ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

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#百五十四話

次の放課後。

#朔夜は約束の時間より十分も早く、月見台の図書館へ到着した。

待ち合わせ場所として指定されたのは、二階の奥にある閲覧スペースだった。一般の利用者が少なく、資料を広げても迷惑になりにくい場所らしい。

時間には十分余裕がある。

そう思いながら階段を上がった#朔夜は、目的の席を見つけて足を止めた。

「……早いですね、美夜子さん」

美夜子は既に机へ向かっていた。

その周囲には、分厚い天文学の本や星図、日食と月食の記録をまとめた資料が積まれている。ノートには細かな数字と記号が並び、タブレットには古びた本の写真が表示されていた。

「#朔夜さん。こんにちは」

「こんにちは。僕も早く来たつもりだったんですけど」

「私も少し前に来ただけよ。調べたい資料があったから」

美夜子はそう言ったが、机の状態を見る限り、少なくとも数分前に来た人の作業量ではない。

#朔夜は何も言わず、向かいの椅子へ座った。

「まだエクリプスについて調べているんですか?」

「ええ。比喩である可能性が高いとは思っているけれど、天体現象ではないと断定できたわけではないから」

美夜子は惑星の運行表を指でなぞった。

「予言の頁に描かれた星図も、一般的な配置とは少し違うの。記録上のどの時代とも完全には一致しない」

「未来の星空、という可能性は?」

「父も考えているわ。ただ、星そのものの位置だけでは説明できない記号が多すぎるのよ」

分からないからこそ、可能性を一つずつ確認する。

美夜子の言葉や机の上の資料からは、そんな姿勢が伝わってきた。

やがて、階段を上がってくる二人分の足音が聞こえた。

「ここで合っているようだな」

先に姿を見せたのは、銀色の髪を持つアデルだった。その後ろを、金髪のアニエスが少し不満そうな顔で歩いている。

「待たせたな。約束より五分前だ」

「こんにちは。僕たちも今来たところです」

#朔夜が立ち上がって挨拶すると、アデルは軽く頷いた。

「ちょっと、お姉ちゃん。私一人でも来られたって言ったでしょ」

「道を二度間違えた者の言葉には、説得力がないな」

「一度よ!」

「最初に反対方向の電車へ乗ろうとした件も含めれば二度だ」

「あれは間違えたんじゃなくて、表示が分かりにくかっただけ!」

声が少し大きくなり、近くの司書がこちらを見る。

アニエスは慌てて口を閉じた。

「……図書館では静かにするべきだ」

「誰のせいよ」

小声で言い返しながら、アニエスも席へ着く。

アデルは美夜子が広げていた資料へ視線を落とした。

「随分と調べたようだな」

「分かる範囲だけでも整理しておきたかったの」

「無駄にはならない。事前の記録が多いほど、誤った推測を減らせる」

アデルは簡潔に答えた。

その言葉に、美夜子は少しだけ表情を和らげた。

約束の時間になった。

しかし、のび太とドラえもんは現れなかった。

一分。

二分。

アニエスが壁の時計を見る。

「時間を間違えてるんじゃないの?」

「昨日、のび太さんにもドラえもんにも確認したわ」

美夜子が答える。

#朔夜は少し考えた後、静かに言った。

「のび太君だから」

その一言で、なぜか全員が納得した。

さらに数分が過ぎた頃、階段の方から慌ただしい足音が響いてきた。

「ま、待ってよ、ドラえもん!」

「だから早く準備しなさいって言っただろ!」

息を切らしたのび太と、困り果てた顔のドラえもんが現れる。

「ご、ごめん! 遅れた!」

「約束があるって分かってたのに、のび太君がいつまでも昼寝してるから!」

「昼寝だけじゃないよ! 起きた後、靴下が片方見つからなかったんだ!」

「昨日のうちに用意しておけばよかっただろ!」

アニエスが呆れた顔をする。

「本当に時間どおりに来ないのね」

「いつものことだよ……」

ドラえもんが深くため息をついた。

美夜子は二人のやり取りを見つめていた。

叱るドラえもんと、必死に言い訳をするのび太。

やはり、どこかで同じ光景を見た気がする。

けれど、思い出そうとすると、その感覚は霧の向こうへ遠ざかってしまった。

「美夜子さん?」

#朔夜に呼ばれ、美夜子は我に返った。

「何でもないわ。始めましょう」

[newpage]

