ゲゲゲの森を訪れた翌日。
野比家の二階では、のび太が机いっぱいに絵本や童話を広げていた。
赤い服を着た白髭の老人。空を飛ぶトナカイ。大きな袋に詰め込まれた、色とりどりのプレゼント。
どの本にも、姿こそ少しずつ違うものの、よく似たサンタクロースが描かれている。
「妖怪に聞いても分からなかったんでしょ? だったら、サンタさんが出てくる本を全部調べればいいんだよ!」
昨日までとは打って変わり、のび太はやる気に満ちていた。
ドラえもんも、その方法自体には賛成している。
「本当に実在するかはともかく、今のサンタクロースがどんな伝承から生まれたのかは分かるかもしれないね」
「ほら、ここにも書いてあるよ。サンタさんは良い子のところにプレゼントを……」
そこまで読み上げたのび太の声が、急に小さくなった。
「のび太君?」
「良い子の……ところに……」
開いた本の上へ、のび太の頭がゆっくりと沈んでいく。
数秒後には、すっかり寝息を立てていた。
「まだ二ページしか読んでないじゃないか!」
ドラえもんが肩を揺らしても、のび太は目を覚まさない。
「調べるんじゃなかったの?」
「調べてるよ……」
「目を閉じたまま?」
「夢の中で……サンタさんに会えるかもしれないから……」
「それは調査じゃないよ!」
その声に引かれたのか、フー子がふわふわと飛んできた。
「フー?」
眠っているのび太の顔を覗き込んだあと、その腹の上へ降りる。身体を丸めると、フー子まで気持ちよさそうに目を閉じてしまった。
「フー子まで寝ないでよ!」
ドラえもんの声だけが、部屋へ虚しく響いた。
[newpage]
「童話か。その手があった」
放課後。
ドラえもんからその話を聞いた#朔夜は、図書館へ向かっていた。
のび太がほとんど何も調べられていない点はともかく、絵本や童話から手掛かりを探すという発想は悪くない。
昨日はゲゲゲの森へ行ったため、結局図書館には寄れなかった。鬼太郎たちから有力な話を聞けなかった以上、今度こそ自分で資料を調べる必要がある。
館内へ入った朔夜は、検索用の端末へ向かった。
「サンタクロース……クリスマス……聖ニコラウス……」
昨日、トウマがグループチャットで口にしていた名前も入力してみる。
検索結果には、児童向けの絵本だけでなく、外国文化や宗教、冬の伝承について書かれた本も表示された。
#朔夜は棚を回り、気になったものを何冊も抜き出していく。
やがて、閲覧席の机には小さな本の山ができていた。
一冊目には、貧しい人々を助けた聖ニコラウスという人物が、現在のサンタクロースのモデルになったと書かれている。
二冊目には、冬に現れる精霊や妖精の伝承が混ざり、現在の姿が作られたとある。
別の国では、サンタクロースに似た人物が一人ではなく、助手や別の存在と一緒に現れるらしい。
そして、子ども向けの絵本では、当然のように空飛ぶソリで世界中を回っていた。
「モデルになった人がいたことと、今も本物がいるかどうかは別だよね……」
#朔夜は調査用のノートへ、分かったことを書き込んだ。
聖ニコラウス。
冬の精霊。
国によって姿や名前が異なる。
複数の伝承が混ざっている可能性。
しかし、どの本にも、現代のクリスマスの夜に本物がプレゼントを届けている証拠までは載っていなかった。
のび太が知りたいのは、歴史ではない。
自分の枕元へプレゼントを置いたのが、本当にサンタクロースだったのかどうかだ。
「そこまでは、本を読んでも分からないか」
#朔夜が小さく息を吐いた時だった。
[chapter:「もしかして、サンタクロースについて調べているんですか!?」]
突然、背後から声をかけられた。
図書館には似つかわしくない勢いだったため、周囲の何人かが一斉に振り返る。
「静かにしてください」
司書から注意され、声の主は慌てて口元を押さえた。
「す、すみません……!」
#朔夜も振り返る。
そこに立っていたのは、眼鏡をかけた少女だった。#朔夜が積み上げた本を見ながら、好奇心に満ちた目を輝かせている。
その隣には、小さな宇宙人のような姿をした存在が浮いていた。
「初対面の相手に、いきなり大声で話しかけるなダニ」
「だって、サンタクロース関連の本がこんなに積まれているんですよ! 普通の調べ物ではありません!」
少女は声を抑えたものの、興奮までは抑えられていない。
#朔夜は二人を交互に見た。
「……誰?」
「あっ、申し遅れました!」
少女は胸へ手を当てる。
「私は未空イナホ! 宇宙と妖怪をはじめ、あらゆる未知を追究する者です!」
「大げさダニ。こいつの相棒のUSAピョンダニ」
「僕は兔谷朔夜」
名乗りながら、#朔夜は思った。
変な人だなぁ、と。
イナホは向かい側の椅子を引き、当然のように腰を下ろした。
「それで、どうしてサンタクロースを調査しているんですか?」
「友達に、本当にいるか調べてほしいって頼まれたから」
「なるほど。サンタクロース実在調査ですね!」
「僕も少し気になっただけだけど」
「それなら、まずサンタクロース宇宙人説を検証しましょう!」
「宇宙人?」
朔夜は思わず聞き返した。
USAピョンは額を押さえる。
