日が暮れていくのに比例するように、#朔夜の持つ荷物は増えていった。
黒猫マカロンの箱。墓石ティラミスの紙袋。ハロウィン限定の小物に、撮影用として購入したカボチャの飾り。
両手だけでは足りず、腕にまで袋が掛かっている。
「#朔夜、大丈夫?」
ナツメに声を掛けられ、#朔夜は荷物の隙間から顔を覗かせた。
「大丈夫ですけど……これ、僕の物は一つもないですよね?」
「あ……」
全員の動きが止まった。
どうやら、ようやく気付いたらしい。
「ご、ごめん。さすがに持たせすぎたね」
ナツメが自分の紙袋を取り、しずかとアヤメもそれぞれの荷物を引き取った。まなも慌てて、菓子の箱を朔夜の腕から外す。
「ごめんね、#朔夜くん。ついお願いしちゃって」
「いえ。持てないわけじゃなくて…」
「そういう問題じゃないでしょ」
猫娘も呆れたように言いながら、自分の袋を取った。
一気に腕が軽くなり、#朔夜は小さく息を吐く。手元に残ったのは、全員で買った土産と撮影用の小物だけだった。
「これくらいなら...」
「最初から言えばよかったのに」
「言おうとする前に増えていったんだ……」
その返事に、皆から笑いがこぼれた。
◇
次に入ったカフェでは、夕方からの限定メニューが販売されていた。
赤いベリーソースを添えた棺型のチョコレートケーキ。紫色のクリームが乗った魔女のカップケーキ。血を模した赤い炭酸飲料。
窓の外では、明かりを灯したカボチャのランタンが揺れている。
スイーツを食べ終えた頃、しずかが席を立った。
「私、少しお手洗いへ行ってくるわね」
「私もご一緒します」
アヤメも続き、二人は店の奥へ向かっていった。
席に残ったのは、#朔夜、ナツメ、まな、猫娘の四人。
まなは先ほど撮った写真を眺めながら、楽しそうに猫娘へ話し掛けている。
「猫姉さん、この写真すごくよく撮れてますよ!」
「そう? まあ、悪くないじゃない」
猫娘は答えながらも、時折#朔夜へ視線を向けていた。
やがて、まなが写真を拡大することに夢中になった頃。
猫娘が少し身を乗り出し、声を落とす。
「ねえ、#朔夜」
「はい?」
「あなたって……女の子だよね?」
あまりにも唐突だった。
#朔夜は目を瞬き、素直に頷く。
「え? はい」
「やっぱり」
「えええっ!?」
大声を上げたのは、猫娘ではなくまなだった。
店内の客が何人か振り返り、朔夜は肩を跳ねさせる。
「まなさん、声が……」
「だ、だって! #朔夜くん、女の子なの!?」
「そうだよ?」
ナツメが、さも当然のことのように答えた。
「#朔夜は勘違いされやすいけど、女の子だよ?」
「ナツメちゃんは知ってたの!?」
「もちろん。しずかちゃんもアヤメちゃんも知ってるよ」
まなはナツメと#朔夜を交互に見た。
驚きで大きくなっていた目が、今度は輝き始める。
「#朔夜ちゃんだったんだ!」
「え――」
次の瞬間、まなが勢いよく朔夜へ抱きついた。
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「ちょ、待って……!」
背中が椅子へ押しつけられ、まなの腕の中に完全に閉じ込められる。
身動きが取れない。
「ま、待って……息できない……!」
「あっ!」
まなが慌てて腕を緩めた。
解放された朔夜は、机へ手をついて息を整える。
「ご、ごめんね! 嬉しくて、つい……」
「びっくりした……」
すっかり敬語が抜けている#朔夜を見て、ナツメが笑いを堪えていた。猫娘も口元へ手を当てている。
「それにしても、よく分かりましたね」
落ち着きを取り戻した#朔夜が、猫娘へ尋ねた。
「今日一日見てればね。ナツメたちの接し方もそうだし、何となく気付いてたのよ」
「そうだったんですね」
「どうして訂正しなかったの?」
