琵琶湖でピー助たちと再会してから、数日が経った。
ドラえもんの飼育用ジオラマに保護されたピー助、キュー、ミューも、少しずつ落ち着きを取り戻し始めたようだった。
初めのうちは、小さな物音にも怯えていたキューとミューだったが、今ではのび太が顔を見せると、二匹そろって駆け寄ってくる。ピー助も、ジオラマの湖から長い首を伸ばし、嬉しそうな声を上げるようになった。
「ピー助、キュー、ミュー。行ってくるからね」
「ピューイ!」
「キュ!」
「ミュー!」
登校前、のび太がジオラマへ声をかけると、三匹から返事が返ってくる。
のび太は満足そうにうなずき、ランドセルを背負った。
「今度こそ行かないと、本当に遅刻するよ」
「分かってるよ、ドラえもん」
のび太が部屋を出ようとした、その時だった。
「フー!」
小さな影が、開いたままのランドセルへ飛び込んだ。
「あっ、フー子!」
ランドセルの中から、フー子がひょっこり顔を出す。
「駄目だよ。学校には連れていけないんだから」
「フー?」
「そんな顔をしても駄目!」
のび太が抱き上げて部屋へ戻す。
しかし、のび太が廊下へ出ると、フー子もふわふわと後を追ってきた。
「フー子、待って!」
階段を下りかけたフー子を、のび太は慌てて捕まえる。
その直後、台所から玉子が顔を出した。
「のび太、いつまで何をしてるの? 学校に遅れるわよ」
「な、何でもないよ!」
のび太はフー子を背中へ隠した。
だが、フー子はのび太の肩越しから顔を出そうとしている。
「最近、家の中で変な風が吹いている気がするんだけど」
「き、気のせいだよ!」
「そうかしら?」
のび太のママが首を傾げた瞬間、ドラえもんがフー子を抱え、階段の上へ引っ込めた。
「行ってきまーす!」
のび太は逃げるように玄関を飛び出した。
フー子が学校までついて行こうとしたのは、これが初めてではない。
ある日はランドセルの中。ある日は帽子の中。別の日には玄関から出たのび太を窓から追いかけようとした。
そのたびにママに見つかりそうになり、ドラえもんとのび太は苦しい言い訳を重ねていた。
フー子に悪気はない。
ようやく再会できたのび太と、少しでも長く一緒にいたいだけなのだ。
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十二月に入り、町はすっかりクリスマスの雰囲気に包まれていた。
商店街の街灯には赤と緑の飾りが取り付けられ、店先には大小さまざまなクリスマスツリーが並んでいる。玩具店の窓には色鮮やかな箱が積み上げられ、洋菓子店にはクリスマスケーキの写真が大きく貼り出されていた。
学校でも、冬休みやクリスマスの話題が増えている。
「今年は何をもらう?」
「うちは新しいゲーム!」
「クリスマスケーキ、もう予約したんだって」
帰りの会が終わると、教室のあちこちから楽しそうな声が上がった。
#朔夜は教科書をランドセルにしまい、窓の外へ目を向けた。
空は薄い灰色だが、雪が降りそうな気配はない。
教室を出て、校門を抜ける。同級生たちがそれぞれの方向へ帰っていく中、朔夜も一人で住宅街を歩き始めた。
少し前を、二人の少女が歩いている。
一人は#朔夜と同じくらいの年齢で、もう一人は小学校低学年ほどだろうか。よく似た顔立ちからして、おそらく姉妹なのだろう。
妹らしい少女が、姉の袖をつかんでいた。
「サンタさんはいるもん!」
「まだそんなこと言ってるの?」
「いるもん! 去年もプレゼントくれたもん!」
「それ、お父さんかお母さんが置いたんでしょ」
「違うよ! サンタさんだよ!」
妹は頬を膨らませる。
姉は、くだらないと言いたげにため息をついた。
「トナカイが空を飛んで、世界中の家を一晩で回るなんて無理に決まってるじゃない」
