悪魔が召喚される可能性もあるし。その場合は供物が要求されますしね。
クリスマスイブの朝。
目を覚ました#朔夜がスマートフォンを確認すると、昨夜送ったメッセージに返信が届いていた。
送り主はアニエスだった。
『返事が遅くなってごめんなさい。古い魔術書を調べていたの』
『サンタクロースを呼び出せるかもしれないわ』
『できるだけ多くの人を集めて。有星神社を借りられる?』
寝起きの1#朔夜は、しばらく画面を見つめた。
「……呼び出す?」
#朔夜が聞きたかったのは、サンタクロースが本当に存在するかどうかである。
どうして返事が来るまでの間に、召喚する話へ発展しているのだろう。
しかし、サンタクロースの実在を調べるという目的には合っている。
#朔夜はまずナツメへ連絡した。
『アニエスさんが、サンタクロースを呼び出せるかもしれないそうです』
すぐに既読がつく。
『……呼び出す?』
アキノリも同じ反応だった。
『有星神社を使いたいと言ってるんですけど』
『おババに聞いてみる。たぶん大丈夫』
続いて、ドラえもんたちと妖怪探偵団のグループチャットへ知らせる。
『今日、アニエスさんが有星神社でサンタクロースの召喚を試すそうです』
送信直後から、通知が鳴り始めた。
『本当に!?』
のび太。
『魔法陣からサンタが出てくるわけないだろ』
スネ夫。
『プレゼントを直接頼めるのか?』
ジャイアン。
『そこが目的じゃないと思うわ』
しずか。
『サンタ召喚って、妖怪召喚みたいな感じ?』
ケータ。
『たぶん違うよ』
トウマ。
『何が必要!? 靴下!? 煙突!? トナカイの餌!?』
アキノリ。
#朔夜は、画面を流れていくメッセージを眺めた。
「もう嫌な予感がする……」
[newpage]
午後。
有星神社の境内には、予想以上の人数が集まっていた。
#朔夜、ドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫。
妖怪探偵団からはナツメ、トウマ、アキノリ、ケータ。
さらに、まなと満月美夜子も来ている。
そしてナツメの隣には、見覚えのない少年が立っていた。
「姉ちゃん、本当にサンタを呼ぶの?」
「私が呼ぶわけじゃないよ」
「でも、神社を使うんだろ?」
「アニエスが魔法を使うの」
「アニエスって誰?」
ナツメが説明しようとしたところで、境内の奥から金髪の少女が大きな箱を抱えて現れた。
「遅くなってごめんなさい! 準備に手間取ってしまって」
「あの人がアニエス」
「……魔女の格好をしてるけど」
「本物の魔女だよ」
「本物!?」
少年が目を丸くする。
ナツメは朔夜たちへ少年を紹介した。
「弟のケースケ。何をするのか気になるって、ついてきたの」
「こんにちは」
#朔夜が声をかけると、ケースケも戸惑いながら頭を下げた。
「こ、こんにちは……」
ケースケは周囲を見回した。
青い狸のようなロボット。外国人の魔女。知らない小学生たちに、高校生らしい少女。難しそうな観測器具を持った満月美夜子。
ナツメが普段から一緒に行動しているトウマやアキノリ以外、知らない者ばかりだった。
「姉ちゃんの知り合い、多すぎない?」
「これでも今日は少ない方かな」
「これで!?」
その時、神社の階段を駆け上がる足音が聞こえた。
「間に合いましたー!」
眼鏡をかけた少女が、両手に機械を抱えて現れる。その隣には、ケースケには見えていない小さな妖怪が飛んでいた。
「サンタクロース召喚作戦と聞いて、この未空イナホ、観測機材一式を持って参上です!」
「……どうしてここにいるの?」
#朔夜が尋ねた。
「未知に関する情報は、自然と私のもとへ集まってくるのです!」
「ケータが、帰り道に独り言で『明日はサンタ召喚か』って呟いてたのを聞いただけダニ」
USAピョンが即座に真相を明かした。
「え、俺!?」
ケータが自分を指差す。
「独り言まで聞かれてたの!?」
「『サンタ召喚』という単語を聞き逃すわけにはいきません!」
「普通は聞き流すと思うよ」
トウマが冷静に言った。
ケースケは、突然現れたイナホと、誰もいない空間から聞こえた声に視線をさまよわせる。
「今、誰か喋った?」
「USAピョンです!」
イナホが何気なく答える。
「また姉ちゃんが何もいないところと話してる……って、この人たち誰!?」
「私は未空イナホです!」
「そこは見えてる!」
「そしてこちらが相棒のUSAピョン!」
「そっちは見えない!」
ケースケは早くも頭を抱えた。
[newpage]
アニエスは境内へ、召喚に使う道具を並べていった。
赤と白の蝋燭。柊の葉。小さな鈴。星形の飾り。靴下。牛乳と焼き菓子。
それらを中心に置き、地面へ複雑な魔法陣を描く。
美夜子が屈み込み、魔法陣を興味深そうに観察した。
「北の空を示す記号と、冬至に関係する天体記号が混ざっているみたい」
「聖夜に現れる存在を、贈り物と願いを媒介に呼び寄せる術式なの」
アニエスは古びた魔術書を開いた。