全員が席へ着くと、美夜子はタブレットへ予言書の画像を表示した。

中央には、既に読み取れている五行の文章がある。

その周囲を、無数の線や記号が取り囲んでいた。

「これが、満月家の本に突然現れたものよ」

美夜子が説明する。

「中央の文章以外は、私たちにも解読できていないの。天体を示す記号に似たものもあるけれど、それだけではないみたい」

アデルはタブレットを受け取り、画像を拡大した。

しばらく無言で眺めた後、一本の線を指す。

「この部分は、古い西洋魔術の術式に似ている」

「やっぱり魔法の文字なの?」

アニエスが身を乗り出す。

「似ていると言っただけだ。同じものではない」

アデルは即座に否定した。

「通常の術式は、魔力が滞りなく流れるよう、線の接続に規則がある。だが、これは途中で流れが分断されている」

「失敗した魔法陣ってこと?」

「そうとも限らない。意図的に崩してある可能性もある」

アニエスも画像を覗き込み、別の箇所を指差した。

「こっちは呪文に使う文字っぽい。でも、途中から星座みたいな並びになってるわね」

「星座ではなく、天体の位置を表した図かもしれないわ」

美夜子が資料を隣へ並べる。

「ただ、この配置と一致する観測記録が見つからないの」

ドラえもんも画像へ顔を近づけた。

「文章、図形、星の位置が、それぞれ別の情報じゃないのかもしれないね」

「どういうこと?」

のび太が尋ねる。

「全部を重ね合わせて、初めて一つの意味になるんじゃないかな。文章を読むだけでも、星図だけを見るだけでも駄目なんだよ」

「なるほど……全然分からない」

「分かってないじゃないか!」

ドラえもんの声が少し大きくなり、また司書に見られる。

二人は揃って頭を下げた。

話し合いは続いた。

美夜子は天体の配置として線を分類し、アデルは術式の規則と比較する。アニエスは実際に魔法を使う立場から、記号のつながりを確認した。

ドラえもんも未来のデータベースへ照合をかけたが、完全に一致する形式は見つからない。

#朔夜は資料を眺めながら、ふと疑問を口にした。

「この文字は、全部同じ時に現れたんですか?」

「ええ。正確には、父が観測室から本を移動させた直後に気づいたの」

「移動する前は?」

「何もなかったはずよ。撮影記録にも残っていないわ」

アデルが顔を上げる。

「本を置いていた向きは記録してあるか?」

「もちろん。室温や湿度、窓から入る光の角度も記録してあるわ」

「徹底しているな」

「観測条件が分からなければ、再現できないもの」

アデルは僅かに口元を緩めた。

「その考え方は信用できる」

しかし、議論は次第に行き詰まっていった。

画像を拡大しても、見えるのは平面の情報だけ。

線の僅かな濃淡。

紙に刻まれた凹凸。

インクが重なった順番。

光を当てる角度による変化。

そうしたものまでは写真に残っていなかった。

アデルは腕を組み、タブレットを机へ置いた。

「これ以上、写真だけを見ても進展はないな」

「かなり綺麗に撮れてると思うけど」

アニエスが言う。

「綺麗な写真と、十分な資料は別物だ」

アデルは画像の一部を指で拡大する。

「術式は線一本の深さや、重なった順番でも意味が変わる。撮影された像だけでは判断できない」

美夜子が頷いた。

「現物を見た方がいいということ?」

「ああ。本そのものを確認したい。それに、文字が現れた場所や、保管時の環境も見ておくべきだ」

「それなら、うちへ来てもらえる?」

美夜子は全員を見回した。

「本は満月家で保管しているわ。文字が現れた時の観測記録も、分析に使った機材も全部ある」

「その方が良さそうだね」

ドラえもんも賛成する。

「現物と観測データを一緒に確認できれば、未来の道具も使いやすいよ」

のび太が目を輝かせる。

「美夜子さんの家って、天文台なの?」

「正確には、父の研究施設と観測設備があるの」

「魔女の家に天文台まであるんだ!」

「だから、魔女の家というわけでは……」

美夜子が困ったように訂正する。

#朔夜は静かに息を吐いた。

今日は図書館で写真を見るだけの予定だったはずなのに、いつの間にか研究施設へ行く話になっている。

「#朔夜、どうしたの?」

のび太に尋ねられ、朔夜は首を横に振った。

「なでもない。いつものことだと思っただけ」

「何が?」

「こっちの話」

[newpage]

一同は資料を片づけ、満月家へ移動する準備を始めた。

美夜子がタブレットの画面を閉じようとした、その時。

「待て」

アデルの声が飛んだ。

全員の動きが止まる。

「どうしたの、お姉ちゃん」

「画像をもう一度見せてくれ」

美夜子がタブレットを差し出すと、アデルは頁の端を拡大した。

そこには、影のような薄い一本の線が映っていた。

「この線は、撮影時の影か?」

「最初は私たちもそう思ったわ。でも、照明や角度を変えて撮っても、同じ位置に映るの」

「紙の傷では?」

「顕微鏡で見ても、表面には傷がなかった」

アデルは暫く画像を見つめた。

「ならば、これは頁の表に描かれた線ではない可能性がある」

「どういうこと?」

アニエスが眉を寄せる。

「紙の内部にあるか、別の頁に描かれたものが透けているのかもしれない」

「でも、裏の頁にも何も書かれていないわ」

美夜子が答える。

アデルはタブレットを返し、立ち上がった。

「だからこそ、現物を見る必要がある」

その表情から、先ほどまでの僅かな余裕は消えていた。

「この本に記されているものは、我々が写真で見ている一枚だけではないかもしれない」

予言は、頁の表面に浮かんだ文章だけではない。

その下に、まだ何かが隠れている。

誰も口を開かないまま、一同は図書館を後にした。

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