ただ一つ。小さい子ってこの世の者ではない者が見えやすいって聞きますよね。そんな感じ?
翌日。
月見台小学校は、朝から妙に騒がしかった。
「見せて見せてー!」
「うわ、キラキラしてる!」
低学年の教室前に人だかりができている。
「……何あれ」
朔夜が廊下を歩きながら覗き込むと、中心にいた女の子が得意げに何かを掲げていた。
コンパス。
いや、正確には手鏡付きのコンパスだろうか。
ラインストーンやラメで派手に飾り付けられていて、きらきらと光っている。
「お姉ちゃんにもらったのー!」
周囲の子供達が歓声を上げる。
「学校に持ってきていいのかな、あれ」
朔夜が小さく呟いた、その時。
♪キーンコーンカーンコーン――
「あ」
始業チャイム。
「やば」
次の瞬間、朔夜は全力で廊下を駆け出していた。
「#兔谷さん!? 廊下走らない!」
背後から先生の声が飛ぶ。
「すみませーん!」
滑り込むように教室へ入る。
ギリギリセーフ。
息を整えながら席についた朔夜へ、前の席の男子が振り返った。
「珍しいな、兔谷」
「……朝から体力使った」
小さく机へ突っ伏す。
窓の外では、春の風が桜を揺らしていた。
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昼休み。
朔夜は購買のパンを片手に、のび太達の教室へ向かっていた。
「のび太ー」
がらり、と扉を開ける。
すると。
「野比くーん、廊下に立ってなさーい」
「うわぁぁぁん!!」
聞き慣れた声が飛び込んできた。
数秒後。
廊下へ追い出されたのび太が、しょんぼりと壁際へ立つ。
「……何したの」
#朔夜が呆れ半分で聞く。
「寝てた」
即答だった。
「しかも宿題忘れて、テストも悪かったんだって」
教室からしずかが苦笑する。
「役満だね」
「そんな麻雀みたいに言わないでよぉ!」
のび太が涙目になる。
ジャイアンは豪快に笑い、スネ夫は肩をすくめていた。
いつもの光景。
少しだけ安心する。
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放課後。
「じゃあ今日はどうする?」
校門前で#朔夜が尋ねると、しずかが申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめんなさい、今日はピアノなの」
「僕もフランス語教室」
スネ夫が髪をかき上げる。
「店の配達」
ジャイアンも続いた。
最後に。
「ぼくは……補習……」
のび太だけが死んだ顔をしていた。
「テスト?」
「うん……」
哀愁がすごい。
「……じゃ、終わるまで待ってようか?」
朔夜が何となくそう言うと、のび太はぱぁっと顔を明るくした。
「#朔夜〜!」
だが。
「#兔谷さん」
教室へ入ろうとしたところで、担任教師が静かに微笑んだ。
「無理に付き合わなくても大丈夫ですよ」
「え」
「野比くんは補習ですので」
にっこり。
有無を言わせぬ圧。
「……はい」
数分後。
朔夜はひとり、校門を出ていた。
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「……なんか理不尽」
夕陽が商店街を橙色に染めている。
いつもより少し遅い時間。今日は弓道の稽古もない。
寄り道くらい、いいだろう。
そう思いながら商店街を歩いていると――。
「……ひっく……」
小さな泣き声。
#朔夜は足を止めた。
道の端。
小さな男の子が、ぽつんとしゃがみ込んでいた。
幼稚園くらいだろうか。
帽子を被り、小さなリュックを抱えている。
目元は涙でぐしゃぐしゃだった。
「……迷子?」
しゃがみ込み、周囲を見回す。
だが、親らしき人物は見当たらない。
夕方の商店街は賑わっているのに、不思議なくらい誰も気に留めていなかった。
「お母さんは?」
男の子は首を横に振る。
「名前言える?」
「……ゆうと」
「そっか」
朔夜は少し考え、
「じゃあ交番行こっか」
と手を差し出した。
小さな手が、おずおずと服の袖を掴む。
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その時。
「ん?」
聞き慣れた声。
振り向くと、紙袋を抱えた青い丸い影が立っていた。
「ドラえもん?」
「#朔夜くん?」
ドラえもんは目を丸くする。
紙袋からは、甘い匂いが漂っていた。
「どら焼き買いに来たの?」
「うん! 特売日なんだ!」
妙に嬉しそうである。
そしてドラえもんは、朔夜の隣の男の子へ視線を向けた。
「あれ? その子……」
「迷子みたい。今から交番連れてこうと思って」
「そっかぁ」
ドラえもんは頷き、どら焼き袋を抱え直した。
夕暮れの風が、ゆっくり吹き抜ける。
商店街のざわめき。
遠くで鳴る自転車のベル。
その中で。
男の子だけが、じっとこちらを見上げていた。