ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

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#百四十五話

眩い雷光が収まった時、不動雷鳴剣のあった場所には、見知らぬ妖怪が立っていた。

白く大きく巻いた髪。紫がかった肌。小柄な身体の周囲には、何本もの腕を思わせる異形の力が揺らめいている。

突然現れた存在を前に、女郎蜘蛛も攻撃の手を止めていた。

蜘蛛糸に拘束された#朔夜は、かすれる声で問い掛ける。

「あなたは……?」

妖怪は堂々と胸を張った。

「オレは不動明王ボーイ! よろしくな!」

「不動……明王ボーイ?」

「おう!」

場違いなほど明るい返事が返ってくる。

鬼太郎は静かに相手を観察し、猫娘は何とも言えない表情を浮かべていた。

女郎蜘蛛も一瞬呆気に取られていたが、すぐに顔を怒りで歪める。

「どこの妖怪かは知らぬが、妾の邪魔をするでない!」

「まずは、こっちだな!」

不動明王ボーイは女郎蜘蛛を無視し、#朔夜を縛り上げている蜘蛛糸へ目を向けた。

その手には、短剣ほどの大きさに縮んだ不動雷鳴剣が握られている。

「今、助けるぞ!」

青白い雷光が走った。

不動雷鳴剣が蜘蛛糸へ触れた瞬間、#朔夜の身体を締め付けていた糸が次々と切断されていく。

最後の一本が切れ、支えを失った#朔夜の身体が前へ傾いた。

「っと!」

不動明王ボーイが素早く腕を伸ばし、#朔夜を受け止める。

「大丈夫か?」

「はい……あ、ありがとう」

そう答えたものの、#朔夜の身体にはほとんど力が残っていなかった。

女郎蜘蛛に青い宝石の力を吸い取られた影響だろう。指先は小さく震え、床へ落ちたゲンブ法典斧を拾うことさえできそうにない。

「小癪な!」

怒声とともに、女郎蜘蛛の背後から無数の蜘蛛糸が放たれた。

全ての糸が、不動明王ボーイへ襲い掛かる。

[newpage]

