ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

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#百四十二話

元町タワー周辺には、異様な静寂が広がっていた。

いや、正確には静寂ではない。

風に揺れる無数の蜘蛛糸が擦れ合い、不気味な音を立てているのだ。

塔全体を包み込む白い繭。

その中心には、女郎蜘蛛――いや、その正体である土蜘蛛が悠然と佇んでいた。

「猫娘!」

「わかってる!」

鬼太郎の声と同時に、猫娘が地面を蹴る。

鋭く伸びた爪が白い軌跡を描き、蜘蛛糸を勢いよく切り裂いた。

何十本もの糸が宙を舞う。

その隙を逃さず、鬼太郎は右手を突き出した。

「指鉄砲!」

―ドォォォン!!

轟音が街中へ響き渡る。

妖力の弾丸は一直線に元町タワーへと飛び込み、蜘蛛糸の塊を内部から吹き飛ばした。

衝撃で窓ガラスが震え、白煙が辺りへ立ち込める。

「やった……!」

猫娘が息を切らしながら呟く。

しかし鬼太郎は表情を変えなかった。

「まだだ。」

静かにそう言った、その直後だった。

煙の向こう。

切り裂かれた蜘蛛糸が、生き物のように蠢き始める。

ぶつぶつ、と不快な音を立てながら、切断面同士がゆっくりと引き寄せられていく。

数秒後。

何事もなかったかのように蜘蛛糸は再生していた。

「そんな……!」

猫娘が悔しそうに拳を握る。

鬼太郎は無言のまま土蜘蛛を見据えた。

やはり駄目だ。

指鉄砲でも。

猫娘の爪でも。

土蜘蛛の糸だけは断ち切れない。

いや――正確には断ち切れても、すぐに再生してしまう。

[newpage]

攻撃そのものは通っている。

それでも決定打にはならない。

「厄介じゃのう……。」

目玉おやじが鬼太郎の肩で腕を組む。

「ああ。」

鬼太郎は短く答えた。

妖怪との戦いは数え切れないほど経験してきた。

しかしここまで埒が明かない相手は珍しい。

攻撃が効かないのではない。

効いても意味がない。

まるで終わりが見えない。

鬼太郎は一度だけ、有星神社の方角へ目を向けた。

遠く離れているため様子は分からない。

それでも、微かに結界の妖気だけは感じ取れる。

(……まだ続いている。)

零とオババによる延命の儀。

あれが止まれば、あの娘の命も尽きる。

だから今ここへ応援を呼ぶわけにはいかなかった。

鬼太郎の考えを察したように、目玉おやじが口を開く。

「気になるか。」

「……。」

「儀式はまだ終わらん。」

「分かってます。」

短い返事。

それ以上、鬼太郎は何も言わなかった。

言ったところで状況は変わらない。

今は時間を稼ぐしかないのだ。

猫娘もその空気を察したのか、静かに息を整えている。

その時だった。

土蜘蛛がゆっくりと顔を上げる。

その視線は鬼太郎たちではない。

もっと遠く。

空の彼方を見つめていた。

「……?」

鬼太郎も違和感を覚え、視線を追う。

しかし何も見えない。

次の瞬間。

――ドクン。

空気が震えた。

まるで大地そのものが脈打ったような感覚。

妖気でもない。

神気とも違う。

重く、静かで、底知れない力。

猫娘が肩を震わせる。

「今の……何?」

目玉おやじも険しい表情になる。

「これは……。」

土蜘蛛だけが、初めて表情を変えた。

その細い瞳がわずかに見開かれる。

そして低く笑った。

「クク……。」

鬼太郎は眉をひそめる。

笑った?

土蜘蛛が。

まるで待ち望んでいたものが現れたように。

その笑みには、不気味な余裕が滲んでいた。

「鬼太郎。」

「分かってる。」

何かが起きた。

それだけは確かだ。

鬼太郎は再び土蜘蛛へ向き直る。

ここを突破されるわけにはいかない。

拳を握り直した、その瞬間だった。

「――鬼太郎さん!!」

凛とした声が、背後から響いた。

聞き覚えのある声。

鬼太郎は反射的に振り返る。

そこには――。

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