ドラえもんのび太の異世界からの来訪者   作:セナドライ

157 / 165
ピー助、フー子良かったね


#百五十七話

「……フー子?」

のび太が、掠れた声でその名を呼んだ。

#朔夜の腕の中にいた小さな生き物は、ぴたりと動きを止めた。

黒い瞳が、のび太の顔をじっと見つめる。

確かめているようだった。

目の前にいる少年が、本当に自分の知っている相手なのか。長い時間を越えて、もう一度会いたいと願っていた相手なのか。

「フー……?」

小さな声が漏れた。

のび太は震える手を伸ばす。

「僕だよ、フー子。のび太だよ」

その瞬間だった。

「フーッ!」

フー子は#朔夜の腕から飛び出し、真っ直ぐにのび太の胸へ飛び込んだ。

「うわっ!」

同時に、部屋の中を突風が駆け抜ける。

机の上に積まれていた漫画が宙を舞い、ノートや答案用紙が天井まで巻き上げられた。カーテンが大きく膨らみ、ドラえもんは床の上を転がって壁へぶつかる。

「いったぁ! フー子、落ち着いて!」

「フー! フーッ!」

フー子は聞いていなかった。

のび太の胸元へ何度も身体を擦りつけ、頬へ飛びつき、嬉しそうに部屋中を飛び回っては、またのび太の腕へ戻ってくる。

階下から、玉子の声が響いた。

「のび太! 今度は何をしたの!」

「僕じゃないよぉ!」

そう叫びながらも、のび太の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

腕の中のフー子を壊れ物のように抱きしめ、何度も名前を呼ぶ。

「フー子……本当にフー子なんだね。もう一度、会えたんだね……!」

「フー……」

ドラえもんも、床に座り込んだまま目元を拭った。

「信じられないよ……。あの時、確かに……」

言葉の続きは出なかった。

#朔夜とまなは、部屋の入口近くでその光景を見守っていた。

二人には何が起きているのか分からない。それでも、のび太とドラえもんにとってフー子がどれほど大切な存在なのかは、説明されなくても伝わってきた。

やがて、少しだけ落ち着いたフー子が、のび太の頭の上へちょこんと乗った。

#朔夜はドラえもんへ視線を向ける。

「ドラえもん、この子を知ってるの?」

「知ってるなんてもんじゃないよ」

ドラえもんは立ち上がり、舞い落ちてきた答案用紙を頭から剥がした。

「フー子は、のび太君の大切な友達なんだ」

「ひみつ道具じゃなかったんだ」

「違うよ!」

即座に否定され、#朔夜は僅かに首を傾げる。

「だって、風を操るし、飛ぶし、喋るから」

「動いたり喋ったりするものが、全部ぼくの道具だと思わないでよ!」

まなは二人のやり取りを聞きながら、そっとドラえもんを見る。

「未来には、喋る道具もあるんだ……」

「まなさんまで、そこに驚かないで!」

ドラえもんは気を取り直し、フー子について簡単に説明した。

フー子は、台風の子どもであること。

かつて、のび太が卵から育てたこと。

そして、巨大な風の怪物――マフーガから皆を守るために戦い、別れることになった友達であること。

全てを話したわけではなかった。

それでも、命懸けでのび太たちを救った存在だと知るには十分だった。

[newpage]

「それじゃあ、もう会えないと思ってた子が、急に帰ってきたんだね」

まなが言うと、のび太は何度も頷いた。

「うん。僕、ずっとフー子のことを忘れてなかった」

その言葉に応えるように、フー子が嬉しそうに鳴いた。

ところが、しばらくすると、フー子はのび太の頭から飛び立った。

部屋を一周し、#朔夜の肩へ降りる。

「フー」

「僕のところに戻ってきた」

#朔夜が手を差し出すと、フー子はその指先へ頬を寄せた。

のび太は少しだけ驚いた顔をする。

「フー子、#朔夜のことも好きなの?」

「フー!」

力強い返事だった。

「僕は、飛んできたところを受け止めただけだよ」

「でも、きっと安心したんだよ」

のび太は寂しがるどころか、嬉しそうに笑った。

「#朔夜が助けてくれたんだね。ありがとう」

「うん。でも、本当に何もしてないから」

まなは#朔夜の肩で寛ぐフー子を見て、感心したように笑う。

「やっぱり#朔夜ちゃん、動物に好かれるね」

「この子を動物に入れていいんですか?」

「台風の子だから……自然?」

「もっと広くなりましたね」

フー子は、のび太と#朔夜の間を何度か往復した。

以前から大切だった相手と、逃げ出した直後に自分を受け止めてくれた相手。その両方が近くにいることが嬉しくて仕方がないらしい。

[newpage]

