ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

151 / 165
#百五十一話

「まなさん……?」

#朔夜がもう一度呼び掛けても、まなは返事をしなかった。

大きく見開かれた瞳から、涙が一筋だけこぼれ落ちる。

目の前にいるアニエスを見つめたまま、身体を小さく震わせていた。

「まな?」

アニエスも困惑した様子で名前を呼ぶ。

しかし、周囲の吸血鬼たちは待ってくれない。

柱へ叩きつけられた一体が身体を起こし、牙を剥きながら低く唸った。残る者たちも、アニエスを警戒しつつ、じりじりと距離を縮めてくる。

「今はゆっくり話している場合じゃないわね」

アニエスは杖を構え、朔夜たちの前へ立った。

「二人とも、私の後ろから離れないで!」

「はい」

#朔夜は頷き、動かないまなの肩へ腕を回した。

「まなさん。少しだけ歩けますか?」

返事はない。

#朔夜が支えなければ、そのまま膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

吸血鬼の一体が床を蹴る。

「ダイナガ・ミ・トーチ!」

アニエスの杖から放たれた赤い光が、襲い掛かった吸血鬼の胸を捉えた。大きな音と共に身体が吹き飛び、周囲の仮装客から歓声が上がる。

「すごい演出!」

「映画の撮影かな?」

誰も、この騒ぎが本物の吸血鬼と魔女による戦いだとは気付いていない。

「もう! こんな時まで仮装だと思われるなんて!」

アニエスが苛立たしげに杖を振る。

その時、人混みの向こうから聞き慣れた声が飛んできた。

「#朔夜!」

人々を押し分けるようにして、ナツメが駆け寄ってくる。

そのすぐ後ろには、しずかとアヤメ。そして先頭を追い越す勢いで、猫娘が走ってきた。

「まな!」

猫娘の声が響いた瞬間だった。

それまで何の反応も見せなかったまなの肩が、大きく震えた。

ゆっくりと顔を上げる。

紫がかった長い髪。

大きな赤いリボン。

鋭い黄色の瞳。

少し前まで、記憶のないまま「猫の仮装をした人」だと思っていた姿。

けれど今は違う。

忘れていた日々の中で、何度も自分を助け、叱り、守ってくれた大切な人だった。

[newpage]

「……猫姉さん」

掠れた声が、まなの口からこぼれた。

猫娘の足が止まる。

「まな……?」

「猫姉さん……!」

今度は、はっきりと呼んだ。

まなは#朔夜の腕を離れ、ふらつきながら猫娘へ駆け寄った。

「思い出した……。私、思い出したよ……!」

勢いよく抱きつかれ、猫娘は一歩よろめく。

「鬼太郎のことも……目玉おやじさんのことも、ねずみ男のことも……アニエスも、アデルさんも……」

まなの声が涙で震える。

「猫姉さんのことも……全部……!」

「まな……!」

猫娘も、今度は迷わなかった。

まなの背中へ両腕を回し、力強く抱き締め返す。

「やっと……やっと思い出したのね……!」

猫娘の声も、僅かに震えていた。

あの戦いが終わった後、消えてしまった記憶。

いくら声を掛けても、どれだけ近くへ行っても戻らなかった時間。

それでもまなは、記憶を失ったまま再び「猫姉さん」という呼び名を選んだ。

そして今、その名前に込められていた思い出まで取り戻したのだ。

ナツメたちは、二人の再会を静かに見守っていた。

#朔夜も胸を撫で下ろす。

まなの様子がおかしくなった理由は、やはり失われた記憶が戻ったからだったらしい。

「感動の再会は後にして!」

アニエスの鋭い声が飛んだ。

「まだ終わっていないわよ!」

周囲には、今も吸血鬼たちが残っている。

猫娘はまなを背後へ庇い、鋭い爪を伸ばした。

「こいつら……一体どこから湧いてきたのよ」

「カミーラよ」

アニエスが答える。

「街に妙な魔力が集まっていると思って追ってきたの。ハロウィンの仮装に紛れて、本物の吸血鬼を潜り込ませていたのよ」

「カミーラ……?」

まながその名前に反応する。

猫娘の表情が険しくなった。

その直後、吹き抜けの上階から、ゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。

「さすがね。もう私に気付いていたの」

全員が顔を上げる。

二階の手すりに、一人の女が腰を預けていた。

黒を基調とした衣装。

夜の闇よりも深い長い髪。

青白い肌と、妖しく輝く赤い瞳。

周囲にいる吸血鬼たちとは、纏う空気そのものが違っていた。

「カミーラ!」

アニエスが杖を向ける。

猫娘は姿を確認した瞬間、怒鳴り声を上げた。

「やっぱりあんたの仕業ね、このクソババア!」

「相変わらず口の悪い猫ですこと」

カミーラは眉一つ動かさず、余裕の笑みを浮かべる。

「こんなところで何を企んでいるの!」

「企むだなんて、人聞きの悪いことを言わないでほしいわね。少し祭りを楽しみながら、様子を見に来ただけよ」

「様子?」

猫娘が聞き返す。

カミーラの赤い瞳が、ゆっくりと一行の中を移動した。

[newpage]