「危ない!」

#朔夜が叫ぶ。

しかし、不動明王ボーイは逃げなかった。

正面から迫る蜘蛛糸へ腕を伸ばし、その一本を掴み取る。

「捕まえた!」

「何じゃと!?」

女郎蜘蛛の表情が固まった。

蜘蛛糸は、女郎蜘蛛自身の妖力から作られたものだ。当然、その糸の先は彼女の身体へと繋がっている。

不動明王ボーイは両足を踏ん張り、握った蜘蛛糸を勢いよく引いた。

「そーれっ!」

「待て、何を――きゃあああああっ!?」

宙へ投げ飛ばされたのは、不動明王ボーイではなかった。

女郎蜘蛛の身体が浮かび上がり、そのまま不動明王ボーイを中心に大きな円を描いて回り始める。

一周。

二周。

三周。

「離せ! 妾を誰だと思っておる!」

「悪いことをした奴は、おとなしく反省しろ!」

「話を聞けと言っておるのじゃ!」

女郎蜘蛛は抵抗しようと新たな蜘蛛糸を放つ。

だが、不動明王ボーイは伸びてきた糸まで掴み取った。

「まだ元気そうだな!」

「待て! それは違う! これは抵抗ではなく――きゃああああっ!」

振り回す速度が、さらに上がった。

女郎蜘蛛の長い髪と衣装が風に煽られ、激しくたなびく。

これまで朔夜たちを圧倒していた大妖怪の威厳は、すでに見る影もない。

「何という力じゃ……」

目玉おやじが呆然と呟く。

「強いのは分かるけど、もう戦いというより振り回してるだけじゃない」

猫娘は頬を引きつらせていた。

女郎蜘蛛は何度も蜘蛛糸を放って逃れようとしたが、そのたびに妖力を消耗していく。

巨大だった身体は徐々に縮み、人間ほどの大きさから少女ほどの大きさへ、そして最後には手のひらへ乗るほど小さくなってしまった。

「ま、待て……妾の負けじゃ……」

女郎蜘蛛は早くも涙目になっていた。

「本当か?」

「本当じゃ! 抵抗せぬ! じゃから早く止めよ! 目が回る!」

「分かった!」

不動明王ボーイが突然手を止めた。

勢いを失った女郎蜘蛛は、そのまま床へ落下する。

「うぅ……酷い目に遭うた……」

小さくなった女郎蜘蛛は、八本の足をふらつかせながら起き上がろうとした。しかし何度試しても真っすぐに立てず、最後には床へ座り込んでしまう。

「自業自得よ」

猫娘が冷たく言い放つ。

「人間や妖怪を大勢巻き込んでおいて、被害者みたいな顔しないで」

「妾は土蜘蛛じゃぞ……もっと敬意というものを……」

女郎蜘蛛は弱々しく反論したが、不動明王ボーイと目が合うと、慌てて口を閉じた。

その時、夕暮れの空から大勢の羽ばたき音が聞こえてきた。

黒い翼を持つ烏天狗たちが群れを成し、元町タワーへ向かって飛んでくる。

先頭に立つ烏天狗は制服のような衣装を身に纏い、腰には刀と捕縛用の縄を下げていた。

「そこまでだ!」

烏天狗たちは広場へ降り立つと、小さくなった女郎蜘蛛を取り囲む。

「土蜘蛛だな。人間及び妖怪への襲撃、誘拐、生命力の吸収、さらに市街地へ大規模な被害を発生させた容疑で拘束する」

「遅い!」

猫娘の鋭い声が飛んだ。

「もう全部終わっちゃったじゃない! 今まで何してたのよ、烏天狗警察!」

「仕方がないだろう! 現世でこれほど大規模な事件が起きているとは、こちらも把握できていなかったのだ!」

「それで済むと思ってるの?」

「まあまあ、猫娘。警察を動かすにも、それなりの手順があるんじゃろう」

目玉おやじが二人の間へ入る。

「今は土蜘蛛を確実に引き渡すことが先じゃ」

「……分かってるわよ」

猫娘は不満そうに腕を組んだ。

烏天狗の一人が、小さな籠を取り出して女郎蜘蛛の前へ置く。

「入れ」

「無礼者! 妾を誰だと――」

抗議しようとした女郎蜘蛛だったが、不動明王ボーイが一歩近付くと、急いで籠の中へ飛び込んだ。

「早く蓋を閉めよ!」

「随分と素直になったな」

「うるさい!」

籠の扉が閉じられる。

「この後、女郎蜘蛛はどうなるんですか?」

不動明王ボーイに支えられた#朔夜が尋ねた。

「妖怪裁判所へ連行する。取り調べの後、正式な裁判に掛けられることになるだろう」

「裁判……僕たちも立ち会えるんですか?」

烏天狗は首を横へ振る。

「妖怪裁判所への人間の立ち入りは、原則として認められていない」

「原則?」

「昔、特例として人間が立ち会ったことがあったがな」

目玉おやじが口を挟んだ。

「じゃが、人間界と妖怪界の双方を揺るがすほどの、よほど特殊な事件だっのじゃ。今回証言が必要となれば、わしら妖怪が呼ばれることになるじゃろう」

「そうですか……」

#朔夜は籠の中の女郎蜘蛛へ視線を向けた。

女郎蜘蛛は身体を丸め、こちらに背を向けている。反省しているのか、単に拗ねているだけなのかは分からなかった。

烏天狗警察は鬼太郎から簡単に事情を聞き取ると、女郎蜘蛛を収めた籠を持って空へ舞い上がった。

黒い翼の群れが夕暮れの彼方へ消えていく。

その姿が完全に見えなくなった瞬間、#朔夜の身体から力が抜けた。

「#朔夜!」

猫娘と不動明王ボーイが、倒れかけた身体を慌てて支える。

「まったく、無茶し過ぎよ!」

「すみません……」

「ひとまず有星神社へ戻ろう」

鬼太郎が静かに告げる。

「アヤメの状態も確認した方がいい」

[newpage]

