに仕掛けがあるはずだ。
このまま終わるはずがない。
だが見つからない。
水面はついに天井目前まで迫った。
残された空間は、人が顔を出せる程度しかない。
「……っ!」
肺が苦しい。
空気も足りない。
もう限界だ――。
その瞬間。
胸元が熱を帯びた。
青い宝石が、水中で静かに輝き始める。
淡い光はゆっくりと強さを増し、やがて一本の光線となって水中を真っ直ぐ進んだ。
「……!」
光の先。
玄武の石像。
その額へ埋め込まれていた翡翠の宝玉へ、青白い光が吸い込まれていく。
キィィィン……
澄んだ音色が広間へ響いた。
次の瞬間。
ゴォン――。
神殿全体が震えた。
ピタリ、と。
四つの石像から噴き出していた水が止まる。
「止まった……!」
アキノリが驚きの声を漏らす。
それと同時に、広間の床から低い排水音が響き始めた。
ゴボゴボ……
渦を巻くように水位が下がっていく。
足が床へ届く。
膝。
足首。
やがて広間から水は完全に消え去っていた。
「助かった……。」
ケータがその場へ座り込む。
全員が荒い息を整えていた、その時。
ゴゴゴゴゴ……
再び地鳴りが響いた。
誰もが顔を上げる。
玄武の石像だった。
巨大な石の身体へ無数の亀裂が走る。
蛇の瞳がゆっくりと開く。
続いて亀の首が軋むような音を立てながら持ち上がった。
[newpage]
石ではない。
生きている。
いや――。
石像そのものが命を宿したかのようだった。
巨大な四肢が床を踏み鳴らす。
ズシン――。
広間全体が震える
双子の少年は静かにその姿を見つめ、小さく告げた。
「第一の試練。」
「玄武様がお目覚めになられた。」
#朔夜たちは息を呑みながら、ゆっくりと立ち上がる玄武を見上げていた。