「でも、朝起きたら枕元にあったもん!」
「寝てる間に親が置いたんだって」
「お母さんに聞いたら、知らないって言ったもん!」
「サンタのふりをしてるんだから、ごまかすに決まってるでしょ」
「サンタさんはいる!」
少女の声が住宅街へ響く。
二人は言い争いながら角を曲がり、見えなくなった。
#朔夜は歩きながら、先ほどの会話を思い返す。
「サンタクロースか……」
考えてみれば、もうすぐクリスマスだ。
小さい頃、#朔夜の枕元にもプレゼントが置かれていたことがある。誰が置いたのか家族に尋ねても、曖昧に笑ってごまかされるだけだった。
親が用意していたのかもしれない。
本当にサンタクロースが来たのかもしれない。
今まで、深く考えたことはなかった。
妖怪も、魔女も、宇宙人も、未来から来たロボットもいる。
それなら、サンタクロースが実在していても、それほど不思議ではないような気がする。
#朔夜は曇り空を見上げた。
「今年は雪、降るのかな」
吐いた息が、白く空気へ溶けていった。
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帰宅した朔夜は、ランドセルを置いてから空き地へ向かった。
特に約束をしていたわけではないが、放課後になれば、ドラえもんたちの誰かがいることが多い。
空き地へ近づくと、大きな声が聞こえてきた。
「絶対にいるんだよ!」
「いるわけないだろ!」
「サンタさんはいる!」
空き地の中央で、のび太が駄々をこねていた。
両手を握りしめ、今にも地面へ寝転がって暴れ始めそうな勢いである。
その向かいでは、スネ夫が腕を組んでいた。しずかとドラえもんは困った顔をし、ジャイアンは面倒そうに二人を見ている。
「去年だって、その前だって、僕の枕元にプレゼントが置いてあったんだ!」
「だから、君のママが夜中に置いたんだろ」
「違うよ! ママは知らないって言ったんだ!」
「子どもの夢を壊さないように、ごまかしただけだよ」
「ママは嘘なんかつかないよ!」
「サンタのことなら、ごまかすだろ」
「違う!」
「違わない!」
つい先ほど見た姉妹と、ほとんど同じ言い争いだった。
#朔夜が空き地へ入ると、ドラえもんが助けを求めるような顔を向けてきた。
「#朔夜、ちょうどよかった」
「何があったの?」
「スネ夫が、サンタさんなんていないって言うんだ!」
のび太が駆け寄ってくる。
「いないんじゃなくて、プレゼントを置いているのは親だって言ってるんだよ」
スネ夫も負けじと反論する。
「親じゃない!」
「だったら誰なんだよ!」
「サンタさんだよ!」
「だから、サンタが本当にいる証拠はあるのかって聞いてるんだ!」
「プレゼントがあったことが証拠だよ!」
「それは親が置いた証拠にもなるだろ!」
スネ夫は腰へ手を当て、のび太へ人差し指を向けた。
「君のママが置いたんじゃないっていうなら、いったい誰が置いたんだよ!」
「だからサンタさんだってば!」
二人の話は、同じ場所をぐるぐる回っている。
しずかは困ったように笑った。
「本当にいないと決まったわけじゃないと思うけど……」
「しずかちゃん!」
のび太の表情が明るくなる。
「しずかちゃんは、サンタさんがいると思うんだね!」
「いると言い切ったわけじゃないわ。でも、本当にいてくれたら素敵でしょう?」
ジャイアンは頭を掻いた。
「プレゼントをくれるなら、親でもサンタでもどっちでもいいじゃねえか」
「よくないよ!」
「何が違うんだよ」
「夢が違うんだよ!」
「意味が分からねえ!」
#朔夜はしばらく全員を眺めていたが、やがて口を開いた。
「誰かが自分のためにプレゼントを用意してくれたなら、どっちでもよくない?」
「よくない!」
のび太とスネ夫の声が綺麗に重なった。
