土蜘蛛の妖気が、元町タワー一帯を覆い尽くしていた。
舞い上がった土煙は未だ晴れず、崩れた瓦礫が軋む音だけが辺りへ響く。
その中で。
#朔夜は静かにゲンブ法典斧を構えた。
「来ます。」
直後だった。
四方八方から白い閃光が走る。
否。
蜘蛛糸だ。
先ほどまでとは比べものにならないほど細く、それでいて数は何倍にも増えている。
「月下扇。」
#朔夜が妖聖剣を横へ払う。
放射状に広がった無数の水刃が蜘蛛糸を次々と切り裂いた。
ヒュンッ――!
ヒュンッ――!
白い糸が宙を舞い、そのまま灰となって消えていく。
「すごい……。」
猫娘は思わず息を呑む。
鬼太郎も指鉄砲を放ちながら援護へ回る。
「#朔夜!」
「右だ!」
「はい!」
指鉄砲で土蜘蛛の注意が逸れた一瞬。
#朔夜は身体を滑らせるように踏み込み、蜘蛛脚を法典斧で受け流した。
重い。
しかし止まることはない。
玄武の力が身体を支えてくれる。
反対側では酒呑童子へ近付こうとした蜘蛛糸を、ジバニャンの百烈肉球が弾き飛ばす。
コマさんが旋風を巻き起こし、ケータたちも避難誘導を続ける。
妖怪も人間も関係なく、今は皆が一つだった。
だが。
土蜘蛛は笑っていた。
「まだだ。」
「まだ終わらぬ。」
その八つの眼だけが、不気味に光る。
#朔夜は違和感を覚えていた。
(攻撃が単調すぎる……。)
(違う。)
(何かを狙っている。)
心の奥で玄武も静かに告げる。
『奴は時を待っておるようだ。』
「はい。」
#朔夜は短く答え、再び蜘蛛糸を切り払う。
その時だった。
「危ない!」
鬼太郎の声。
避難していた消防隊員の一人へ蜘蛛糸が伸びていた。
#朔夜は迷わない。
法典斧を翻す。
「月下扇。」
一閃。
蜘蛛糸は真っ二つとなり、隊員は尻餅をつきながらも難を逃れる。
「ありがとうございます!」
だが。
その一瞬だけだった。
#朔夜の意識が前方へ向いた、その刹那。
背後の土煙から。
音もなく。
一本の極細の蜘蛛糸が伸びていた。
[newpage]
「――!」
気付いた時には遅かった。
蜘蛛糸は朔夜の両腕へ絡み付き、一気に締め上げる。
ギチッ!
法典斧が持ち上がらない。
さらに。
腰。
脚。
肩。
身体中へ蜘蛛糸が巻き付き、#朔夜を宙へ吊り上げた。
[newpage]
「#朔夜!」
鬼太郎が駆け出す。
しかし、その前へ無数の蜘蛛糸が立ちはだかる。
「くっ……!」
猫娘も爪を振るう。
だが切り裂いた端から再生していく。
土蜘蛛が甲高く笑った。
「掛かったわね!」
「玄武の器!」
#朔夜は身体をよじる。
しかし拘束は緩まない。
法典斧を振る腕すら自由にならない。
(しまった……。)
その時。
胸元の青い宝石から、何かが流れ出していく感覚があった。
「……!」
息が苦しい。
身体が急激に重くなる。
この感覚。
(この感じ……。)
思い出す。
蜘蛛糸を断つため、小刀を創り出したあの日。
あの時と同じ。
いや、それ以上だった。
宝石に宿る力そのものが、蜘蛛糸を伝って吸い上げられていく。
「なるほど……。」
土蜘蛛は満足そうに笑う。
「人間の身で神の力を扱うなど滑稽。」
「その力ごと喰らってくれる。」
青い宝石が脈打つ。
ピカッ。
……。
ピカッ。
……。
その輝きは少しずつ弱まっていた。
「まずい!」
目玉おやじが叫ぶ。
鬼太郎は蜘蛛糸を掻き分けながら叫ぶ。
「#朔夜!」
#朔夜は苦しそうに目を閉じる。
身体から力が抜けていく。
玄武の姿も薄れていくのが分かった。
白蛇が悲しげに鳴き、緑の羽織も淡く霞み始める。
[newpage]
心の中で玄武が静かに呟いた。
『……ここまでか。』
その声に。
#朔夜は小さく笑った。
「いいえ。」
『……?』
「僕は、一人じゃありませんよ。」
玄武は黙る。
その言葉の意味を理解する前に。
宝石の光が、最後に一度だけ大きく脈動した。
ドクン――。
青白い閃光が宝石から溢れ出す。
誰もが目を細めた。
光は空高く昇ることなく。
一直線に駆け抜ける。
「……?」
トウマが目で追う。
その光は自分へ向かってくる。
「僕!?」
思わず身構えた、その瞬間。
光はトウマの横をすり抜けた。
「え?」
次の瞬間。
一本の剣が、眩い雷光に包まれる。
――不動雷鳴剣。
バチッ!!
バチバチバチッ!!
雷鳴が轟き、剣は独りでに宙へ浮かび上がった。
「雷鳴剣が……!」
トウマは目を見開く。
剣は黄金色の雷を纏いながらゆっくりと回転を始める。
やがて光は人の形を取り始めた。
小柄な身体。
少年の輪郭。
風になびく髪。
雷光が少しずつ収まっていく。
鬼太郎も。
猫娘も。
土蜘蛛でさえ。
その光景を見つめていた。
最後の雷光が消え去った時。
そこには、一人の少年が静かに立っていた。
その瞳は真っ直ぐに、蜘蛛糸へ囚われた#朔夜だけを見つめていた――。