「こいつの言うことを真面目に受け取らなくていいダニ」
「いいえ、極めて合理的な仮説です!」
イナホは本を指差しながら、指を一本立てた。
「サンタクロースは、一晩で世界中を移動するといわれています。通常の飛行機では不可能な移動速度です!」
二本目。
「次に、トナカイ。翼もないのに空を飛び、ソリと大量の荷物を運んでいます。地球上の生物とは考えにくい!」
三本目。
「そして、どれだけプレゼントを入れても一杯にならない袋! あれは高度な空間圧縮技術、あるいは四次元収納装置に違いありません!」
「四次元収納装置なら、ドラえもんが持ってるけど」
「ドラえもん!?」
イナホの目がさらに輝いた。
「その方も地球外生命体ですか!?」
「未来から来たロボット」
「未来技術!」
「サンタの話から離れてるダニ!」
USAピョンが小声で突っ込む。
しかし、イナホは止まらなかった。
「さらにサンタクロースは、子どもが何を欲しがっているのか事前に把握しています。これは全世界規模の情報収集システムが存在する証拠!」
「手紙を読んでるんじゃないの?」
「それだけで世界中の子どもを管理できるでしょうか!」
「できないかも」
「そして、誰にも目撃されず家の中へ侵入する技術! 煙突のない家にもプレゼントが届くなら、転送装置を使っている可能性が高いです!」
イナホは確信に満ちた顔で、静かに結論を告げた。
「これらを総合すると、サンタクロースは高度な文明を持つ地球外生命体です!」
「総合の仕方がおかしいダニ!」
#朔夜はしばらく考え、ノートへ文字を書き足した。
[newpage]
[chapter:宇宙人説。]
[chapter:提唱者、未空イナホ。]
「なんで記録したダニ!?」
「調査だから、一応」
「#兔谷さん、話が分かりますね!」
「信じたわけじゃないよ」
イナホはさらに、トナカイは宇宙船に似せた生体型航行装置で、赤い服は地球人へ警戒されないための偽装ではないかと語り始めた。
#朔夜がどこまでノートへ書くべきか迷っていると、イナホが不意に口を止めた。
「……あれ?」
「何?」
「兔谷さん、さっきからUSAピョンと普通に会話していますよね?」
「うん」
「USAピョンが見えているんですか!?」
「見えてるけど」
イナホは#朔夜の腕を見る。
「妖怪ウォッチは?」
「持ってないよ」
「ウォッチなしでオレが見えてるダニ!?」
USAピョンまで驚いて#朔夜へ近づいた。
「妖怪なら、前から普通に見えるけど」
「普通ではありません!」
イナホが身を乗り出す。
「生まれつきですか? 何か特殊な事件を経験したんですか? 妖怪との接触回数は? ほかにどんな存在が見えますか!?」
「近い」
#朔夜は椅子ごと少し後ろへ下がった。
「これは非常に興味深い事例です!」
「今はサンタを調べてるんだけど」
「そうだったダニ! 話を脱線させるなダニ!」
USAピョンに叱られ、イナホは渋々座り直した。
変な人。
けれど、悪い人ではなさそうだ。
#朔夜の中で、イナホに対する評価が少しだけ変わった。
[newpage]
その後、イナホも勝手に調査へ加わった。
二人で本を読み比べた結果、現在のサンタクロース像には、複数の国や時代の伝承が混ざっている可能性が高いことが分かった。
「つまり、サンタクロースは一人ではないのかもしれません!」
「複数の伝承があるっていう意味だと思うけど」
「同じコードネームを使う宇宙人組織という可能性も!」
「そこまでは書いてないよ」
結局、イナホの宇宙人説を裏付ける証拠は一つも見つからなかった。
閉館時間を知らせる音楽が流れ始める。
「もうこんな時間」
「まだソリの航行経路を調べていません!」
「今日は帰るダニ!」
三人は借りる本を選び、図書館を出た。
入口の前で、イナホが元気よく手を振る。
「調査に進展があったら、またどこかで!」
「どこかでって……」
「未知を追っていれば、必ず再会します!」
「そんなものダニ?」
USAピョンも疑問を浮かべながら、イナホと一緒に去っていった。
#朔夜はその背中を見送り、腕に抱えた本へ視線を落とす。
聖ニコラウスについては分かった。
サンタクロースの姿が、複数の伝承から生まれたことも分かった。
だが、本物が今も存在するかは、相変わらず不明のままだ。
妖怪に聞いても分からない。
本を読んでも、歴史しか分からない。
イナホは宇宙人だと言っていた。
「……もっと詳しそうな人」
#朔夜は足を止めた。
西洋の伝承や魔法について、詳しく知っている人物。
「あ」
ハロウィンで出会った、二人の魔女。
「最初から、アニエスたちに聞けばよかったんじゃないか?」
#朔夜は本を片腕で支え、スマートフォンを取り出した。
まずアニエスへメッセージを送る。
『サンタクロースについて聞きたいことがあるんですけど、本当に存在すると思いますか?』
続けて、アデルにも同じ内容を送信した。
しばらく画面を見つめる。
しかし、どちらのメッセージにも既読はつかなかった。
「忙しいのかな」
スマートフォンをしまい、#朔夜は再び歩き始める。
クリスマスまで、あとわずか。
サンタクロースの正体は、まだ何一つ分かっていなかった。