[chapter:「──[[rb:玄海嘯 > げんかいしょう]]。」]
静かに呟かれたその一言とともに、剣武魔人・玄武が巨大な法典斧を振り上げた。
斧の切っ先へ膨大な水が渦を巻き、まるで湖そのものを持ち上げたかのような巨大な津波が生まれていく。
蒼牢結界に囚われたジバニャンが必死にもがく。
「なッ……ッ!」
コマさんも、ミッチーも、妖怪たちも身動きが取れない。
ケータたちも水牢に閉じ込められ、外へ出ることすら叶わない。
誰も止められない。
このまま放てば、全員が飲み込まれる。
(やめて……。)
#朔夜は必死に身体を動かそうとする。
しかし腕は動かない。
足も動かない。
口すら、自分のものではない。
『無駄だ。』
頭の奥で玄武が笑う。
『身体は既に我のもの。』
(違う……。)
『この力を得たのだ。喜べ。』
(違う!)
『貴様には過ぎた力だった。』
(違うって言ってるだろ!)
玄武は意に介さない。
巨大な津波はなおも膨れ上がっていく。
ナツメは必死に叫んだ。
「#朔夜っ!!」
その声が胸へ突き刺さる。
ケータも叫ぶ。
「戻ってこいよ!」
トウマも歯を食いしばる。
「お前はそんな奴じゃねぇだろ!」
聞こえる。
全部、聞こえている。
なのに。
身体だけが動かない。
(嫌……。)
(嫌だ……。)
(みんなを傷付けたくない。)
(返して。)
(僕の身体を。)
玄武は鼻で笑う。
『ならば奪い返してみよ。』
(返して。)
『力ある者が支配する。当然の理だ。』
(返して。)
『弱き意思では──』
[chapter:「──いいかげんにしてッ!!」]
その怒声は、心の底から絞り出された叫びだった。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
そして。
仲間を守りたいという、誰よりも強い願い。
[newpage]
その瞬間だった。
胸元の青い宝石が、今までにないほど強く輝いた。
「っ……!」
青白い光は一瞬で朔夜の全身を包み込む。
眩しい。
あまりの光に誰も目を開けていられない。
「な、なんだ!?」
「目が……!」
朱雀ですら翼で顔を覆う。
玄武だけが目を見開いていた。
『これは……!?』
次の瞬間。
ベリッ。
そんな音が聞こえた気がした。
光の中から、何かが無理やり引き剥がされる。
玄武の身体だった。
「なっ……!」
光の奔流に押し出されるように、玄武の御霊が#朔夜の身体から弾き飛ばされる。
そのまま数メートル後方へ着地した玄武は、自らの身体を見つめた。
『……我が、追い出された……?』
驚愕。
神獣である玄武ですら理解できない出来事だった。
#朔夜はその場へ膝をつく。
「はぁ……っ、はぁ……っ……。」
身体が戻った。
指先が動く。
腕も。
足も。
ようやく、自分の身体になった。
「#朔夜!」
ナツメたちが一斉に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「怪我は!?」
#朔夜は息を整えながら、小さく笑った。
「……うん。」
その一言だけで、皆が安堵の息を漏らした。
一方、玄武は静かに法典斧を地面へ突き立てる。
しばらく黙っていたが、
やがて口元をわずかに緩めた。
『……面白い。』
誰も言葉を返せない。
玄武は#朔夜を真っ直ぐ見据えた。
『神獣たる我を、自らの意思で退けるとは。』
朱雀が肩を竦める。
「だから言っただろ。力ずくじゃ無理だって。」
玄武は鼻を鳴らした。
『ふん……。』
そして、小さく笑う。
『ここまで見せられてはな。』
重々しく頷いた。
『協力しよう。』
その一言に、その場の空気が一変する。
「本当か!」
ケータが思わず声を上げた。
「やった!」
ナツメも笑顔になる。
朱雀も腕を組んだまま頷いた。
「ようやく話が進むな。」
玄武はゆっくりと法典斧を持ち上げる。
巨大な斧は青白い光へ変わり、一振りの妖聖剣へ姿を変えた。
[newpage]
荘厳な気配を放つその剣を見て、誰もが息を呑む。
「これが……ゲンブ法典斧。」
トウマが一歩前へ出る。
「僕が受け取ればいいんだな?」
しかし。
玄武は静かに首を横へ振った。
『違う。』
場が静まり返る。
『妖聖剣を預けるのは、お前ではない。』
「え……?」
トウマが目を瞬かせる。
玄武はゆっくりと腕を上げた。
その指先が示した先には──。
「……僕?」
#朔夜だった。
『そうだ。』
玄武は迷いなく頷く。
『この剣を託すのは、この者だ。』
誰もが驚きを隠せない。
トウマも。
ケータも。
ナツメも。
朱雀だけは、どこか納得したように苦笑していた。
「……やっぱりな。」
#朔夜は戸惑いながらも、一歩前へ出る。
「僕で……いいの?」
『構わぬ。』
玄武は妖聖剣を差し出した。
『受け取れ。』
#朔夜はゆっくりと柄へ手を伸ばす。
指先が触れた、その瞬間だった。
妖聖剣から青白い光が溢れ出し、#朔夜の身体を優しく包み込む。
眩い輝きに、誰もが再び目を閉じた。
その光の中で。
ほんの一瞬だけ。
#朔夜の額へ、亀と蛇が絡み合う古の紋章が静かに浮かび上がる。
それは一瞬だけ神々しく輝くと、何事もなかったかのように消えていった。
──その光景を見届けた者は、誰一人いなかった。