「念のため、身体を調べてみよう」

ドラえもんがポケットへ手を入れ、小型の検査機を取り出した。

スイッチを入れると、機械が低い作動音を響かせる。

その瞬間、フー子の身体が強張った。

「フッ……!」

周囲の空気が乱れ、机の上の鉛筆が転がる。

フー子は逃げるように#朔夜のフードへ潜り込んだ。

「待って。怖がってる」

#朔夜が検査機とフー子の間へ手を入れる。

ドラえもんはすぐに電源を切った。

「機械の音を怖がってる……?」

「フー子、大丈夫だよ。ここには怖い人はいないよ」

のび太が呼びかけると、フードの隙間からフー子が顔を覗かせた。

#朔夜がそっと身体を撫でていると、フー子の表面に何かが付着していることに気づいた。

「ドラえもん、これ」

小さな金属片だった。

薄く湾曲し、端には焼け焦げた跡がある。自然の中で付いたものには見えない。

ドラえもんは手袋をはめ、慎重に破片を受け取った。

「何かの機械の一部みたいだ。フー子は、どこかの施設に捕まっていたのかもしれない」

「誰がそんなことをしたんだよ!」

のび太が声を上げる。

フー子は答えられない。

ただ、恐ろしい記憶を振り払うように首を横へ振り、再び#朔夜の肩へ身体を寄せた。

「今は無理に聞かない方がいい」

#朔夜の言葉に、のび太は唇を噛みながら頷いた。

[newpage]

その時、まなのスマートフォンから通知音が鳴った。

「あっ。さっきの琵琶湖の投稿、続きが上がってる」

「琵琶湖?」

のび太とドラえもんが画面を覗き込む。

表示されていたのは、夕暮れの湖を撮影した映像だった。

水面を進む大きな影。

最初の動画よりも輪郭がはっきりしており、細長い首が一瞬だけ湖面から現れる。

撮影者の驚く声が入り、謎の生物は人の気配を恐れるように水中へ潜った。

その直前。

甲高い鳴き声が、映像の奥から聞こえた。

のび太の表情が変わる。

「もう一回!」

「え?」

「今の声、もう一回再生して!」

まなが慌てて映像を戻す。

暗い湖面。

揺れる映像。

そして、短い鳴き声。

「……ピー助だ」

のび太が呟いた。

ドラえもんが目を見開く。

「ピー助って、まさか……」

「間違いないよ!」

のび太はスマートフォンを両手で掴みそうな勢いで画面へ顔を近づけた。

「僕がピー助の声を間違えるはずない! この子はピー助だよ!」

「この長い首の子も、のび太の友達なの?」

#朔夜が尋ねる。

「うん。僕の大切な友達だよ」

その時、フー子も動画へ反応した。

スマートフォンの周囲を飛び回り、不安そうな声を上げる。そして窓の外へ向かおうとするように、何度も身体を傾けた。

「フー子、この子を知ってるの?」

「フー! フーッ!」

はっきりとは分からない。

しかし、フー子が何かを伝えようとしているのは確かだった。

ドラえもんは窓の外を見る。

既に日は落ちかけている。

「動画が撮影されたのは夕方だ。今から普通に向かったら遅いけど、どこでもドアなら行ける」

「行こう、ドラえもん!」

「もちろん行くよ。ただし、何がいるか分からない。フー子を捕まえていた相手が、ピー助も探しているかもしれない」

「僕も行く」

#朔夜が即答する。

「やっぱりそう言うと思ったよ……」

「フー子が離れないし。それに、この子たちを捕まえた相手がいるなら放っておけない」

ドラえもんは反論できず、今度はまなの方を向いた。

「まなさんは帰った方がいいよ。これから夜の湖へ行くんだから」

「私も行くよ」

「危険かもしれないんだよ?」

「だから行くの」

「どうしてそうなるの!」

まなは既にスマートフォンを操作していた。

「猫姉さんにも連絡しておくね。琵琶湖へ行くって」

「連絡したから大丈夫という話じゃないよ!」

「妖怪や吸血鬼に巻き込まれたことなら何度もあるから」

「それは自慢するところじゃない!」

ドラえもんの制止にも、まなは一歩も引かなかった。

「#朔夜ちゃんだけ行かせて、私だけ帰れないよ」

「僕はフー子が離れないから行くんですけど……」

「じゃあ、私も朔夜ちゃんから離れない」

「えぇ……」

#朔夜は困った顔でドラえもんを見る。

しかし、まなを説得できそうな者は誰もいなかった。

最後にはドラえもんが根負けする。

「分かったよ! ただし、絶対に勝手な行動をしないこと!」

「分かった!」

「まな先輩、たぶん分かってないですよね」

「分かってるよ!」

返事だけは良かった。

[newpage]

ドラえもんは投稿された映像の背景と位置情報を調べ、撮影地点から少し離れた場所を選んだ。

どこでもドアを開く。

扉の向こうから流れ込んできたのは、冷たい夜風だった。

広い湖面が暗闇の中へ続き、遠くには噂を聞きつけた人々のライトがいくつか揺れている。

五人は人目を避け、静かな岸辺へ移動した。

フー子が空へ舞い上がり、湖の上へ小さな風を送り出す。

のび太は暗い水面を見つめた。

「のび太君。まだ本当にピー助だと決まったわけじゃ――」

「ピー助だよ」

のび太は迷わなかった。

一歩、湖へ近づく。

両手を口元へ添え、暗闇の向こうへ向かって叫んだ。

「ピー助ーっ!」

声が夜の湖へ広がる。

「僕だよ! のび太だよ!」

返事はなかった。

寄せては返す波の音だけが聞こえる。

まなが不安そうに湖面を見つめる。

#朔夜は湖だけでなく、周囲の茂みや暗い森にも意識を向けていた。

のび太が、もう一度大きく息を吸う。

その時。

遠く、夜の湖から――。

「ピューイ……!」

か細い声が返ってきた。

のび太の目が、大きく見開かれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。