「この時期、世界各地で正体不明の魔力が観測されることがあるわ。私自身はサンタクロースに会ったことはないけど、その魔力へ呼びかければ、何か反応があるかもしれない」
「正体不明の魔力……やはり宇宙船の転送エネルギーですね!」
イナホが観測機器の電源を入れる。
「どうして魔力が宇宙船になるダニ!」
USAピョンの声だけがケースケには聞こえたらしく、少年は再び周囲を見回していた。
のび太は魔法陣を見つめ、期待に目を輝かせている。
「これで、本当にサンタさんが来るんだね!」
「まだ成功すると決まったわけじゃないわ」
アニエスは念を押した。
「それと、絶対に魔法陣の線を踏まないで。術式が乱れるから」
その場にいた全員の視線が、ジャイアンとイナホへ集まった。
「なんで俺を見るんだよ!」
「観測のためには、可能な限り近くへ――」
「近づかないで」
#朔夜が先に止めた。
「分かりました……」
イナホは残念そうに一歩下がった。
一同が魔法陣から距離を取る。
アニエスは中央へ立ち、杖を掲げた。
そして、魔術書に記された呪文を唱え始める。
それは聞き慣れない外国語のようでもあり、風や鈴の音を言葉にしたようにも聞こえた。
#朔夜にも、何を言っているのかほとんど聞き取れない。
やがて、蝋燭の炎が一斉に揺れ始めた。
誰も触れていない鈴が、小さく鳴る。
境内を冷たい風が通り抜け、地面に描かれた線が淡い光を放った。
「反応があります!」
イナホが小声で叫ぶ。
「通常とは異なるエネルギー波形です!」
「本当に来るんだ……」
のび太は息を呑んだ。
魔法陣の中央に、赤い光が集まっていく。
人の輪郭のようなものが、ぼんやりと浮かびかけた。
[chapter:「アニエス! 何をしている!」]
鋭い声とともに、銀髪の女性が空から降り立った。
「お姉ちゃん!?」
驚いたアニエスの詠唱が止まる。
アデルは魔法陣と、開かれた魔術書を見て顔をしかめた。
「私の返事を待たずに、未完成の召喚術を使ったな!」
「だって、クリスマスイブは今日なのよ! 調べ終わるのを待っていたら間に合わないわ!」
「だからといって、呼び出す対象も確定していない術式を使うな!」
「サンタクロースを呼ぶ術式でしょう?」
「正確には違う。この術式が接続するのは、聖夜に贈り物を運ぶ“力”だ。何が現れるか分からない!」
「でも、あと少しで何か来そうだったの!」
二人が言い争う間にも、魔法陣の光は不安定に明滅している。
「アニエスさん、光が……」
#朔夜が声をかけた時には遅かった。
赤い光が大きく膨らみ、弾ける。
「きゃっ!」
突風が吹き、蝋燭の火がすべて消えた。
鈴と星形の飾りが地面へ転がる。
魔法陣から光が失われた。
そこには、何も現れていなかった。
[newpage]
境内に沈黙が落ちた。
ケースケは目を白黒させている。
「今の……何だったの?」
「召喚失敗かな」
ナツメが答える。
「姉ちゃん、その言葉を普通に使わないでよ!」
スネ夫は腕を組み、得意げに鼻を鳴らした。
「それ見ろ! 何も出てこなかったじゃないか!」
「途中で止められたからだよ!」
のび太が反論する。
「本当にサンタがいるなら、魔法で呼び出さなくても今夜来るだろ」
「それは……」
のび太の声が小さくなる。
召喚できれば、サンタクロースの存在を証明できる。
そう信じていた分、何も現れなかったことが堪えたらしい。
「やっぱり、サンタさんはいないのかな……」
#朔夜は声をかけようとしたが、何と言えばよいか分からなかった。
妖怪へ聞いても分からなかった。
本を調べても、伝承しか見つからなかった。
魔法を使っても、サンタクロースは現れなかった。
隣にいたドラえもんも、落ち込んだのび太を見つめていた。
やがて何かを思いつき、四次元ポケットへ手を入れる。
「サンタさんを呼び出すひみつ道具はないけど……」
「けど?」
のび太が顔を上げる。
「せめて、クリスマスらしい景色にはできるかもしれない」
ドラえもんが取り出したのは、丸い本体にアンテナと複数のつまみが付いた、見慣れない機械だった。
「それも、ひみつ道具なの?」
しずかが尋ねる。
「正確には、クルトとヒャッコイ博士が共同で作った試作品なんだ」
「クルトさんが?」
ドラえもんは機械を地面へ置いた。
「ブリザーガみたいな強い寒気や吹雪に対抗するために、二人が開発した気象制御装置だよ。空気中の水蒸気や冷気を集めたり、逆に分散させたりできるんだ」
「そんな物をどうするの?」
アデルが警戒するように装置を見る。
「出力を最低にすれば、この辺りに少しだけ雪を降らせられると思う」
「ホワイトクリスマスにできるの!?」
のび太の顔が僅かに明るくなった。
「試作品だから、本当に少しだけだよ」
「試作品を人の集まる場所で使うのか?」
アデルの指摘に、ドラえもんは視線を逸らす。
「最低出力なら大丈夫……だと思う」
「今、少し不安な言い方しなかった?」
#朔夜が尋ねる。
だが、ドラえもんは答えず、装置の電源へ手を伸ばした。