十月三十一日。
放課後、帰り支度をしていた#朔夜のスマートフォンが震えた。
画面には、アヤメから送られてきた写真が表示されている。カボチャのモンブラン、黒猫のマカロン、コウモリ型のチョコレート。どれも駅前の商業施設で販売されている、ハロウィン限定スイーツらしい。
『今日までだそうです。皆さんで行きませんか?』
送信された直後、ナツメが反応した。
『行く!』
『黒猫のマカロン、かわいいわね』
しずかも続き、間を置かずにもう一件通知が届く。
『その黒猫マカロン、何時まで残ってるの?』
送り主の名前を見て、#朔夜は目を瞬いた。
『猫娘さん、いつの間に!?』
『この前ナツメと連絡先を交換したのよ。何かあった時に便利でしょ』
緊急連絡用のはずなのに、反応した話題は限定スイーツだった。
#朔夜がそっと画面を閉じようとすると、ナツメから新しいメッセージが飛んでくる。
『#朔夜も来るよね?』
『え、僕も?』
『四時に駅前集合ね!』
『待って。まだ行くって言ってない』
『人数が多い方が、いろいろ分けられるもの』
『荷物を持ってくれる人も必要ね』
しずかと猫娘まで話へ加わり、最後にアヤメが集合場所の地図を送ってきた。
#朔夜はしばらく画面を見つめた。
『えぇ……もう決定なんだ.....』
結局、集合時刻の五分前には駅前に着いていた。
◇
大通りは橙色と黒色の飾りで埋め尽くされていた。
街路樹にはカボチャ型のランタンが吊られ、仮装した子どもたちが菓子袋を手に走り回っている。
「最初がカボチャのモンブラン、次が黒猫マカロン、その次が墓石ティラミスです」
アヤメはスマートフォンに作った順路を確認しながら言った。
「予定表まで作ったんだ」
「数量限定ですから、順番が大切です」
女郎蜘蛛の事件から数日。アヤメが自分から出掛けようと言い出したことに、皆は少なからず安心していた。
「じゃあ、行こう!」
ナツメの声で一行が歩き始める。
気付けば、#朔夜の両手には紙袋が二つあった。
「え、これ僕が持つの?」
「撮影用の小物よ」
猫娘が当然のように答える。
「そうじゃなくて、どうして僕が……」
「今、一番手が空いてるから」
「そうだけど……」
反論している間にも、ナツメからもう一つ袋を渡される。
「えぇ……増えた」
「あとで一口あげるから」
「……分かったよ」
その返事に、ナツメとしずかが小さく笑った。猫娘も口元を緩める。
#朔夜が女子ばかりの輪に混ざっていることを、猫娘はもう不思議がらなかった。ナツメたちの接し方を見て、何か察しているのかもしれない。
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最初のカフェも、店内までハロウィン一色だった。
窓にはコウモリの切り絵が貼られ、テーブルには小さなカボチャが並んでいる。
空いている席を探していると、奥から声がした。
「あれ? #朔夜くん?」
振り向けば、買い物袋を持ったまなが立っていた。
「まなさん。お久しぶりです」
「やっぱり! みんなでスイーツを食べに来たの?」
「はい。アヤメさんが見つけてくれて」
「いいなあ。私も一緒にいていい?」
「もちろん!」
ナツメが即答する。
まなは嬉しそうに皆を見回し、猫娘の前で動きを止めた。
「わあ……すごい仮装ですね!」
「か、仮装?」
まなは猫娘の紫色の髪、大きな赤いリボン、黄色い瞳を興味深そうに眺めた。
「猫をイメージしてるんですか? すごく似合ってます!」
「まあ……そんなところよ」
猫娘は一瞬言葉に詰まりながらも、話を合わせた。
「猫の仮装かぁ……」
まながぽつりと呟く。
その言葉を聞いた猫娘の表情が、わずかに揺れた気がした。