まな。

猫娘。

アニエス。

そして、#朔夜のところで止まる。

「少し前に、面白い話を耳にしたものだから」

#朔夜は思わず周囲を見た。

明らかに、カミーラはこちらを見ている。

「僕……ですか?」

「なるほど。あなたが例の――」

「#朔夜に何の用よ!」

猫娘が、朔夜を隠すように一歩前へ出た。

ナツメもしずかも、さりげなく#朔夜の近くへ寄る。

カミーラはその反応を見て、楽しそうに目を細めた。

「随分と大切にされているのね」

「質問に答えなさい!」

アニエスが杖へ魔力を集める。

「誰から何を聞いたのよ!」

「それを素直に教えるほど、私は親切ではないわ」

カミーラは手すりからゆっくり身体を起こした。

「でも、わざわざ足を運んだ甲斐はあったようね。話に聞いていた以上に、興味深い子だわ」

#朔夜には、何の話をしているのか分からない。

だが、自分の知らないところで何者かが自分について話し、それをカミーラが盗み聞きしたらしいことだけは理解できた。

「この子に手を出すつもりなら、容赦しないわよ!」

「あなた一人で、私を止められるつもり?」

カミーラが微笑む。

アニエスの表情が強張った、その時だった。

「アニエス!」

別の声が響く。

銀色の髪をなびかせながら、一人の女性が吹き抜けの上空から降りてきた。

手にした杖を一振りすると、淡い光の壁が朔夜たちを包み、周囲の吸血鬼を弾き飛ばす。

「一人で先走るなと言っただろう!」

「アデル!」

「カミーラの魔力を感じたからといって、何の準備もなく突っ込むなんて無茶だ!」

「でも、まなたちが襲われていたのよ!」

言い返すアニエスを横目に、アデルはカミーラへ鋭い視線を向けた。

「これ以上、好きにはさせないわ」

アニエスが正面。

アデルが退路を塞ぐ位置。

猫娘も爪を構え、カミーラを睨みつけている。

カミーラの笑みが、ほんの僅かに薄くなった。

「姉妹揃ってのお出迎えとは、随分と歓迎されたものね」

「逃がさないわよ!」

アニエスが杖を振り上げる。

その瞬間、周囲にいた吸血鬼たちが一斉に動いた。

狙いは#朔夜たちではない。

騒ぎを見物していた一般客の集団だった。

「危ない!」

ナツメが叫ぶ。

アニエスとアデルの視線が、僅かに吸血鬼たちへ向く。

猫娘も、近くにいた子どもを庇うため飛び出した。

ほんの一瞬。

カミーラはその隙を見逃さなかった。

「それでは、ごきげんよう」

黒い衣装に包まれた身体が、無数の蝙蝠へ変わる。

「待ちなさい、カミーラ!」

アニエスが魔法を放つ。

赤い光は蝙蝠の群れを掠めたが、群れは幾つにも分かれ、ショッピングモールの天井近くへ散っていった。

周囲の吸血鬼たちも、次々と黒い蝙蝠へ姿を変える。

魔女姉妹が一般客を守っている間に、蝙蝠たちは夜の街へ逃げていった。

[newpage]

「逃げ足だけは速いクソババアね……!」

猫娘が悔しそうに吐き捨てる。

アニエスも杖を握ったまま、暗い天井を睨んでいた。

「偵察に来たと言っていたわね」

「ああ。恐らく最初から、ここで大きな戦いを起こすつもりはなかったようだ」

アデルが静かに答える。

「目的を果たしたから退いた。そう考えた方がよさそうね」

#朔夜は、カミーラが最後まで自分へ向けていた視線を思い出す。

面白い話。

例の子。

その言葉が、胸の奥へ小さな不安を残した。

「#朔夜」

ナツメに呼ばれ、#朔夜は顔を上げる。

「大丈夫?」

「うん。僕は何ともないよ」

そう答えてから、まなの方を見る。

猫娘は改めて、まなの両肩を掴んでいた。

「本当に……全部、思い出したの?」

まなは涙を拭い、しっかりと頷く。

「うん。全部思い出したよ、猫姉さん」

「……そう」

猫娘はそれだけ答えると、もう一度まなを強く抱き締めた。

今度のまなも、迷わずその背中へ腕を回す。

ハロウィンの音楽と、何も知らない人々の笑い声が響く中。

長い間失われていた二人の時間は、ようやく再び繋がったのだった。




やっと、まなの記憶が回復したぁ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。