元町タワー周辺には、異様な静寂が広がっていた。
いや、正確には静寂ではない。
風に揺れる無数の蜘蛛糸が擦れ合い、不気味な音を立てているのだ。
塔全体を包み込む白い繭。
その中心には、女郎蜘蛛――いや、その正体である土蜘蛛が悠然と佇んでいた。
「猫娘!」
「わかってる!」
鬼太郎の声と同時に、猫娘が地面を蹴る。
鋭く伸びた爪が白い軌跡を描き、蜘蛛糸を勢いよく切り裂いた。
何十本もの糸が宙を舞う。
その隙を逃さず、鬼太郎は右手を突き出した。
「指鉄砲!」
―ドォォォン!!
轟音が街中へ響き渡る。
妖力の弾丸は一直線に元町タワーへと飛び込み、蜘蛛糸の塊を内部から吹き飛ばした。
衝撃で窓ガラスが震え、白煙が辺りへ立ち込める。
「やった……!」
猫娘が息を切らしながら呟く。
しかし鬼太郎は表情を変えなかった。
「まだだ。」
静かにそう言った、その直後だった。
煙の向こう。
切り裂かれた蜘蛛糸が、生き物のように蠢き始める。
ぶつぶつ、と不快な音を立てながら、切断面同士がゆっくりと引き寄せられていく。
数秒後。
何事もなかったかのように蜘蛛糸は再生していた。
「そんな……!」
猫娘が悔しそうに拳を握る。
鬼太郎は無言のまま土蜘蛛を見据えた。
やはり駄目だ。
指鉄砲でも。
猫娘の爪でも。
土蜘蛛の糸だけは断ち切れない。
いや――正確には断ち切れても、すぐに再生してしまう。
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攻撃そのものは通っている。
それでも決定打にはならない。
「厄介じゃのう……。」
目玉おやじが鬼太郎の肩で腕を組む。
「ああ。」
鬼太郎は短く答えた。
妖怪との戦いは数え切れないほど経験してきた。
しかしここまで埒が明かない相手は珍しい。
攻撃が効かないのではない。
効いても意味がない。
まるで終わりが見えない。
鬼太郎は一度だけ、有星神社の方角へ目を向けた。
遠く離れているため様子は分からない。
それでも、微かに結界の妖気だけは感じ取れる。
(……まだ続いている。)
零とオババによる延命の儀。
あれが止まれば、あの娘の命も尽きる。
だから今ここへ応援を呼ぶわけにはいかなかった。
鬼太郎の考えを察したように、目玉おやじが口を開く。
「気になるか。」
「……。」
「儀式はまだ終わらん。」
「分かってます。」
短い返事。
それ以上、鬼太郎は何も言わなかった。
言ったところで状況は変わらない。
今は時間を稼ぐしかないのだ。
猫娘もその空気を察したのか、静かに息を整えている。
その時だった。
土蜘蛛がゆっくりと顔を上げる。
その視線は鬼太郎たちではない。
もっと遠く。
空の彼方を見つめていた。
「……?」
鬼太郎も違和感を覚え、視線を追う。
しかし何も見えない。
次の瞬間。
――ドクン。
空気が震えた。
まるで大地そのものが脈打ったような感覚。
妖気でもない。
神気とも違う。
重く、静かで、底知れない力。
猫娘が肩を震わせる。
「今の……何?」
目玉おやじも険しい表情になる。
「これは……。」
土蜘蛛だけが、初めて表情を変えた。
その細い瞳がわずかに見開かれる。
そして低く笑った。
「クク……。」
鬼太郎は眉をひそめる。
笑った?
土蜘蛛が。
まるで待ち望んでいたものが現れたように。
その笑みには、不気味な余裕が滲んでいた。
「鬼太郎。」
「分かってる。」
何かが起きた。
それだけは確かだ。
鬼太郎は再び土蜘蛛へ向き直る。
ここを突破されるわけにはいかない。
拳を握り直した、その瞬間だった。
「――鬼太郎さん!!」
凛とした声が、背後から響いた。
聞き覚えのある声。
鬼太郎は反射的に振り返る。
そこには――。