次の瞬間、まなは顔を上げ、猫娘へぐっと詰め寄った。
「あの! 猫姉さんって呼んでいいですか!?」
「……え?」
「猫っぽくて格好いいお姉さんだから、猫姉さんです! 駄目ですか!?」
「ちょ、ちょっと近いってば……」
「駄目ですか?」
普段なら人の勢いに流されそうにない猫娘が、珍しく押されている。
しばらくまなの顔を見つめた後、猫娘は小さく息を吐いた。
「……別に、いいけど」
「本当ですか!? やった! 猫姉さん!」
「一度で聞こえてるわよ」
顔を背けた猫娘の表情は、まなの勢いに困っているようにも、どこか曇っているようにも見えた。
「皆さん、席が埋まってしまいます」
アヤメの声で、皆は慌てて空席へ向かった。
◇
テーブルには、カボチャのモンブランや目玉を模したゼリー、コウモリ型のクッキーが並んだ。
「食べる前に写真を撮ろう!」
ナツメがスマートフォンを差し出す。
「#朔夜、お願い」
「え、僕が?」
「全員で写りたいから」
「僕も一応、全員の中に入ってるんだけど……」
戸惑いながらも受け取ると、まなはすぐ猫娘の隣へ座った。
「猫姉さん、もう少しこっち!」
「引っ張らないでってば!」
「撮りますよ」
#朔夜が撮影を終えると、今度はしずかが店員へ頼み、#朔夜まで写真の中へ押し込んだ。
「え、僕も?」
「皆で来たんだから当然でしょ」
猫娘に言われ、#朔夜は端へ腰を下ろした。
やがてスイーツを口にしたアヤメが、ほっとしたように笑う。
「美味しいです。皆さんと来られてよかった」
「次のお店も楽しみだね」
ナツメが答えた。
事件の影はまだ完全には消えていない。それでも、今日くらいは普通に笑っていてもいい。
そんな穏やかな時間の中で、まなが不意に窓の外を指差した。
「あの人、俳優さんかな!?」
ガラスの向こう、通りの反対側に背の高い男が立っていた。
仕立てのよい濃紺のスーツ。整えられた長い髪。落ち着いた雰囲気の中に、どこか野性的な鋭さがある。確かに、映画から抜け出してきた俳優のようだった。
「格好いい……! イベントのゲストかな?」
まなが目を輝かせる。
#朔夜も一度だけ男を見る。
「そうかもしれないね」
見覚えはなかった。少なくとも、すぐに思い出せる相手ではない。
視線を戻しかけた時、隣にいた猫娘の表情が険しくなったように見えた。
同時に、窓の外の男がゆっくりこちらへ顔を向ける。
その瞬間だった。
「あっ! 早く行かないと、次のスイーツがなくなっちゃう!」
ナツメが勢いよく立ち上がった。
「え、もう行くの?」
「次は数量限定だよ!」
まなも時計を確認し、慌てて鞄を持つ。
「一日三十個です」
アヤメまで真剣な顔で言った。
「そんなに急ぐ……?」
#朔夜が戸惑うと、猫娘が吹き出した。
「今日はスイーツ巡りに来たんでしょ?」
「そうだけど……」
「#朔夜くん、限定スイーツを甘く見ちゃ駄目だよ!」
真顔で言い切るまなに、ナツメが笑い出す。しずかとアヤメもつられ、猫娘まで肩を揺らした。
「ほら、行くよ!」
「猫姉さん、次は黒猫マカロンですよ!」
「分かったから引っ張らないの!」
皆は笑いながら店を出ていく。
#朔夜はテーブルの下に置いていた紙袋を持ち上げ、その後を追った。
「えぇ……また増えてる」
「早く、#朔夜!」
「今行く!」
人混みへ入る直前、#朔夜は何となく振り返った。
先ほどまで通りの向こうに立っていた男の姿は、もう見えなかった。
だが、そのことを深く考えるより先に、前方からまた名前を呼ばれる。
「待って。置いていかないでよ」
両手の荷物を抱え直し、#朔夜は皆の背中を追いかけた。
ハロウィンの音楽と笑い声に紛れ、ガラス越しの小さな違和感は、すぐに意識の外へ押し流されていった。