「えぇ……」
#朔夜は困惑して一歩下がる。
のび太はそんな#朔夜の両手を握った。
「#朔夜、お願い!」
「何?」
「サンタさんを調べるの、手伝って!」
「なんで僕が?」
「#朔夜なら、小さな音にも気づけるし、変な気配がしたら分かるでしょ!」
「サンタを探すための能力じゃないよ」
「動物にも好かれるじゃないか!」
「トナカイを捕まえるつもり?」
「捕まえるんじゃなくて、話を聞くだけだよ!」
のび太は両手を合わせて頭を下げた。
「お願い! サンタさんが本当にいるって証明したいんだ!」
スネ夫も腕を組んだまま口を挟む。
「君が調べるなら、公平な結果になるかもしれないね。のび太一人だと、自分に都合のいい話しか集めなさそうだし」
「何だよ、それ!」
「二人だけに任せたら、また喧嘩になるものね」
しずかまで加わる。
#朔夜はドラえもんを見た。
「助けて」
「たぶん断っても、のび太君は何度も頼みに来ると思うよ」
「……だよね」
#朔夜は小さくため息をついた。
本当は面倒なことに巻き込まれたと思っていた。
けれど、帰り道で見た姉妹の会話も気になっている。
妖怪や魔女が存在するこの世界で、サンタクロースだけが完全な作り話だと、どうして言い切れるのだろう。
「分かった。少しだけ調べてみる」
「本当!?」
「ただし、サンタさんがいないって結果になっても怒らないでよ」
「絶対にいるから大丈夫!」
「もう結論が決まってるじゃないか」
スネ夫が呆れたように言った。
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その日の夕方。
#朔夜は自室のベッドへ座り、スマートフォンを手に取った。
まず、サンタクロースについて何か知っていそうな人物を考える。
妖怪や不可思議な事件に詳しそうな人物。
#朔夜は石動零へLI○Eを送った。
『零さんは、サンタクロースっていると思いますか?』
既読はすぐについた。
返事も早かった。
『知らん』
それだけだった。
しばらくすると、もう一通届く。
『お前、熱でもあるのか』
『ありません』
『ならいい』
サンタについては投げやりなのに、体調だけは心配された。
「……聞く相手を間違えたかな」
続いて、まなへ連絡する。
『まな先輩は、サンタクロースっていると思いますか?』
今度は少し間を置いて返事が来た。
『普通に考えたら、親が置いてるんだと思うけど』
『でも、妖怪も本当にいたからね』
『サンタさんだけ絶対にいないって言い切るのも、変なのかな?』
#朔夜は零とのやり取りを見比べた。
「この温度差は何なんだ……」
その時、スマートフォンが続けて鳴り始めた。
一件、二件ではない。
ドラえもんたちと妖怪探偵団が参加しているグループチャットから、次々に通知が届いている。
#朔夜が画面を開く。
『サンタさんは絶対にいる!』
のび太だった。
『親が置いているに決まってるだろ』
スネ夫。
『イエス・キリスト関係だったっけ?』
ナツメ。
『聖ニコラウスだよ』
トウマ。
『初耳! そんなの気にしたことなかった!』
アキノリ。
『俺も!』
ケータ。
ツッコミまで混ざり、会話は恐ろしい速度で流れていく。
そのうち、サンタが妖怪なのか、人間なのか、外国の神様なのかという新しい議論まで始まった。
#朔夜はしばらく画面を眺めていたが、そっとスマートフォンを伏せた。
「……余計に分からなくなった」
それでも、少しだけ興味が湧いている。
サンタクロースは、本当にいるのか。
それとも、親たちが演じているだけなのか。
#朔夜は枕元へスマートフォンを置いた。
「明日から、ちゃんと調べてみよう」
クリスマスまで、あとわずか。
こうして#朔夜は、サンタクロースの正体を調べることになった。