「隠しているわけではないんです。ただ、最初に間違えられて……訂正する機会を逃しているうちに、そのままになってしまって」
「そんなことまで流されるんじゃないわよ」
「えぇ……今さら言うのも気まずくて」
「今さらだから言うの!」
猫娘の即答に、ナツメが吹き出した。
まなはまだ興奮が収まらないらしく、#朔夜の顔を間近から見つめている。
「じゃあ、これから朔夜ちゃんって呼んでいい?」
「呼びやすい方で構いませんよ」
「やった! #朔夜ちゃん!」
「近い、近いです」
再び抱きつかれそうになり、#朔夜は椅子ごと僅かに後ろへ下がった。
そこへ、しずかとアヤメが戻ってくる。
「どうしたの? ずいぶん賑やかだけど」
「#朔夜くんが朔夜ちゃんだったの!」
まなが勢いよく報告した。
しずかは一度目を瞬き、穏やかに頷く。
「ええ、そうよ?」
「まなさんは知らなかったんですね」
アヤメも不思議そうに首を傾げた。
「二人とも反応が軽い!」
「皆さんにとっては、前から知っていることだから……」
#朔夜が困ったように答えると、再び笑いが起きた。
◇
カフェを出る頃には、日はすっかり沈んでいた。
通りは昼間以上の人混みになっている。
魔女、幽霊、狼男、全身に包帯を巻いたミイラ。色とりどりの仮装をした人々が行き交い、店先から賑やかな音楽が流れていた。
「夜になると、もっとすごいね!」
まなが目を輝かせる。
#朔夜は皆とはぐれないよう、少しだけ歩幅を狭めた。
ふと、黒いマントを翻す一団が目に入った。
青白い肌。
尖った牙。
赤い瞳。
吸血鬼の仮装だった。
一組だけではない。
向かいの店にも、路地の入口にも、同じような格好をした者たちがいる。
「……吸血鬼、多くない?」
思わず口にすると、ナツメも周囲を見回した。
「今年の流行なのかな?」
「ハロウィンらしくて格好いいよね!」
まなは気にした様子もなく、吸血鬼姿の集団を眺めている。
けれど、猫娘は答えなかった。
黄色い瞳を細め、雑踏の奥を見つめている。
「猫娘さん?」
「……何でもないわ。みんな、離れないで」
その声は普段どおりに聞こえたが、どこか固かった。
#朔夜も改めて辺りを見る。
仮装にしては、妙に動きが揃っている。
通りを楽しんでいるように見えながら、時折、全員が同じ方向へ視線を送っていた。
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その先。
人混みの向こうに、一人の女が立っている。
黒い衣装。
青白い肌。
暗がりの中でもはっきりと分かる、赤い瞳。
周囲の吸血鬼たちとは比べものにならないほど、完成度の高い仮装だった。
彼女は遠くから、こちらを眺めているように見えた。
「……あの人」
「どうしたの、#朔夜ちゃん?」
まなに呼ばれ、#朔夜が一瞬だけ目を離す。
もう一度見た時には、女の姿は人混みの中へ消えていた。
「いえ……何でもありません」
気のせいかもしれない。
ハロウィンなのだから、吸血鬼が多くても不思議ではない。
そう思いながらも、胸の奥には小さな違和感が残った。
◇
少し離れた建物の屋上。
暗闇に潜んでいたウォルフガングは、街へ満ち始めた吸血鬼の気配を察し、低く鼻を鳴らした。
「……横槍か」
標的の姿さえ、まだ確かめていない。
ここで動けば、余計な争いに巻き込まれるだけだ。
ウォルフガングは賑わう通りを見下ろした後、音もなく闇へ姿を消した。
入れ替わるように、人混みの奥で赤い瞳が細められる。
「人と怪物の境目が曖昧になる夜……」
カミーラは、楽しげに微笑んだ。
「ハロウィンとは、本当に都合のよい祭りですこと」
吸血鬼たちは仮装客へ紛れ、静かに街の各所へ散っていく。
\賑やかな夜の中へ本物の闇が入り込み始めていることを、#朔夜たちはまだ知らなかった。