朱雀と一反木綿の力を借り、#朔夜たちは有星神社へ戻った。

座敷では、アヤメが静かな寝息を立てている。

女郎蜘蛛の憑依は既に解けており、生命力を吸い取っていた糸も朔夜が断ち切っていた。

顔色はまだ青白かったが、呼吸は安定している。

「女郎蜘蛛との繋がりは完全に切れておる。このまま休ませれば、じきに目を覚ますじゃろう」

オババの言葉を聞き、#朔夜は安堵の息を吐いた。

「よかった……」

「よかった、で済ませるには、妙なことが多過ぎるようじゃのう?」

オババの鋭い視線が、#朔夜の胸元へ向けられる。

女郎蜘蛛に妖力を吸収された青い宝石は、今では弱々しい光を宿しているだけだった。

「その石じゃ。いったい何物なんじゃ?」

「わしも気になっておった」

目玉おやじも身を乗り出す。

「湖を割り、玄武を朔夜の身体から引き剥がし、最後には不動雷鳴剣へ力を流したと聞いたぞ。尋常な宝石ではあるまい」

「それは……僕にも分からなくて」

朔夜は宝石へ手を添える。

「以前、妖怪縁日へ迷い込んだ時に、マオさんから譲ってもらったんです」

「日陰マオというヤツだ。恐らく高校生ぐらうだろう」

零が補足した。

鬼太郎たちの視線が零へ集まる。

「お主は知っておるのか?」

「ああ。きさらぎ駅で本人から聞いた」

零は壁へ寄り掛かりながら、淡々と続ける。

「妖怪縁日で#朔夜がこの石を見つけ、強く惹かれたらしい。代金はマオが支払ったらしいとコイツから聞いた」

「その少年は、何と言っておったんじゃ?」

目玉おやじが尋ねる。

「『あるべき場所へ返しただけ』だ」

その言葉を聞いた途端、オババと目玉おやじの表情が険しくなった。

「返した、とな」

「つまり、その石は元々#朔夜のものだったとも受け取れるのう」

「でも、僕はこの宝石を見たことなんて」

#朔夜は戸惑いながら答える。

「少なくとも、妖怪縁日へ行くまでは……」

「マオという少年は、何かを知っておるようじゃな」

オババは考え込むように目を細めた。

「だが、今問題なのは石の出所だけではない」

鬼太郎が口を開く。

「宝剣殿で、いったい何が起きたんだ?」

「湖に着いた時から、宝石は反応していました」

ナツメが答えた。

「湖の底を光で指し示して、その直後に水が左右へ割れたんです」

「玄武の石像から水が流れ出した時も、この石の光で止まりました」

トウマが続ける。

「それだけじゃない。玄武が#朔夜の身体へ入った時、最後に引き剥がしたのも宝石の力だった」

アキノリが真剣な表情で言った。

「その後、玄武は朔夜をゲンブ法典斧の使い手に選んだんです」

「玄武に身体を乗っ取られただと?」

零の眉が寄る。

「お前、そんなことになっていたのか」

「はい……」

「なぜ平然としている」

「平然としているつもりはないんですけど……」

「十分平然としておるぞ」

伊吹丸が呆れたように口を挟む。

「まこと、そなたは己の身を顧みぬな。此度も一歩誤れば、玄武に身も心も奪われておったやもしれぬぞ」

「すみません……」

「伊吹丸の言う通りだ」

鬼太郎も真剣な声で続ける。

「力が助けてくれたからといって、その宝石が安全だとは限らない」

「むしろ力の正体が分からん以上、警戒すべきじゃろう」

目玉おやじが頷く。

「じゃが、今のところ#朔夜を害するどころか、守ろうとしているようにも見えるのう」

「だからこそ厄介なんじゃ」

オババが腕を組む。

「善意で動く力ほど、扱う者が無茶をしやすい。#朔夜、お主はその石を過信し過ぎてはならんぞ」

「はい」

#朔夜は素直に頷いた。

「それで、あっちの妖怪は何者なの?」

猫娘が、不動明王ボーイを指差す。

「元町タワーで名乗ってはいたけど、どうして不動雷鳴剣から出てきたのよ」

「呼ばれたからだ!」

不動明王ボーイが元気よく答える。

「誰に呼ばれたの?」

「分からない!」

「分からないのかよ」

零が即座に突っ込む。

「でも、助けを求める声が聞こえたんだ。だから出てきた!」

「その声は、#朔夜のものだったのか?」

鬼太郎が尋ねる。

「たぶん!」

「また、たぶん?」

猫娘が額を押さえる。

伊吹丸は不動明王ボーイをじっと見つめた。

「不動明王の名を冠する者よ。そなた、自らがいずこより来たのかも分からぬと申すか」

「細かいことは気にするな!」

「細かくはないわ!」

猫娘の声が座敷へ響いた。

#朔夜は胸元の宝石を見下ろす。

妖怪縁日で強く惹かれた青い石。

湖を割り、玄武の力を動かし、不動明王ボーイを呼び出した宝石。

偶然だと思っていた出来事が、少しずつ一本の線で繋がり始めている。

[newpage]

「日陰マオは、この石の正体を知っているはずだ」

零が朔夜へ言った。

「今度会った時には、必ず問いただせ。『あるべき場所へ返した』という言葉の意味もな」

「はい」

「それから、もう一つじゃ」

朱雀が静かに口を開いた。

「玄武から妖聖剣を受け取った瞬間、#朔夜の額に加護の紋章が現れた」

「え?」

#朔夜は思わず額へ手を当てた。

「僕の額に……?」

「本人は気付いていなかったのか」

「何ですか、その反応!?」

零、鬼太郎、猫娘、目玉おやじ、オババ、伊吹丸。

その場にいる全員の視線が、一斉に#朔夜へ集まった。

「ちょ、ちょっと待ってください。一度に聞かれても……」

困り果てる#朔夜の横で、不動明王ボーイが再び胸を張る。

「オレは不動明王ボーイ! よろしくな!」

座敷に沈黙が訪れた。

零が眉間を押さえる。

「お前の自己紹介は、もう聞いた」

「そうなのか?」

「自分で名乗ったことくらい覚えておれ!」

思わず伊吹丸まで声を荒らげる。

その日、有星神社には久しぶりに明るい笑い声が響いた。

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