ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

143 / 165
#百四十三話

鬼太郎は反射的に振り返った。

風が吹く。

白煙がゆっくりと左右へ流れ、視界が少しずつ晴れていく。

そこに、一つの人影が立っていた。

逆光に包まれ、その姿はまだはっきりとは見えない。

しかし、その気配だけで分かる。

見覚えのある妖気。

それでいて、決定的に違う何か。

「……#朔夜?」

鬼太郎は思わずその名を口にした。

人影は静かに一歩前へ出る。

コツ――。

靴音だけが、不思議なほどよく響いた。

その瞬間だった。

空気が変わる。

夏だというのに、ひやりとした風が鬼太郎の頬を撫でる。

猫娘が小さく肩を震わせた。

「寒い……?」

目玉おやじも息を呑む。

「この気配……。」

煙が完全に晴れた。

そこに立っていたのは、紛れもなく#朔夜だった。

だが、鬼太郎の知る#朔夜ではない。

少年らしかった面影は薄れ、どこか成熟した女性を思わせる中性的な美貌へと変わっていた。

切れ長となった瞳は深い蒼碧を湛え、澄み切った湖面のように静かでありながら、その奥には感情の揺らぎが一切映らない。

瞼には青紫の彩りが宿り、その美しさをより神秘的なものへと変えていた。

淡い髪は長く流れ、風もないのにゆるやかに揺れている。

深い緑の羽織を羽織り、その袖口から覗く籠手は華美ではない。

それでも、歴戦の武人を思わせる気品があった。

胸元では、青い宝石が青白く静かに脈動している。

そして。

左肩から腕へかけて、一匹の白蛇が静かに身体を巻き付けていた。

蛇は敵意を見せない。

ただ黄金色の瞳だけが周囲を見渡している。

最後に鬼太郎の視線が止まったのは、その右手だった。

巨大な一振りの斧。

妖気ではない。

神気とも異なる。

重く、清らかな力を放つ妖聖剣。

[newpage]

「……ゲンブ法典斧。」

目玉おやじが思わず呟く。

「妖聖剣だって!?」

猫娘は言葉を失っていた。

静かだ。

何もしていない。

ただ立っているだけ。

それなのに、その場にいる誰もが息苦しさを覚える。

まるで巨大な湖の底へ沈められたような圧迫感。

鬼太郎は無意識に下駄を半歩引いていた。

(人間じゃない。)

違う。

(妖怪でもない。)

さらに違う。

目の前にいる存在は。

(神……。)

その時だった。

土蜘蛛がくつくつと喉を鳴らした。

「ようやく来わね。」

その声音には焦りはない。

むしろ歓喜に近かった。

「四神の力を宿す者。」

「待っていたわ。」

鬼太郎が眉をひそめる。

待っていた?

この状況を?

#朔夜は土蜘蛛を静かに見つめる。

表情は変わらない。

怒りもない。

憎しみもない。

ただ、凍てつく湖面のような静寂だけがあった。

白蛇がゆっくりと鎌首をもたげる。

しかし威嚇はしない。

静かに土蜘蛛を見つめるだけ。

その様子に、猫娘は思わず息を呑んだ。

「あれ、本当に#朔夜なの……?」

鬼太郎は答えられなかった。

姿は#朔夜。

だが、その奥に流れる力は、まるで別の存在だった。

ふと、#朔夜が一歩前へ出る。

足元へ、小さな波紋が広がった。

まるで地面が水面へ変わったかのように。

そして静かにゲンブ法典斧を持ち上げる。

重さを感じさせることなく。

あまりにも自然に。

その動作だけで、土蜘蛛の笑みが消えた。

初めてだった。

あの土蜘蛛が、わずかに警戒の色を浮かべたのは。

鬼太郎は確信する。

この戦いは、今この瞬間から新たな局面へ入る。

そして朔夜は、静かに口を開いた。

「……。」

その声が発せられる直前――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。